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31. くだらない嘘

「ツバサー、ただいま。お土産あるよ」


 バイトからの帰り道、翼はレコードショップに立ち寄った。

 お土産というのは、アニメ版『アカバネ』キャラクターソングCDだ。


「あとで、いっしょに聞こうぜっ!」


 努めて声を張ってはいるが、これは空元気というやつだった。


「翼さん、お仕事先でなにかあったんですか?」


 ツバサにも気づかれてしまった。


「うん、実はあった。ツバサ、ごめん!!」

「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたんですか!?翼さん、お願いだから、頭をあげてください!」


 そして、翼は白状した。


「……と、いうわけでだ。ツバサのことを、バイト先の後輩に話す羽目になった。そしてツバサ、きみは僕の親父の後妻の連れ子――つまり僕の血の繋がらない妹ということになった」

 

 複雑な家庭環境。

 同居する両親との折り合いが悪いナカノツバサは、家を飛び出した。

 そして中野翼というひとり暮らしの兄を頼って、このアパートに滞在することになったのだ。


「ずいぶんと……ややこしい事情があるんですね。わたしたちは」

「うん、しくじった」


 場当たり的な嘘を重ねるうちに、そんな袋小路に迷い込んでしまった。


「同姓同名なのは偶然、運命のイタズラってことにしておいた」


 嘘の中にも絶妙に、真実をちりばめておくのがポイント。

 そうすれば、作り話にリアリティが出る……らしい。どっかの本にそう書いてあった。

 すでに大筋が破たんしているのには、目をつぶっておく。


「後輩の方は、その説明で納得されたんですか?」

「驚いていたのは、間違いない」


 しかし翼の予想を裏切って、ツバサは怒りだしたりしなかった。

 そこで眉のひとつでも、ひそめてくれたら。抗議のひとつでもしてくれたら。

 この話は、ここで終わっていたはずだった。


「嬉しい」

「え?」

「わたしのこと、妹だって言ってくれたことが……です」

 

 なんの冗談だ。それとも皮肉?

 けれどツバサはモジモジと恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑んでいた。


「わたし、翼さんみたいな兄上が欲しかったから」

 

 自分のついたくだらない嘘が、ブーメランのように戻ってきて、予想以上に深く突き刺さる。

 自分みたいな兄上?

 ツバサは何を言っているんだろう。

 こんな頼りない奴のどこがいいんだ?


「翼さん、わたし本当に翼さんのこと、これからは、そ、その……この世界にいる間だけでいいんです。お兄様って、お呼びしてもいいですか?あはは……いっ、言っていて自分でも照れちゃいますけど」

「ダメだよ、そんなの」


 笑いに紛らわすことができなかった。

 自分も驚くほど、とがった声が出てしまう。


「……わたしみたいな妹は嫌ですか?」

「違う」

「じゃあなんで?」

「君の本当の兄さんに悪い」

「そんなこと……そんなことで、中野司は怒ったりしませんよ」

「僕が悪かった。馬鹿なことを言ってごめん」

 


                 ***


 これ以上この話を続けていたら、みっともない顔を見せてしまいそうだ。

 ツバサはトイレに立つふりをして、翼から離れた。


 さっき言ったことは本当だ。

 ツバサの兄を名乗る人物が現れたとしても、中野司は腹を立てることはないだろう。

 年が離れていたせいもあって、司とツバサはあまり親密な兄妹ではなかった。

 ツバサが物心つくころには、兄の司は帝国軍の一員だった。

 家族として、いっしょに暮らした時間は短かった。

 自分は、兄のことを何も知らない。

 『アカバネ』を読んで、ツバサはそれを再確認することになった。

 桜木や北川が羨ましかった。

 彼らのほうが自分よりもよほど、司の兄弟らしい存在だったと思う。


 司とツバサは、喧嘩のひとつもしたことがない。

 自分の力を殺して生きろ。

 そう頭ごなしに命じられた時ですら、兄に逆らうことなどツバサは思いもしなかった。 

 幼いツバサにとって、兄は絶対的な存在だった。 

 数少ない記憶の中にいる兄は、いつも不機嫌で退屈そうな顔をしていた。

 ツバサはそんな兄の前に出ると、何も話すことができなくなってしまった。

 ビクビクとした妹を見て、司はますます不機嫌になっていった。

 悪循環だ。


 いまになってみれば、ツバサにも兄の気持ちが分かる。

 自分は、兄にうとまれていたわけではない。

 大きすぎる力をもって生まれてきた自分を、兄は本当に心配してくれていたのだとも思う。

 兄はただ、幼い女の子であったツバサを扱いあぐねていたのだ。


 あの時、自分がもう少し大人だったら、兄とは違う関係を築けていただろうか?

 自分も帝国軍に入り、兄さんと一緒に戦いたい。

 そう言ったら、やはり兄は怒っただろうか。

 でももう、それを確かめることもできない。


 3年前、兄の死を知った時にツバサは涙を流した。

 けれどそれは本当に、たった一人の肉親を失い流した涙だったんだろうか?

 それとも国の英雄である、中野司の死を悼んだものであったのか。

 振り返っても、判別がつかなかった。

 中野司はツバサにとって、それほど遠いところにいる人だった。

 そしてもう二度と会えない。


 先ほど翼にいったことは、ツバサの素直な気持ちだ。

 いっしょに食事をしたり、買い物に出かけたり、同じ部屋で眠ったり……

 どれも司とはできなかったことだ。

 翼を司に重ね合わせたわけじゃない。

 だってふたりは余りにも違いすぎる。

 でも、きのう並んで歩いたその時に思ってしまったのだ。

 翼にずいぶん近づけた気がしたと。

 やっぱり、この出会いは運命なんだと。

 だから少し、はしゃぎすぎてしまったのだ。


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