弱虫の味方
「そんなことやって楽しいかよ」
偶然路地裏で偶然見かけた出来事だった。世界のどこにでもあるような問題。でも俺の目の前では起こることなど久しいもの。誰かを殴って、そいつの心を踏みにじって傷つけて馬鹿にして笑う。何が愉快なのか分からないその一連の動作は俺にとっては許し難い。
「テメェには関係ねーだろ? おら、痛い目見たくなきゃ帰れよ」
腰あたりからジャラジャラとうるさい金属音を鳴らした男は俺を睨みあげる。髪型はおいしくなさそうなチョココロネ、目つきは俺と同じくらいに悪い。今どき周囲で見かけないような人だ。
「嫌だね。」
はっきりと言ってやった。ついでにこちらも睨み返してやった。それだけでは萎縮しないのは知ってた。
「俺が見てて嫌になるから関係ある。」
「勝手なことぬかすんじゃねぇよ!!」
勝手なのはどっちだよと毒づく暇もなく相手の右手が俺の顔に向かってくる。無骨な男の拳が顔面に直撃すれば間違いなく鼻は折れることだろう力で迫ってくる。しかし顔に来る前に手で受け止めた。仕返しだこの野郎。
「ぐほっ?!」
みぞおちに一発入れてやると膝をついて咳き込む。今までやられたことをやり返されただけなんだから、そんな大袈裟にするなよ。
後ろに控えてた奴が俺に向かってきたが、先程のやつよりも遅かったため直ぐに受け流して、そこらへんのゴミにでも埋もれさせる。俺は2人をもたつかせてから急いでいじめられてた奴を立たせて人通りの多い場所へ逃げた。
「い、痛いです……。」
「ああ、悪ぃ。」
か細いその声に従って手首を離した。ふと、真新しい傷がついた手のひらや手首が目に入り一瞬だけ硬直した。
「あの、ありがとうございます。助けてくれて。」
「いや、どうってことねぇよ。」
自己満足に対する自嘲を浮かべると同時に丁度苦笑も漏れてしまった。相手もつられて笑ってくれた。
「……ごめんなさい、僕のせいで……。」
「お前のせいなんかじゃねぇよ。」
陰ったその表情をさせるためにコイツを助けたわけじゃない。
「そんな顔すんなって。お前は悪くないんだから。」
「……。」
泣きそうな表情に一瞬焦りが顔を覗かせるが、そんなのは心配いらなかったようで直ぐにコイツは笑顔を浮かべていた。
「……気をつけて帰れよ。」
「本当にありがとうございました。」
軽く返事をして背を向けた。しばらく視線を感じていたが、すぐ振り返るとアイツはもう見えなくなっていた。まるで俺の世界から消えたみたいに。
「なあ、いつまでこんなこと続けてんだよ。」
不意に誰かの声が聞こえた気がして、辺りをキョロキョロと見回した。学校帰りの学生や仕事帰りの大人達、小規模ながらも八百屋を営業しているおじさんしかおらず、到底あの声に該当するような人物は見当たらない。また続けて頭の底から響く。
いい大人にもなってヒーロー気取りかよ。恥ずかしい奴だな。
うるさい、黙れよ。何したって俺の勝手じゃないか。今日だってアイツを救えたんだ。
正義でも追い求めてんのか?カッコイーことするんだねぇ。
何が悪い。正義を求めて何が悪い。悪よりよっぽどマシに決まってる。馬鹿にするな。正義が一番正しくてベストなものなんだ。居心地がいいんだよ。一方的に誰かを虐げるなんて悪だ。それを救うのが正義ってものじゃないのか。