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リリィとレインは満月を笑う  作者: 千のエーテル
2/16

お腹を空かせたケット・シー01

五月二日


棘のような春の光が教室の約半分の机と生徒を突き刺している。世界史担当教師の高山が少し高い鼻声で、教科書を読み上げた。


「え〜 この時代はおもに……」


この教師は嫌いだ。世界史も嫌い。この二つがセットメニューとして目の前のテーブルに置かれれば、私の出来ることはもはや寝るか、外の風景に意識を集中するしかない。

だから私はこうして窓の奥にある名前も知らない木に、力強く生えた葉の枚数を数えるという数ある暇潰しの中で最低ランクの荒業に挑むしかなかった。


「……ぞ……レイン……花園レイン。聞いてるのか? 今は授業中だ。前を向きなさい」


私のことを嫌う教師が、私の名前を教室一面に響かせる。興味がないことを全面的に出しているつもりはない。少しよそ見をしていた程度でこんな言われようだ。私が彼の全てを嫌うように、彼も私のことが恐らく嫌いなのだろう。


そう思った。

そうでなければ、バランスがたまらなく気持ち悪い。

全身にまとわりつくような、苛立ちを含んだその声で、自分の名前を何度も呼ぶその行為に、一枚の桜の花ビラ程度の殺意を覚えた。


「花園レインっ 返事をしなさい」


「なんですか?」


「なんですかじゃないだろ。今は授業中だ。さっきから外ばかり見ているようだが、窓から見える景色をスケッチでもしてるのか? 残念だが今は美術の授業じゃない。世界史の時間だ」



周りからクスクスと遠慮がちな笑い声と囁きが混ざり合う。

うんざりだ。

本当にもううんざりする。

我慢の蓋がパカッと外れる音が聞こえた。


「現在この空間で行われていることが、授業として成立していると本気で思っているんですか? 高山先生」


「……どういう意味だ」


「先ほど読み上げた223ページの三行目、1640年からと先生は言いましたが、1640年までが正解です。この間違いではまるで意味が違ってきます。そもそも先生は間違いが多すぎです。何年も同じ授業を繰り返しているのに、未だに教科書を丸暗記すらしていない。先生が私達に本気で世界史を教えようとしているとは思えません」


「……先生だって人間だ。間違いぐらいする。そんなに……」


「まだ私の話は終わってません。つまり私が言いたいのは……」

 

駄目だ。

もう駄目だ。

怒りの感情をせき止めていたダムは、音を立てて決壊を始める。次々に溢れ続けるグレーのドロドロした感情を私は止めることができない。


「なんだ? 急に黙って。言ってみなさい」


「先生の授業に……価値なんてないんです」


真冬の夜みたいに静まる教室。教室の全方位から私に向けられる視線は多分敵対心よりも鬱陶しい。ウザい。そんなところだろう。心の声でのみ呟かれる率直な感想を直接この耳で聴くことはできなかったが、教室の隙間から今にも漏れ出しそうな声なき声は私を圧迫させ回避不可能にした。



「……花園レイン。授業が終わったら職員室に来なさい。話がある」


「……わかりました」


そうして先生は食事中に気になるニュースがあり、動かすことを一時停止していた箸を再び動かすようなスムーズさで授業を再開させた。


私は前を向き、あたかも授業を聞いているような顔をしながら頭の中で全く違うことに思いを馳せるしかなかった。


早急に彼女の助けが必要だ。大好きな彼女の歌声を早く聴きたい。というか今すぐ聴きたい。そう。最近私の頭の中を飛び回り続けている彼女の声。弱者。悩める者。沈む明日を棄てようとする者。いつだって不快のみしか感じられない者。自分以外の全ての他人に劣等感を感じ続ける者。そんな人間達の無意味な生に意味を与えてくれる女王。愛する歌姫。


 ―――無力なれど羽抜け落ちるまでの叫び―――


彼女の声が今日は足りない。私は脳内で彼女の囁くように細くて繊細で、殴りつけるような力強い叫びを想像し、頭の中で再生させる。暫らくすると頭の中は帰りたいという思考に向かっていた。



「はぁ……なんだ? 花園」



人生で一番最高の私の挙手に高山がため息をつく。この位置から私が勢いよく上空に発射されれば、ピンと天に向った左手は天井に突き刺さり二度と抜けることはないだろう。



「早退します」


「どうしたんだ?」



1000%の疑い。そんな鎧を身に纏った刑事が、胡散臭い手品師のトリックを見破ってやろうといった顔つきだ。


私は高山の了解を得ずに立ち上がりながら、カバンの奥にしまいこんでいた空模様の折り畳み式ヘッドホンを装着する。スマートフォンのミュージックプレイヤーを起動し、彼女の曲の中で一番好きな曲「ライターとマッチと溶けないアイス」を再生した。ギターの悲しげな旋律。カッティングから15秒後に彼女が歌い始める。その場でそっと目を閉じ、暫らく耳を傾ける。

ただただ心地良い。いつだって彼女は私の味方で、どんな時でも私に優しく語りかける。まさにこんなタイミングで聞くために作られた曲なのではないかとさえ思えてくる。


ゆっくりと目を開け現実世界に戻ってくると高山は、豆鉄砲を食らっても少しも動じない、現代のハト100羽を、一度に見たような顔をしていた。そんな高山を無視して鞄を手に取り、教室の扉を目指す。高山が何かを言っているが、残念ながら彼女の歌を大音量で聴いているので、彼の声が聞き取れない。扉に手をかけながら仕方なく振り返りヘッドホンを外す。



「早退するのか? 早退の理由っ。理由は?」


「……」


「気分でも悪いのか?」


「いいえ……とても気分が良いので帰ります」



そんな気の効いたセリフを残して、狂騒と、誠実と、欺瞞と、無関心と沈黙と、能天気が同居した、肌色から茶色にグラデーションがかった牢獄をあとにした。


大好きな彼女の曲を聴いていることもあり少しだけ早足になる。

教室を出てすぐに上履きを脱いで、廊下をスイスイ滑る。ちなみにこの行為は廊下を走ってはいけないというルールを回避するためのものではない。単純に私の気分がとても良いからだ。

まるで足に羽根でも生えたかのようにリズミカルに学校をあとにした。



私は学校から数分の場所にある、小さな山の上にある高台を目指していた。茶色い丸太で作られた小さな椅子と、小さな屋根があるその場所は、私の大のお気に入りだった。

 緩やかな山を登り目的の場所に到着する。


「あっ」


私のお気に入りのその場所はいつもと少し違っていた。ショートヘアーで細身の女の子が、私がいつも座っているMy丸太椅子に座り、気怠そうにだらしなく両脚を伸ばし私を見ている。切れ長の瞳。その顔は少年に見えなくもない。細い体のラインを包み込むパンクロックスタイルのファッション。よく観察するとどこかのモデルのような雰囲気も漂わせている不思議な顔だった。

私は回れ右で引き返すことにした。この場所に人がいたのではここに来た意味がない。


「ねぇ 待ちなよっ」


その声に回れ右からもう一度回れ右をする。この場で回れ右を延々繰り返せば、私は地中深くまで掘り進み、やがて地球の中心にあるマントルと接触したのち、人類初のマントル接触者として国民マントル賞。そして流行語大賞マントルレインが堂々の第一位を獲りパパラッチに追われるセレブな日々。そんな下らないことを妄想した。ちなみにマントル第一接触者として、マントルという音の響きは地球の真ん中にある名称としては少々わかりにくいのでマントル改め、生きてるらっきょの中心に変更しようという所まで考えた。



「……はい?」


「ここあんたの場所だった?」


「いや……特にそんな風に考えたことは……」


あるっ そこは私の場所だ。私専用丸太椅子だ。


「座りなよ。話をしよう」


切れ長の目をした彼女がそう言いながら、ここに座れと私のMy丸太椅子をポンポン叩く。私は数秒考えてみた。次第にここで彼女にさようならを投げ捨て、この場所から離れるのがなんだか間違いのような気がしてくる。というよりいつもと違うそんな日があってもいいのかなと思えてきた。名前も知らないはずなのに、懐かしいような感覚も見え隠れしてなんだかとっても落ち着かない。さらに気になるのは彼女が山の上から地上に向かって何かを投げていることだった。



「何してるんですか?」


「飴だよ。飴。飴を投げてる。ていうかなんで敬語?」


「初対面ですので……」


「それ斗明学園の制服だろ?」


「はい。そうですけど……」


「こんな時間にここに来たってことは、サボり?」


「はい……なんか……帰ってきちゃいました」


「やっぱサボりか。一緒だ。アタシは今日は休んだ。天気が凄く良かったから」


「私は授業中に大好きな曲聴いたら、凄く気分が良くなってきちゃって」


「アタシは外に出た瞬間、光がいつもの五倍くらい光って見えた。マジで綺麗だったからしばらく見てたら、授業受けんのアホらしくなっちゃってさ。ちなみにアタシも斗明学園」



どうやら草むらに飴を撒いている不思議少女は私と同じ斗明学園の生徒のようだ。



「それより何かのおまじないですか? それ?」


「そんなキャラじゃないよ」


「じゃあ……」


「毎朝の日課かな。一日の始まり」


「毎日飴を投げてるんですか?」


「そうじゃないんだ」


「そうじゃない?」


「何か一つ、どうしようもなく意味のないことをするんだ」


「……はぁ」


「そんなイタイ奴見るような目するなよ」


プチ不法投棄された飴達が草むらに無数に落ちている。イタイ奴とは思わない。世界そのものに壮大なイタズラを仕掛けているような、そんなふうに見えた。


「でも、どうしてそんなこと……」


「意味のないことが、その後意味を持てば面白いかなって」


「なんか難しいですね」


「そこまで考える必要はないよ。だって意味なんてないんだから」


「……はぁ」


「斗明学園の何年?」


「一年です」


「なんだアタシと同じじゃん」


「そうなん……だ」


すぐに敬語を終了させる。彼女は黄色ぽいクッキーの缶に詰められた飴を投げ続ける。


「あんた名前は?」


「花園、花園レインです」


「なんか聞いたことあるような、ないような」


「多分ないようなの方だと思う。そっちの名前は?」


「五月雨リリィ」



その瞬間、五月雨リリィという音の響きと、まるでベッドのシーツでも変えているかのような表情で飴を投げるその姿を見ていると、なんだか少しだけ不思議な気持ちになり、少しだけ彼女に興味が生まれ、少しだけ重要なことに見えてきた。



「フフッ」


「あっ お前今アタシの名前聞いて笑っただろ?」


「そうじゃないよ。まぁそうなんだけど」


「ハァ?」


「私の大好きな映画のタイトル思い出しちゃって」


「へー 邦画? 洋画?」


「邦画だよ。知らない? リリィ・シュシュのすべてっていう映画」


「洋画しか観ないんだ。その邦画持ってるの?」


「うん。持ってる」


「じゃあ来週の土曜日、アタシの家で一緒に観よう」


「うぇっ いっ一緒に?」


「うん。だって映画って誰かと観ないとつまんないじゃん」



てっきりそのDVDを貸してくれっていうかと思っていた。始めての共同作業がこんなに早く訪れるなんて思いもしなかった。まだ少ししか会話してない私と映画を観るなんて、なんてチャレンジャーな人だ。



「でもリリィの家に私が行ってもいいのかな?」


「じゃないと一緒に観れないじゃん。変なヤツだな」



飴を投げ続けるリリィにそっくりそのまま、そこらに無数におちている飴のオマケ付きでその言葉御返し致します。



「だよね。うん一緒に見よう」


リリィは少し微笑みながら、飴の詰まったクッキーのフタを締める。


「レインは生まれ変わりについてどう思う?」


「生まれ変わり? 突然だね。私は生まれ変わり肯定派だよ」


「じゃあ自分がなんの生まれ変わりだと思う?」


「なんだろ。うーん多分だけど」


「多分だけど?」


「陰陽師……かな」


「陰陽師の誰?」


「あのーえーとあれだよあれ。あまだせいめい? だっけ。うん。それだよそれ。多分」


「なんだよそれ。新手の生命保険会社かなんかか? そんな生命保険の勧誘しそうな陰陽師には、あまり会いたくないな」


「あれ? そんな名前じゃなかったっけ?」


「安倍晴明だろ?」


「そうそう。それだよ。それ。じゃあリリィは誰の生まれ変わりなの?」


「アタシはさっ 自分があるヴァンパイアの生まれ変わりだってことに、気づいたんだ。ていうか思い出した」


「ヴァンパイアってあの血をチューチュー吸う人達?」


「そう」


そう言ってリリィは、自分の上唇を上にあげ私に歯を見せる。そこには綺麗に手入れされた並びの良い歯。そして可愛い八重歯があるだけだった。


「……」


「なあ?」


「いや、なあって言われても。ちなみにその可愛い八重歯で人の血を吸ったことあるの?」


「今のアタシがヴァンパイアってわけじゃないし、人の血なんか吸わないよ。今後そんな予定もないし。レインが吸わしてくれんの?」


「う〜ん一回くらいなら別にいいけど……」


「けど?」


「なんか……その可愛い八重歯だと、吸いづらそうだね」


「そうかな? あたしは刺さりに行く気満々だと思うけど……」


私達は暫らくその場で笑い続けた。こうして私とリリィは、出会ったのである。今にして思えば、リリィとの出会いが、私の一般的な青春時代を大幅に加速させ改変してくれたんだと理解できる。


この後に起きた全ての出来事は、決して幸せなことばかりじゃなかったけど、私こと花園レインの本当の五月はここから動き出したのだった。


偶然。運命。必然。奇跡。そんな現在地球上に存在するありふれた言葉では、リリィとの出会いの意味を完全に表現することはできない。


少しずつ、少しずつ、想い出しながらリリィと私の物語をこのページに残していこうと思う。


北海道にある田舎街で、つまらない学生生活を消化していかなければならないことをやっとのことで受け入れ始めた矢先、そんな風に思う私の身に起きた二つの忘れられない事件。


今までたった一人の親友にしか話したことのない私の秘密。


ここから始まった変化。


始まりの物語。


本当の五月が始まる。


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