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62. 毒の匂い

 激しい頭痛、そして寒さ。

 翼は震えながら目覚めた。

 雨に濡れた服は、乾いていない。

 ということは、まだそれほど時間はたっていない。

 

 そこは見覚えのない場所だった。

 3畳ほどの、薄暗くカビ臭い小部屋。

 錆びた真鍮の燭台、厚くほこりをかぶったつづらに、ほころびたカーテン。

 冷たい石の床には、古びた道具類が積み上げられていた。

 

 ほどなくして、時を告げる鐘が打ち鳴らされる。

 それは、翼のいる部屋の真上から響いてきた。

 腹に響くほどの大きな音。そして微かに漂う香の匂い。

 ここがどこか、それで分かった。

 阪田兄弟と初めて顔を合わせた、あの教会だ。

 

 幸いにも、手足は縛られていなかった。

 じっと息をひそめ、翼は様子をうかがった。

 近くに人の気配はない。

 まず、翼はドアを試してみた。

 しかし開かない。

 部屋には小さな窓もひとつあったが、鉄の格子がはめられている。

 そうなると、脱出口はただひとつ。

 ダイムが戻ってくるまでに、現実世界に飛ぶのだ。


 目を閉じて意識を集中させる。

 だが、目を開けても景色は変わらない。

 いつまでたっても翼の体は、この薄暗い小部屋に留まったままだった。

 そして翼の両手首、両足首に痛みが走る。

 強い酸を浴びせられたような、皮膚が焼ける痛みだ。


「うっ……く、くそっ」


 翼は濡れて体にはりつく袖を、無理やりめくった。

 手首にルーン文字が浮き出ていた。

 文字は血で書かれたような赤だった。

 文字はまるで鎖のように、手首に巻きつく形で刻まれていた。

 パニックに陥った翼は、がむしゃらに何度も術の発動を試みた。

 痛みは増す一方だ。

 耐えきれずに、床に膝をつく。

 知らず知らずのうちに、その唇からは苦痛の呻きが漏れていた。

 呻きはやがて、絶叫へと変わる。


 その声を聞きつけたのだろう。入口の扉が開いた。

 阪田ダイムだ。


「あはっ、いいぞ。もっとやれ。もがけ。今にそこから手足が落ちる」

 

 容赦のない嘲りの声を浴びせられた。


「お前をただ、転がしておく訳がないだろう?術は封じさせてもらった」

「……!」

 

 翼は、ダイムを睨みつけることしかできなかった。


「自分にかけられたスペルも分からないのか?間抜けで、ちっぽけなクソ悪魔め」


 モンスターの次は悪魔呼ばわりだ。


「あの小娘は何を考えて、お前を召喚した?一緒にままごと遊びをやるためか?」

「僕は人間だ。それにツバサに呼び出されて、この世界に来た訳じゃない。勝手に来た。自分の意思でだ」

 

 ダイムは翼の襟首を掴む。息が詰まる。


「言えよ、何を企んでる?蝋月のジジイは、お前を使って何をしようとしている?」

「……誤解だ。僕も蝋月先生も、何も企んじゃいない」

 

 スッと、ダイムは目を細めた。


「強情だな。その手足の爪を一枚ずつ剥いでやりたいよ」


 しかし残念ながら時間がない、とダイムは言った。


「とっとと、お前を捕まえて引きずって来い。それが帝都で待つ、依頼主のオーダーだからな」

「ならなぜ、こんな場所に僕を押し込めておく?」


 なぶられ痛めつけられるくらいなら、今すぐ箱詰めにでもして帝都に送ってくれた方がマシだ。


「チャチな妨害のせいで、迎えの船がやってこないんだよ。おおかた、北川の坊やの仕業だろうが……ははは、こりゃあ、弱ったことになった!!」


 言葉と表情が一致しない。

 ダイムは心から、この状況を望んでいたようだった。 

 

 ダイムはナイフ取り出し、翼の前にかざした。

 その刃が魔力を帯び、光り始める。

 実体を持たない翼を傷つけることができるのは、魔力を使った攻撃だけだ。

 今度こそダイムは本気で、翼を殺そうとしていた。


「仕方ないよなぁ。予定変更もやむなしだ。ここでお前を壊す!!」

「まっ……待ってくれ!」


 痛みを押して、翼は声を絞り出した。

 恐怖にもつれる舌を必死で動かす。

 理由も分からないまま、こんな場所で、誰に知られることもなく、死んでいくのは嫌だった。


「あんたの雇い主は、ゆらぎ姫なんだろ?なぜ、僕を捕まえて来いなんて言ったんだ?なぜ僕は、あんたに殺されなきゃならない……!?」


 翼の顔面に拳が飛んできた。

 ダイムは打撃に魔力をこめてはいない。

 だが十分に強烈な一撃だった。

 翼は壁にぶつかり、床に倒れこんだ。


「ゆらぎが探しているのは、お前の中にあるそれだ」


 倒れ込んだ翼の胸、ちょうど心臓のあたりを、ダイムはつま先で踏みにじった。


「臭うんだよ、お前。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ毒の匂いだ。お前を野放しにしておけば、皆が死ぬことになる」

「何を言ってるんだ……?」


 翼を見据えるダイムの目に浮かぶ嫌悪が、殺気をはらんだ憎悪へと変わった。


「無位の双眸」


 ダイムが呟いた。

 

 災厄を巻き起こし、多くの人の運命を狂わせた禁断の術具……

 なぜいま、その恐るべき遺物の名前が出てくるんだ?

 それが自分と、何の関係があるんだ?

 翼には理解できない。


「ゆらぎには悪いが、調査どころじゃねえ」


 ダイムは拳を握った。怒りでその声は震えている。


「だってよ、司さんとおもかげ、あのふたりは……その毒に倒れたんだからな!」

 

 違う、違う、違う!

 翼は叫び出したかった。

 しかし何を言っても、激情に駆られたこの男には届かない。

 自分は間もなく、この男の手にかかって死ぬだろう。

 しかし、いま翼が向き合っている恐怖はそれだけではない。

 ダイムの弟である阪田リトの姿が見えない。

 彼はどこにいる?

 ツバサたちは無事なのだろうか?


 目の前のダイムを出しぬいて、逃げ出すことなど叶いそうにない。

 事態が好転する見込みは薄い。

 だが、せめて時間を稼がねば。

 人生の終わりを一秒でも遅らせるために、翼は言葉を紡いだ。


「無位の双眸は、中野司の手で破壊された。あんたも知っているだろう?あれは、この世に二つとない秘蹟だ。それが僕の中にあるわけがない!」

「事情は他のやつから聞くつもりだ」


 お前の言葉に耳を貸す気はない、とダイムは吐き捨てた。


「今ごろ弟が、お前の友達と”こうやって”楽しくお話ししている最中だろう」

「やめろ!ツバサに手を出すな!」


 翼の顔に浮かんだ絶望を見て、心底嬉しそうにダイムは笑う。


「もう遅いかもよ?」


 翼の理性がはじけ飛んだ。

 意味にならない声をあげてダイムに掴みかかる。

 まるで汚らわしいものを振り払うかのように、軽くダイムは翼をかわす。

 そして足を払う。

 翼はまた床に転がった。


「うせろ」


 ダイムがナイフを握りこんだ。

 


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