悩む
「医療関係者が多いのに、助けてあげられなくてごめんね」
「なんのために病院で働いてきたんだろう、自分の無力さが悔しいです」
ーーそんなことないのに
3年前も思った。ばあちゃんはきっと責めてなんかない、と。今も、和尚の読経をなんとなく聞きながら、弔辞を読んだ伯母の言葉を思い出していた。
「ばあちゃんが死んだ」
春奈が母から電話で報せを受けたのは、3年前の8月1日。日付けが変わってすぐ、深夜のことだった。駆けつけるにも、新幹線で3時間と在来線で2時間もかかる。地元から離れた大学に進学したことを初めて恨んだ。
はじめての葬式に、はじめての感覚。その感覚のうちの殆どを後悔が占めていてひどく落胆したのは記憶に新しい。
ーーばあちゃんと最後にした話はなんだったかな
記憶を辿ると、会うたびに華奢になっていく祖母の姿がぼんやりと浮かぶ。
「春奈ちゃんは何になりてぇんだ?」
「まだ決めてねぇけど、決まったら、ばあちゃんに一番に教えっからね」
「そりゃあ楽しみだなぁ」
進学が決まった春、見舞いがてら挨拶に顔を出すと、以前会った時よりもさらに小さくなった祖母が笑って迎えてくれた。相変わらず繋がれている点滴の針。そして新しく、見たことのないチューブが鼻に繋がれていた。一緒に行った父が「あれで酸素吸入してんだ」と耳打ちした。いわゆる命綱らしかった。
あの頃は就職のことなんてまったく考えていなかった。大学生活に思いを馳せ、まるでその4年間が永遠に続くかのように、その先のことはまったく頭になかった。しかし祖母が亡くなったとき、真っ先に、進路を教えられなかったことを後悔したのである。
そして、3回忌のために帰省し祖母の遺影を前にした今も、当時と対して変わらない心境で、どことなく後ろめたい、やり場の無いもやもやとした気持ちを抱えていた。
ーー医療関係は身内が亡くなったときの後悔が酷そうだな
やはり祖母は、伯母や親族の医療従事者を恨んでなんかいないだろう。しかし、本人たちからするとまた別の話らしい。
春奈はそもそも文系なのだから縁も無いのだが、それでも、祖母の遺影を前にしゃくりあげながら弔辞を読んでいた伯母の姿を思い出すと、そう思わずにはいられなかった。
いったい何になったら後悔とは無縁に働けるのだろう?どこで就職しよう?地元?結婚を考えると働く場所が重要だな。公務員?それとも会社員?日勤か夜勤か。給料はどれくらい欲しいだろう。相場は?業界は?業種は……
考えだすと限が無く、気が遠くなる。しかし今や就活生となる時期で、友人たちもそれぞれ将来を見つめ始めている頃だ。祖母は思わぬ形で、大きな課題を課して去っていったのである。
ばあちゃんとした最後の約束。それを叶えることはできなかったが、せめて墓前で教えてあげよう。そう決意した春奈は、身近な先輩・アキ姉(29歳)に仰ぐのであった。