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その9. 赤川秀治の回想 2.

 あの日、ひと目で恋に落ちた。

 転入生にうっかり一目惚れとか、小説や漫画ではよくある展開だが、現実でまさか自分がそういう事態に陥るとは全く思っても見なかった。

 春名さんは美人だ。外見もそうだが、纏う雰囲気がなんというか神聖というか清浄というか、儚げでどこか別次元の存在にすら思える。

 最初はどこか作り物めいた微笑を浮かべていたけれど、俺が頑張って話しかけたら、そのうち笑顔が少しだけ柔らかくなっていった。

 春名さんは、実は微妙な方向音痴だと気づいたのは、俺が多分彼女をみていたからだろう。うちの学校の作りが建て増しを重ねたせいでちょっと複雑になっているせいもあるけどね。

 ちょうど迷っていた春名さんをみつけて、「こっちだよ」と声をかけた。

 手を差し伸べるか一瞬迷ったのは、触れたら消えてしまいそうな錯覚に陥ったからだ。でも、すぐに出海の顔を思い出し、そのまま手を差し伸べた。

 きっと出海なら、何も考えずにこうするだろう、と思ったからだ。

 何故か彼女は、差し出した手をみてきょとんとしていた。それから少しだけ慌てていたので、まずかったかな、と思ったが、彼女は怖ず怖ずと俺の手をとった。

 俺は少しほっとして、彼女に笑顔を向けた。彼女も何故か、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 作り物でないその笑顔に、俺は見惚れた。

 何これ可愛い何だこれ超可愛い何なのこの可愛すぎる生き物、可愛すぎるだろこん畜生。

 なんというかもう末期症状というか、彼女を知れば知るほど惚れていく自分がいた。高二にして初恋である。遅すぎるというなかれ。多分渡も出海も初恋はまだのはずだ。仲間内では俺が一番早いんだ。

 彼女を見ているうちに、あることに気づいた。彼女の仮面の存在。

 彼女はいつも静かに微笑んでいる。そうして、柔らかく他人を拒絶していた。

 多分俺も拒絶されていたのだが、今まで何故か気づかずぐいぐい押していた気がする。何故だろう。出海が乗り移ったのだろうか。

 そして、それに気づいても尚、俺は彼女を諦めるどころか反って燃えたくらいだったので、自分でも始末が悪いと思う。まあこのあたりのノリは、絶対出海の影響だと思う。

 とりあえずの目標は、彼女の仮面の向こうの素顔を拝むこと。

 その為にはまず、相手に自分をちゃんと認識してもらわなければならない。

 単なる喧しい一クラスメイトでは駄目だ。

 俺は失恋上等で彼女に告白することにした。

 少しでも俺の存在に気づくキッカケになったらいい。そして当然、振られても諦める気は毛頭ない。

 意を決して彼女を呼び出して告白したところ、信じられないことにOKの返事が帰ってきた。

 この時の俺の浮かれっぷりといったらなかった。出海は気味悪がって近寄ってこないし、渡は容赦なく「見苦しい面を晒すな」と切り捨てた。

 そんな二人に俺は彼女を紹介した。俺の大事な仲間達に受け入れて欲しかったから。

 出海は、珍しく最初から猫を脱ぎ捨てていた。俺の彼女ならば隠す必要はない、ということらしい。そんな出海に戸惑う春名さんが可愛い。

 しかし、渡は何か変だった。初対面時は何故か妙に無愛想だった。普段から奴は女嫌いと誤解されそうな言動が多いが、一応外面はそれなりにいいはずだ。

 そして奴は女嫌いというよりはむしろ逆なのだが、その辺りは流石に春名さんの前では見せないでほしい切実に。

 俺が春名さんと付き合い始めてから、気を利かせたのか出海と渡が少し距離をおき始めた。

 正直寂しい気持ちと、春名さんと二人でいられて嬉しいのと複雑な心境だった。

 せめて昼だけでも一緒に食べていたら、渡に映画に誘われた。正直嬉しかったが、出海は金欠でいけそうにないとのこと。

 それなら仕方ない、と思った矢先に渡の仰天発言が来た。

「なんだ、それなら貴様の分は俺が負担するぞ?」

 有り得ない。渡が他人にそんなことを言い出すとは。絶対裏に何かある。

 出海も同じことを思ったらしく、渡の顔を凝視していた。

「もしかして、十一(トイチ)とか言い出すつもりじゃ」

「どこの高利貸しだ。ちゃんとおごってやる」

「えええええええええええ」

 出海が叫ぶ。俺も飲みかけのお茶を吹き出す寸前だった。

 だが、驚きはこれだけではなかった。正確には次が本番だった。

 春名さんの見当違いの質問に、俺の頭は真っ白になった。

 は? え? 出海と渡が? ないないありえない。

 一番先に我に返った出海が慌てて否定しようとしたところに渡が被せてこう告げた。

「ああ、先日からそういうことになった」


「「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」」


 

 俺は思わず叫んだ。何故か出海も一緒に叫んでたが、それは置いといて。

「ちょ、おま、血迷ったか渡!?」

 俺にとって、出海は恋愛対象には成り得ない。渡だってそうだったはずだ。なのに。

「いたって正気だ。出海のように存在そのものが害悪でしかない輩は、誰かが傍で監視したほうがいいからな。仕方なく立候補した。力尽くで止められるしな」  

「え、いや、あれ、そういう意味?」

 でもそれはお付き合いと言えるのだろうか? あれ?

結局その後、なんだかんだと渡に言い包められ、その日は終わった。

 しかし。あの出海と渡がそういう関係に。

 なんだかすげぇショックというか置いて行かれたようなそんな気持ちだ。

 それにしては出海の反応が妙だった。隠していたのをばらされた、という類ではないような。

 そういえば、以前から出海は渡に振り回されていたような気がする。

 小学生の時は主に出海が振り回していたが、中学生になってからは、渡が主に出海を振り回していた。その言動で。

 中学生といえば思春期である。俺も渡も男なので、まあそういう方面に興味を持ち始める時期だった。

 そして渡は、主にエロ方面に暴走した。下ネタ的な意味で。

 いやね、俺も当時は中学生だったことだし? エロいことも当然興味あるし猥談とかやりますよ?

しかし渡はそんな次元じゃなかったのである。

 考えてもみてほしい。

 あの無闇矢鱈と整いまくった顔で、無表情に口から下ネタトークを連発しまくる姿を。

 いやまあ下卑た顔でゲヘゲヘしながらやられてもドン引きしたとは思うけどさ、お前の下ネタ容赦ないんだよね。容赦なさすぎて描写できないくらいには。

 これがまあ、男同士だけの話ならまあ問題はなかったのだ。

 だが、実に悪い意味で渡は出海を女扱いしていなかった。

 結果的に、出海は中学時代、渡から多大なセクハラ被害を受けていた。

 具体例はあまりに酷すぎて挙げることができない。出海は耳年増になってしまったと苦悩していた。

 まあ軽い話でいえば、梅雨で家にいるのも暇だということで渡の家に集まったとき、渡が徐ろに再生した動画は無修正な18禁物だったとか。

「てめぇ、面白い物が手に入ったというから来てみたらこれかぁぁぁぁ!!?」

「うむ、兄さんが暇ならこれでもみるかと言ってな」

「本気で碌な事しねぇなあの男!! つか人が折角停止したのに再生しようとするなよお前?!」

「何をいう、これは保健体育の教材として最適な」

「エロ目的でしかないだろうそれ!! そしてそこに用意してある人数分のティッシュ箱はなんだ、私がここにいるというのにお前は何をする気だ何を!?」

 この後、非常に危険な単語が飛び交うことになったので割愛するが、当然出海は激怒した。

 またある時は、非常に深刻そうな顔をして渡はこう告げた。

「やはり、論理よりも実践だと思うんだ」

「真顔で官能小説読んでたと思ったら、いきなり何を言い出しやがるか」

「幸いここに生物学的に一応雌がいることだし」

「オイコラ。雌ってなんだ。何が言いたいのかよくわからんが、嫌な予感しかしないからその口閉じとけ」

 当時の出海はまだ、油断すると男言葉が口からでていた。ただまあ、本能的な危機は察したのだろう、逃げ腰になっていた。

「だから、実践、いや実験だ。ちょうど雄と雌がこの場にいるんだからひとつ試しに」

「いっぺん死んでこいやああああ!!」

「何を怒っている、貴様は女体の神秘に興味ないのか?」

「お前は一体何を言っているんだ!?」

「つまり男につっ…」

 出海は問答無用で渡に殴りかかり、ちょっと軽く乱闘になったが、これはどう考えても渡が悪いので。俺は渡を羽交い絞めにした。出海の容赦ない拳の前に轟沈した渡に同情はしない。

 これはまだ可愛い事例である。大半がシャレにならない言動や行動で、正直あの当時の出海が憐れでならない。

 それでも渡が出海を本当に異性として意識していたかと問われれば、俺は疑問に感じる。

 渡の言動行動はあくまで知的好奇心と言う名のエロ心であり、出海は身近にいた実験体みたいなものだった。更に不幸なことに、体裁を繕う必要がない相手でもあった。

 そこへ更に和真さんが悪戯に加わったら、もう最悪だったと思う。あのどS兄弟相手に俺の存在など塵に等しい。助けられなくてごめんよ出海。そしてこの時以降出海は和真さんを天敵と認識した模様。さもありなん。

 そんな渡のエロ暴走は、中二のある時期突然止んだ。

 何やら納得した顔をしていたので、渡自身は何も言わなかったが、俺と出海は察した。

 あ、こいつ経験したな、と。

 とりあえず口から止めどなく溢れる下ネタトークが止んでくれさえすればもうどうでもよかったので、俺達は敢えて何も聞かなかった。

 その代わりといっては何だが、何故か渡は突然鬼教師になった。

 出海曰く「ヒデジの迂闊な発言のせいで」らしいが、俺何か言ったっけ?

 お陰で今の高校に入れたわけだが、恐ろしいスパルタだった。渡に教鞭を取らせてはいけないと心底思った。

 おっと話が脱線した。つまり中学時代確かにセクハラ言動行動を多発したものの、それはどう考えても好きな異性に対してのものとは思えなかった、ということだ。

 だからこそ、あの二人が付き合うとか心底意外だったというか、出海の反応も気になった。

 付き合っている割には、出海も心底驚いていたよなアレ。

「誰と誰が付き合ってるって?」

「あーうん、出海と渡が付き合い始めたらしいよ」

「あらあらまあまあ」

 ふと気づけば、傍には目を輝かせた俺の祖母がいた。あれ、俺今なんと口走った……?

 祖母の口からご近所にこの話が伝わるのは早かった。そして俺は出海に思い切り両頬を抓られ引っ張られた。

思えばこの少し後くらいから、出海が少し俺から離れ始めた。

 こちらから軽くちょっかいかけても、口では文句を言いつつも、何故か手があまり出なくなった。

 最近では農作業を口実に、俺達とは別行動になっている。

 いや実際、浦河家の家庭菜園は既に家庭菜園の域を超えていると思うし、この時期は人出が必要だとは思う。

 出海は、完全装備していても日焼けすると昼休みに愚痴っていた。

 手伝いを申し出たものの、自分に気を使うくらいならその時間を春名さんに使えと叱られた。うん、まあその通りなんだけど。

 でもまあご近所なので、夜は渡と一緒に出海宅に押しかけて勉強会をしていた。出海と渡が本当に付き合っているなら俺は邪魔者だが、出海は「一人だけ逃げようとするんじゃない」と俺を捕まえるので別に気にしないでもいいようだ。

 まあ気持ちはわかるよ。渡のやつスパルタだもんな。お陰で夏休みの宿題は恐ろしく捗っている。

 三人で一緒に居られることにホッとしながらも、こうしていられるのも後もう少し、そんな予感がした。

出海本人は、中学時代を「悪夢の三年間」と呼び、思い出したくもないらしい。

当時のサド男の下ネタトークの酷さは、ご想像にお任せします(汗

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