EP1-1・サザナミインザコンバート
雨だ。
久しぶりの雨の景色に、少女は不安を頭に回していた。何せ今回の任務はどう考えても彼女の力量の範疇を超えていたし、計算づくの彼女にとってはなかなかの非日常であったのだ。
彼女の名前はメグ。歳はまだ十七で、少しの幼さを残した少女だった。メグは美しい少女だった。両親を早くに亡くし、引き取られた軍人に憧憬して剣術を志し、並々ならぬ修行の末に一昨年、入軍。数々の功績を認められて特殊部隊に引き抜かれて今に至る。虹色に輝く長い茶髪を靡かせて、メグは駅のホームを歩きながら窓外の景色を横目に見ていた。
それにしても珍しい。砂の星・ザックワランは砂漠が多い。恒星との距離がやや近く水源にも乏しいため、雨など滅多に降らない。街ゆく人々は日よけの生地が多い服を濡らして重そうに引きずっていた。
さて、と前を向いてメグは改めて頭を整理した。今回の任務においてやることは二つ。一つは、はずれの街であるアンファングに赴き彼女の部隊が所有する「貴重品」を速やかに回収すること。もう一つはその街に来ている「重要人物」とコンタクトし、彼が持つ情報を手に入れること。二つの役目が終われば、後はアンファングにある軌道エレベーターにてこの星から脱出する。それで終わりだ。
だが難しいのは「貴重品」の中身だ。彼女はこの星に来るまで任務のことは知らなかったが、知らされてからは、成る程知らされないのは必然だと思った。
今、星・系に関わらずまことしやかに囁かれる噂がある。
妙な仮面を被った人間もどきたちが、残虐な程の力をふるって人を殺すというものだ。
証拠はない。だが最近、銀河連邦SASSがその存在を公に認めた。突然の発表だった。銀河連邦はその超能力者たちのことを「マスクド」と呼称したが、市民たちは専ら以前からの呼び名である「デンパジャッカー」と呼んだ。
彼らの大きな特徴は、出現した場所の電子機器を軒並み使えなくしてしまうことにあった。その逸話から付いた名前が「デンパジャッカー」だ。映像記録に残らないのは、彼らは出現と同時に映像機器を壊してしまうためだ。
軍部はその存在に手を焼いていた。どう考えても人間とは思えない超能力を持つ彼ら相手に、既存の武器は一切通用しなかった。それというのも最近の武器は全てにコンピュータ制御が用いられているからだ。それではとてもではないが戦えない。もし悪意を持つ「デンパジャッカー」が現れたとしても、治安維持組織である銀河連邦SASSは手をこまねいて見ていることしかできなくなってしまうのだ。
メグの知識はそんなものだった。この時代に生きる全ての人間が持つ共通認識だ。今朝まではそうだった。
しかし今は違う。この任務で彼女が取りに行くものとは即ち「デンパジャッカー」たちの秘密に大きく迫るものなのだ。あれは他の誰かの手に持たせておいてはいけない。そんな焦りがメグの手のひらを湿らせた。
目的の街へ向かうレール車をホームで待っていると、メグは後ろから声をかけられた。低い男の声だった。
「あの、すいません」
メグは無視を決め込んだ。これから極秘任務だというのに、軟派などごめんである。メグはフードを被った。
「すいません」
男はもう一度声をかける。メグは再び無視した。
「……」
メグは男は諦めたらしいと思った。黙っていればこういう軟派は何処かへ行く。もしもっとしつこければ軍証か持っている武器でも見せればいい。
数秒後、メグは後ろから肩に手を置かれた。舌打ちした彼女は懐に手を伸ばしながら振り向いた。声をかけてきたならまだしも、急に体を触られたのは彼女にとって苛立ちを覚える行為だった。
「しつこいな」
「落し物です」
「……」
痩せた長身の男だった。黒髪を適当に纏めただけの、少し無精な印象の青年。目には覇気がなかった。
その男は肩においた方とは逆の手のひらを上にして、鍵を見せていた。
「……」
「貴女のものですよね?」
「なんで知ってるんすか?」
メグは質問を質問で返した。すると男は黙ってメグが肩に下げた細長い化学繊維の袋を指差した。
「持ってないといざという時に武器が抜けなくなりますよ」
「わざわざどうも」
「いえ」
鍵を渡してそれきり、男は黙ってしまった。
簡単な話だった。メグの持っている細長い一メートル半の袋は武器である剣のケースであり、その鍵を拾われたのである。しかし軍人は普段、こんな得物を持ち歩かない。出張してか何かで荷物をまとめるときに持ち歩く。そして今は年度末でもなければ新学期でもないため、駅のホームに出張の荷物を持った軍人などそうはいない。持ち主など少し探せば見つかるのだった。
そしてそれがわかるこの男は恐らく軍人かミリタリーマニアのどちらかなのであった。何れにしろ彼は何故か落し物をメグに届けたあとにその場から動かない。
「まだ、何か」
恐る恐るメグは聞いた。
「……? ……ああ、いえ。並んでいるだけです」
メグが立っていたのは列車の待機列。成る程この男もあの街に行くらしい。なにせ次の列車はこの街とあの街にしか止まらない往復車なのだから。
「あの、あの街に行くんすか」
「そうですが」
「可能ならやめたほうが良いっすよ」
「何故です」
「怪我をする」
「構いません」
メグが赤の他人に何かを忠告するのは珍しい。外界にはあまり関わりを持とうとしないタイプだった。
だのにこの男は構わないという。
「きっと大怪我をすることになりますよ。死ぬかもわからない」
「構いません」
「……」
「やることが溜まっていて」
「忠告はしました」
「ええ、受け賜わりました」
数分後、列車は猛烈な音と煙を纏って駅のホームに収まった。