その5.
サド男と一通り乱闘した後、通りかかったヒデジに止められたので、ついでにヒデジを拉致って図書室に連れ込んだ。何故かサド男までついてきたが気にしない。
とりあえず、ヒデジに一番聞きたかったことを質問しよう。
「ヒデジ。春名さんって転校生なの?」
「え、うん。そうだけど?」
迷わずデコピンした。
痛いと額を抑えるヒデジを「何故言わなかった」と責めたところ「あれ、言ってなかったっけ?」という天然な返事がかえってきた。
うん、そういう奴だよねお前。思わずラリアートかましたけど赦されるよね。
同じ学年とはいえ、生徒全部の顔を知っているわけでもないので、あんな美少女いたんだ、今まで知らなかったなあ程度の認識だった。勿論、本人には内緒だ。ヒデジにもサド男にも口止めしておく。
「んじゃ、転校してくる前は何処にいたの?」
「あ、東京らしいよ」
東京からわざわざこんな片田舎に。親の転勤についてきたとかだろうか。
成程、何やら独特の雰囲気の人だなあと思っていたが、都会者なら仕方がない。あれが垢抜けている、というやつなのだろう。先輩方のいう『不気味』の意味が今ひとつわからんが。
私が納得していると、サド男が何やら思い出したように、ヒデジに更なる攻撃を仕掛けようとしている私の首を、腕を回して締め上げた。ぐぇ。
「そういえば、弘樹がこのところお前がこないと拗ねているから、今日寄り道しろ」
何故それを、今、首を締めあげながらいうんですか。返事以前に声でない息が、くる、し
周りの音が遠くなる絶妙なタイミングで、サド男は腕を離した。本気でこいつはどSだと思う。ああ、酸素、酸素。
ゲホゲホと涙目で咳き込む私をスルーして、サド男とヒデジは何やら雑談で盛り上がっていた。うん、こういう奴らだ。こいつらは私を絶対『同性の友人』の枠に入れている。まあそれで問題ないけどね。下手に女扱いされたら気持ち悪いともいう。
多分私は、女になりきれない不完全な生き物なのだと思う。
異性と同性の区別がいまいちわからない。いや、生物学的にはちゃんとわかるよ? そこまで莫迦じゃない。
だが、女らしく、がよくわからない。
綺麗な服を着てお化粧するより、道着着て竹刀ふるってたほうが楽しい。
女の子たちとキャッキャするより、ヒデジたちとつるむほうが楽しい。ああでも、もうヒデジとはあまり仲良くしないほうがいいのかな。春名さんが不快な思いをするかもしれない。
私とて、それくらいの配慮はできるのだ。今更だが。
せめて私が男であれば、そんなことを気にせず奴らとつるめるのだが、私は残念ながら女である。
よく周囲に「生まれてくる性別を間違えたな」と言われるので、もしかして実際に検査をしたら、実は男だったという話になるかもしれない。そう思って親に検査させてほしいと訴えたが、笑って一蹴された。
しかしぶっちゃけ私は胸はほとんどない。所謂貧乳だ。そして尻もそんなに丸みがない。そもそも体に丸みがあまりなく、くびれも微妙。多分男装したら男で通る気がしないでもない。
そしてこの性格ときては、時折自分に「自分は女子高生」と自己暗示を掛けないと、本気で性別を忘れそうになる。
私が遠い目をして思考の海に沈んでいると、ヒデジが
「珍しい、出海が考え事をしている」
いつも思うのだが、どうしてこいつは口は災いの元という諺を理解しようとしないのだろうか。
思わず拳を握りしめたが、ふと春名さんの顔が脳裏を過る。
「あれ?」
普段なら確実に手が出ているのに出なかった為か、ヒデジとサド男がきょとんとしている。まあ仕方ない。
「なんかもう、色々と面倒くさい」
人間関係とか、考え始めると本当に面倒臭いと思う。子供の頃はそんなことを考えずに、日没まで遊んでいられたものだが。
歳をとるということは、出会った人の数だけ柵を背負うことだ、と以前祖父が教えてくれた。
子供だったのでその時は意味がわからなかった。今も半分以下くらいしか理解出来ていないと思う。
それでもまあ、最低限の気遣いは必要なのだろう。多分。
「ヒデジ。そういやあんた、春名さんどしたの」
「いきなりだね。なんか先生に呼ばれたとかで、終わったらスマホに連絡くれるってさ」
普通の娘さんにとって、自分のいないところで彼氏が他の女と遊んでいる図、というのは、大変よろしくないことなのではなかろうか。
この場合の「遊ぶ」は、決して邪な意味ではない。あってたまるか。そもそもこの場にはサド男もいる。
ちょっと暴力的にじゃれている程度の話だが、それを快く思わない人もいる。春名さんもそうかもしれない。
悪友、という言葉通り、子供の頃からこいつらとは悪戯したり喧嘩したりする仲だった。所謂悪ガキ。
多分私は、そのまま成長していないのだろう。悪ガキのまま、体だけが育っている。
ヒデジもサド男も、相手は同じであるが恋をした。私だけがその感情を理解できない。取り残されている。
だからといって、彼らを妨害する気は毛頭ない。そして自分の側に引きずり込む気もない。
「んじゃまあ、春名さんの彼氏を弄り倒すのも何なので、私は先に帰りますか」
自分で図書室に引きずり込んだことは棚に上げ、聞きたいことは聞いたとばかりに、私は踵を返した。
背後でサド男とヒデジが目を見合わせた後、何故かサド男が私の後をついてくる。
「ん、何か用?」
「弘樹が拗ねていると言ったはずだが」
ちなみに弘樹とは佐々兄弟の末っ子、ヒロ坊のことだ。
「あいつ何故かお前に懐いてるからなあ。犬のように」
うん、それは否定しない。
「とってこいをやったら、本当にとってきそうで怖いよね」
「人の弟を勝手に躾けるな」
「別に躾けた記憶はない」
ヒロ坊は、幼い頃はよくサド男の後ろをついてまわった。サド男と一緒に遊んでいた私とヒデジも、必然的にヒロ坊とよく遊んだ。
歳の離れた弟は、わんぱく盛りの子どもたちの足手まといになることが多々あり、サド男はそれが不快だったらしく、結構弟にひどく当たる事が多かった。
そして私は、単に小さい子は守らねばという子供染みた正義感から彼を庇って、よくサド男と喧嘩した。好きだったしね戦隊物。特にレッド。
多分ヒロ坊は、その私の姿が刷り込まれてしまったのだろう。気がつけば私に非常に従順な下僕になっていた。ちょっと待て。
まあまだ子供なので、恋愛感情とかは無縁だ。敢えて言うなら任侠世界の「兄貴と舎弟」みたいなものか。あ、私女だから「姉御と舎弟」か。うむ、しっくりこない。
「うぅん。久々に道場で汗流そうかと思ってたんだけど、それならヒロ坊に会いにいこうかね」
子犬のような少年と遊べば、少しはこのヤサグレた心が癒やされるかもしれない。癒やしは大事だ。大事だが。
「和真氏はいないよね?」
「兄さんは帰ってきてないぞ」
「よし行こう」
天敵がいなければこっちのものだ。そもそも佐々家に近寄らない理由は、いつ天敵に遭遇するかわからないからだ。県外にいっている癖に気がつくと帰ってきていて遭遇、という恐怖を、割と高確率で味わっている気がしないでもないが。
私達はそのまま佐々家に向かい、子犬どころか大型犬に進化したヒロ坊の突進を喰らう羽目になった。
「あだっっ」
不意打ちだったので飛びついてきた勢いを殺しきれず、私はそのまま後ろに倒れた。サド男はそんな私を支えるどころか避けた。この野郎。
受け身はとったが、両腕でがっしりと抱え込まれて苦しい。アラスカン・マラミュートにのしかかられた気分である。経験したことないけどさ。
「いずみちゃん久しぶりーっ」
嬉しげに鳴いて尻尾を大振りしている大型犬の幻がみえる。てか苦しい。
「退けヒロ坊! でかい図体して暑苦しいっ!」
手で押しのけたいのは山々だが、両腕は抱きしめられてて使用不可だった。くそ、助けろサド男。やれやれと見下ろしてんじゃねぇよ。
じたばたしていたら、やっと満足したのかヒロ坊が上から退いた。ふうやれやれ。
「いらっしゃいいずみちゃん!」
満面の笑みで歓迎してくれるのは嬉しいんだが、限度を覚えようなヒロ坊。あれ?
「ヒロ坊、なんであんた学ラン着てるの?」
「え、そりゃオレ今学校帰りだし」
「でもそれ、中学の制服だよね?」
「そりゃそうだよ、オレ中学生だし」
「おやあ?」
私の中で、ヒロ坊=小学生の印象が強すぎたので小学生だと思っていたが、よく考えてみればこいつは四つ下。私の四つ下ならそりゃ確かに中学生だ。
「いずみちゃんちっともオレのいる時に遊びにきてくれないしさ。もう背もいずみちゃんよりでかいんだよ」
先に立ち上がったヒロ坊は、私の手を引いて立たせてくれた。言われてみれば確かに目線が上だ。
「まあ筍のようにニョキニョキと」
「いずみちゃん、それだとオレ増殖してるように聞こえるから。すくすくと育ってるんだよ?」
「弘樹が増殖とか恐ろしい光景を想像させるな。とりあえず、玄関でじゃれてないで、とっとと中にはいれ」
ほんの数ヶ月会わなかったお子様は、いつの間にか私の背を追い越していた。体も一回り大きくなって、段々と大人に近づいている。
子供はいつまでも子供のままではいられない。
そんな当たり前のことを、何故だか急に実感させられた気がした。
6話執筆中にPC強制終了でデータ全部吹っ飛びました。ついでに執筆意欲も吹っ飛びましたorz
よって今回、連続更新はありません(涙