EP1-2・サザナミインザコンバート
薄暗い。メグはまずそう思った。鼻先五センチが見えない。
そんな闇の中で、ある一点だけ、輝きの灯る背景があった。
ああいうものを明けの明星と呼ぶのだ。
メグはその光に向かって何かを言いたかったが、喉が詰まって何も言えない。するとこちらの状態を知ってか、光の方が語りかけてきた。深い、奈落のような声だった。
『お前はどこへ行きたい』
問いかけだった。メグはほぼ反射的に答えていた。
『私は父さんについていく』
光は寂しそうに笑って言った。
『それはできない』
『何故』
『お前の行きたいところがどうなるかは、それはお前が決めるからだ』
『でも私は決められない。きっと迷ってしまう』
『しかしお前には果たすべき使命が残っているのではないか』
メグははっとした。そうだ、行きたいところがあった。明確にイメージできたそれが。メグの背後には、見ていた光とは比べ物にならないほどの大きな光の気配がした。沢山の人の息遣いが聞こえた。不快ではない。
『私は、あの場所へ』
うまく言葉が出ない。メグは泣いていた。
『あの初まりの街に行くよ』
微かな光は、その虚ろな笑みを浮かべたまま、返事をした。なんだか曖昧な返事だった。
『ああ』
メグは泥の中で泥のような眠りから目を覚ました。とても寂しい夢だった。
水流が滝になって瓦礫を伝い、土に埋もれるメグの体に降り注いでいた。雨は止んでいなかった。
メグはまず息を整えてから状況を整理した。
メグの乗った列車は定刻通りに発射し、定刻通りに砂の街アンファングへと入った。入ったのは良かったのだが、アンファングは通常の風景を損なっていた。
砂の街では戦闘が起きていた。
貧相な商業施設やら旅の商業人やらが、大きな黒い虫のような化け物の群れに襲われていた。シーカーと呼ばれる、宇宙のあらゆる場所に巣食う危険度の非常に高い生命体だ。
虫の数はざっと一万を数えた。しかも一体一体が成体しており、体高二、三メートルのものが殆どだった。
それと戦っていたのは銀河連邦SASSの抱える特殊軍隊EZ-Ls。特殊エネルギーを武器に転用できる軍隊だ。
彼らは剣や銃を駆使して一般人の撤退を促していた。
「グエエェェェーーーッ」
「うギャァァァーーーーッ」
しかしEZ-Lsの人数も限られる。アンファングはまだ開発途中の小さな街。警備隊の数が足りないのだ。
メグはふと、連絡機器にこの現状が通達されていないことを気にしたが、そんなのもつかの間、空に浮くレールにぶら下がっただけの列車は動力を失い、自由運動を持って道順通りに車輪を滑らせた。
そこへ、虫たちの中から狙撃された。生え変わる爪の投擲だ。
車体はあっという間に穴だらけになった。車内には血の匂いが充満し、肉片がばらばらに飛び散った。そこら中に腕や脚を千切られた客がいたし、爪の直撃にあった人は粉々に弾けた。
メグは特殊軍隊EZ-Lsの人間である。EZ-Lsは特殊な人間しか入れない。マリョク鉱と言われる資源から得られるマリョクエネルギーを体細胞間に取り込み、自由に放出できる体質を持った人間、マリョクユーザーにしか、EZ-Lsに入隊する資格はないのだ。
メグはマリョクを身体中から奮い立たせ、細胞の硬質化を図った。高度な技術が要求される硬化術式だ。舐めていない裁縫糸を裁縫針の半分のサイズの穴に一発で入れるくらい難しい。
やがて列車は半分に千切れた。ぶら下がっている棺桶にすぎないその鉄の塊は、街の外壁を乗り越えた直後に落下し、地上二十メートルから落下した。
メグはかろうじて生きていたものの、そこで意識をなくしたらしい。
そっと自分のいる地面の窪みから顔を出し、周囲を警戒した。
シーカーが三十匹ほど、ずらっとメグを囲んでいた。絶体絶命。
慌てて身を隠し直したメグは体の周りを見回した。持っていた旅行用カバンや武器のケースがない。列車は途中で爆発して地面に直撃している。その時どこかへ飛んで行っていたらしい。
どうする。