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その2.

 母の京都土産はとある有名な老舗の柚餅だった。

 柚餅はおいしい。嬉々として食べていたら、佐々さんと赤川さんちにお土産届けてきなさいと言われた。面倒臭いが、持っていかないと残りは上げません、と言われては行かざるをえない。

 だがしかし、赤川家に訪れたところヒデジは不在だった。そういえばデートだとか言っていたな。生意気な。お土産をおばさんに手渡して去ろうとしたら、お菓子を貰った。ありがとうおばさん。

 次は佐々家に訪れたところ、我が天敵たるサド男の兄が現れた。ぎゃあ。

「やあ、いらっしゃい出海ちゃん」

 一見爽やかな笑顔を浮かべた、浅黒い肌で日焼けの似合いそうな好青年、実はお腹まっ黒な佐々和真(かずま)

 この人は現役大学生で、今は確か下宿して県外の大学に通っている筈だというのに、何故ここにいる。そりゃ土日だけどさあ!

「相変わらず嫌われてるね。僕、何かしたかな?」

 にっこり。と、こちらに手を差し伸べる。怖い。この人は一挙一動が何か裏がありそうで心底怖い。いや、実際に何か非道い真似をされたわけじゃないんだが、本能的に怖い。

 微妙な間合いに緊張が走る。まあこの手は単に土産を受け取ろうとしているんだよね、深い意味ないよね、と自分に言い聞かせて土産物を手渡そうとした。

 がっしりと手首を掴まれる。え? と顔をあげたら、更に深い笑顔を浮かべた和真氏がいた。ひい。

「折角来てくれたんだから、お茶でもどうぞ?」


 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ


 全身鳥になった(既に鳥肌どころではない)私は、全力で逃げようとしたが、手首をしっかり握られていて逃げられない。くうっ! 誰か助けてくれぇぇぇ!

「そんなに遠慮しないで、さあ」

 有無を言わさず家の中に引きずり込まれ、そのまま居間に連れ込まれた。

 現在の私の心境は蛇に睨まれた蛙である。ゲコゲコ鳴いたら赦してもらえるのだろうか。

「今お茶をもってくるから待っててね?」

 逃げたらどうなるかわかってるだろうね? という二重音声が空耳で聞こえた。うう、恐怖で体が動かない。

 和真氏がいないとおもったから引き受けたのに! 居ると知っていたら近寄らなかったのに! 畜生!

 何度もいうが、別に過去酷い目に会わされたわけではない。なんとなく、本能的恐怖を感じさせる御仁なので、避けているだけだ。考えてみれば大変失礼だが、どうも和真氏はそれを楽しんでいる気がする。まあ気のせいかもしれないが。

 しかし、単に母の土産を届けにきただけなのに何故、こんな恐怖を味合わねばならないのだろう。

 おいしい紅茶にクッキーとケーキを出されたが、和真氏の視線に晒されながらの飲食は、味が殆どわからない。

 ちなみに和真氏と私の年齢差は五歳で、この御仁と学校が一緒になったことはない。幸運だと思う。

 何故ならこの御仁は文武両道に秀でしかも見目麗しいので、中学高校時代は伝説になっていたくらいの人物だ。確かにそこだけきくとどこの少女マンガのヒーローですかと言いたくなる。いわゆる王子系というやつか。

 ただでさえヒデジとサド男と一緒にいることで、女子から総スカンをくらいかねないというのに、和真氏とも知り合いだとバレたら私の命が危うい。

 ちなみに総スカンを受けていない理由は、私がこの二人の写真だの情報だのを有料で垂れ流しているからである。まあ他にも色々あるが。

 一応当人たちの了承はとった。そうしないとこちらが一方的に理不尽なイジメを受けるのだと声高に主張したら通った。稼いだ金は三人での遊興費になっている。

 今、私が必死で他所事を考えているのは、和真氏の視線が辛いからだ。

 ニコニコと超笑顔で私をみている。見つめている。あれだよ、ペットの子猫やなんやらを愛でるときの目だよ。

 しかしそこに恋愛感情は欠片もないと断言できる。何故ならこの人には常時彼女がいる。大概同じ人ではないようだが。

 幼気(いたいけ)な小学校の頃からずっと、たまに外で見かける和真氏は大概横に女性がいた。そして見る度に違う人だった。

 子供ながらこいつは女の敵だと直感した。うん。それ以来、和真氏がダメになった。

 和真氏は子供好きなのか、私を見かけるとニコニコとこちらに寄ってくるのだが、私が避けるようになると、何故か異様に絡んでくるようになった。今日のように。

 多分私の反応が面白いのだろう。サド男の兄は当然サドだった。くそうこの世はサドばかりか。最低だ。救いはないのか。

 私は無言で紅茶とお菓子を食べる。とっとと食べてとっとと帰りたい。

 和真氏はそんな私を、笑顔を浮かべつつも無言で鑑賞している。すげぇ重圧です。こわいよこの人。フォークを持つ手が震えてしまう。うう、佐々母の手作りお菓子は最高なのに、今は味が殆どしない。悲しい。

 ぷるぷる怯えている私と、それをうっとり眺める和真氏の構図は、一種異様な世界を構成していたものと思う。誰かいますぐ打ち破ってくれまいか、と切実に願う。

 いや本当に誰か助けて。佐々母は何処にいった、今はあなただけが私の救世主!!

「ああ、母さんは今出かけているからね」

 人の心を読んだのか、和真氏が私の希望を打ち砕く。ひどい。笑顔が余計に非道い。

「本当に、出海ちゃんは可愛いよね」

 背筋に冷たいものが走り、再び総毛立つ。

 視線が絡め取られて外せない。怖い。心底怖い。何だよこの人。

「警戒心バリバリの子猫みたいだよね。どうやって手懐けようか、考えるとぞくぞくしてくるよ」


 ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 どS発言きた! うわあんこの人怖い! 泣きそうだよこん畜生! この人私を人類として見てないだろうきっと! くそう人権何処いった!

 こんなのが次期社長なのか。終わってるよあの会社。ああでも外面はいいよねこの人、つーかその外面私にも使ってください切実に!

 そう、サド男の家は観光業関連の企業グループを束ねている、地元の名家である。

 顔もいい金もある才能もあるときては、女が寄ってくるのも道理。そりゃとっかえひっかえ可能だよね。

 ちなみに佐々母に対し「佐々のおばちゃん」と呼ぶと笑顔でこめかみを拳で挟んでぐりぐりされる。これがかなり痛い。色々協議の結果、百合恵さんだから「ゆりさん」になった。

 佐々父は「佐々のおじちゃん」のままだ。幼少時の呼び方なので赦してほしい。高校生になった今も習慣でそう呼んでしまっているが。

 ちなみにサド男には更に四歳下の弟がいる。三兄弟だ。

 外見的にはサド男のミニチュア版だが、明るく元気で考えなしな良いコである。小学生だから仕方がない。しかし怪力で、高校生のヒデジを相撲で放り投げたのは記憶にあたらしい。

 私に対しては「いずみちゃん」と子犬のように懐いてくるので、ついお菓子を与えてしまう。可愛いから仕方がない。そのまま兄たちに似ず育つのだぞ。

「現実逃避はいいけど、口元に生クリームがついてるよ?」

 現実逃避と何故バレたし。

 口元をペロリと舌で舐めると、和真氏は何故か一瞬目を見開き、そして、何やら凶暴な光を目に宿した。え、何、怖い。

「出海ちゃん、もしかして外でもそうしているの?」

 何がですか、私が一体何をしたと。

「出海ちゃんももう高校生なんだから、そろそろちゃんと女の子らしくしないとね」

 ゆらり、と座布団から立ち上がる和真氏に反応して、私は本能的に逃げ出そうと身を反転させた。

 基本私の私服はジーパン一択なので、へっぴり腰のまま四つん這いでハイハイ可能である。恥じらいより恐怖が先だ。

 まあ逃げられませんでしたけど、あと一歩で襖というところで両肩をがっしりと掴まれた。

「はい、そこまで。逃げるなんてイケナイ子だね」


 みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 声にならない悲鳴をあげる。怖いこの人超怖い。泣くぞ泣き喚くぞ畜生! でもなんかそれ喜びそうだよねこの人!

 そのまま、つい、と人の喉をなで上げる。だから私は猫じゃない。止せやめろ。

 お行儀の悪いコには躾が必要だよね? と嬉しそうに耳元で囁くな! 誰か助けてマジで!!

 ある意味奇跡というか、サド男がひょっこり顔を出した。いたのか貴様。いたならとっとと助けて下さいお願いします。

「兄さん、楽しんでいるところ悪いけど、ちょうどそいつに用があるから渡してくれないか?」

 気のせいか、不吉な予感がした。ここは大人しく家に帰るべきではなかろうか自分。

「や。私はそろそろ帰らないと」

「兄さん、こいつはもっと兄さんと遊びたいようだぞ」

「わああああ何の御用かなささやん!?」

 ささやんとはサド男のことだ。奴はわがままで、サド男と呼んだら殺されそうになった。仕方ないのでサルとか、ササルとか、サワルとか呼んだがやはり不評だったので、ささやんで落ち着いた。

 もうササでいいやと思ったら、こいつの家族は全員ササだと思いだし、断念したというのもある。

 なんとか和真氏の魔の手から逃れた私は、しかし何故か助かったという気がしないまま、サド男の部屋に連れ込まれた。

「渡。一応もう高校生なんだから、男女二人きりで同じ部屋というのは感心しないよ?」

 珍しく和真氏が正論を吐いたが、多分あれは玩具の独占に不満があるのだろう。当然この場合、玩具というのは私のことだ。

「すまないが、真面目な話なので兄さんは遠慮してほしい」

 は。サド男が私に真面目な話?

 有り得ないだろう。この男は真面目な話なら迷わずヒデジにする。私にしても無駄だとこいつはよく知っている。

 けれど和真氏は何か思うところがあるらしく、ふむ。と頷いて去っていった。そして私とサド男の二人きりとなる。

 微妙な沈黙が、その場を支配した。

 サド男が珍しく言い淀んでいる。余程切り出し難い話なのか。何だろう聞きたくないんだが。

 仕方ないので少しおちゃらけてみることにした。

「どしたの。もしかして春名さんに一目惚れしたとかそういう相談?」

 私としては単なる冗談のつもりだった。即座に否定されるものだと思っていた。

 だがしかし、サド男は目を見開いて息を呑んだ。あれ、もしかして、図星?

 ああ、うん、あれだ。口は災いの元ってやつですね。

 私は迂闊にいらんことを口走った自分の軽口を呪った。覆水盆に返らず。後の祭り。

 この時に聞きたくもないのに聞かされたサド男の独白によると、奴はあの時本当に春名さんに一目惚れしたらしい。

 しかし相手はヒデジの彼女だ。他の男なら容赦なく略奪するところだが、相手はヒデジ。この捻くれ男が唯一認める親友だ。

 諦めようと思ったのに、寝ても覚めても彼女のことばかり浮かんでくる。罪の意識と重圧に耐えかねていたら、呑気に私が実兄とじゃれていて腹が立ったから邪魔しただけな模様。

 失礼な。私は心の底から嫌がっていたというのに、じゃれてるとかひどすぎる。

「しかしねささやん、実際に口説いたとか手を出したとかいうならともかく、別に心で思ってるだけじゃ罪にならんと思うよ」

「罪にはならないだろうな。俺が俺自身を赦せないだけで」

 変なところで真面目な男である。

「だけどそれだと、諦めるどころか却って思いは募ると思うんだ」

「は、何故だ」

 人に惚れたこともないやつが何を言って、という顔をしている。まあ否定はしないが。

「今のささやんみたいに、一目惚れってのは心の仕業だからね。心を理性で抑えこもうとすると、抑圧された反動で、衝動が一層激しくなるよ。諦めようとすればするほど固執してしまうわけやね。うん、逆効果」

 サド男は反論しようとして、心当たりがあるのか黙りこむ。

「そういう時は、ある程度自分を赦してガス抜きしないと、いつまでたっても抜けだせないよ。人を好きになることは罪じゃない。たとえ相手がヒデジの恋人でもしょうがないよ。但し、それを行動に出したら罪になるけどね」

 そういえば、サドはふとしたキッカケでマゾになると聞いたことがある。あれか、今もしかしてこいつ自虐(マゾ)モードか。嫌すぎる。

「脳内で好き勝手に妄想することに罪の意識を感じる必要はないよ。現実でやらないようにするためだと思えばいい。裏切ってるわけでもない。後ろめたいならとっととヒデジと春名さんに告白した方がいいと思うけどね。その程度で壊れる友人関係じゃなかろう」

 ぶっちゃけ、私の友人の腐女子がやってる脳内妄想に比べたら、脳内で好きな娘さんをイロイロする程度ならまだ紳士だと思うよ、うん。

 何故そんなことを知ってるのかって? 私にその妄想をぶつけてくるからに決まっているだろう。聞きたくないよ悪友共が絡む腐った妄想なんてさあ!

「そ、そんなこと言えるわけがないだろう!」

「そう? むしろ黙ってお前が苦悩してたら、その分ヒデジは傷つくんじゃない?」

 逆の立場で考えてみ? と私は促した。

 もし春名さんの恋人がサド男で、ヒデジがそれに横恋慕したけど黙って二人を祝福して笑っている図。

 たとえ解決できる方法がわからなくても、それでヒデジが苦しむなら言ってほしいと思わないかね?

 挙句それでヒデジが去っていったらお前は傷つくだろう? もう一度考えてみろ。お前はヒデジを傷つけたいの?

 サド男は黙って首を横に振った。まあそりゃそうだ。

「まあ、早いうちに白状した方がいいと思うけどね。黙って堪えるというマゾプレイを選ぶならそれはそれで好きにすればいいと思う」

 ぶっちゃけ、こいつらが三角関係を形成しようが、私には一切関係ないしな。

「…………貴様、本当に容赦ないな」

 溜息と共に吐き捨てられたが、心外である。

「そっかー? むしろ天使のように優しいと思うけど」

 にやりと笑ってみせる。

「まあ一人で抱え込むより、愚痴くらいならきいてあげるよ? ストレス溜まるなら、カラオケくらいなら付き合ってやるし」

 サド男に貸しを作っておくのも悪くない。という優しさではなく打算からだが。

 そんな外道な考えであっても、意外なことにサド男には救いの手に見えたらしい。

 後日、私は自分のこの迂闊すぎる言動を激しく後悔する羽目になった。

 

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