その1.
初対面のお嬢さんと話をしろと言われても、一体なんと切り出せばいいのだろうか。そして何を話せばいいのだろうか。悩む。
内弁慶とでも言えばいいのだろうか。
私は内心毒舌吐きだが、表立ってはそうそう口にできない。……つもりである。シャイなのだこれでも。
ヒデジに「いや君の言動、素で辛辣だからね。シャイとか有り得ないから」と言われそうだが、それは悪友相手だからであって、他人には基本そんな言葉遣いはしない。多分。
「そもそも俺はヒデジじゃなくて秀治なんですが」
「あんたはヒデジで十分だ。というか人の心読むんじゃない」
赤川秀治ことヒデジと、この場にいないが佐々渡ことサド男と、私浦河出海の三人は、小学校以来の悪友である。
ちなみに今私達がいるのは高校の校舎裏で、とある女生徒を呼び出したので待っている最中だ。
呼び出しと書くとイジメと誤解されるかもしれないが、それは違う。そもそも悪友の恋人をいじめるほど私は心が狭くない。よほど相手の性根が腐ってなければだが。
「いやいや。出海の方がよほど性根腐ってるからね」
「先ほどから一々うるさいよねヒデジ」
このヒデジ、外見だけならそこそこ整っている。なのに目尻が垂れてへにゃりとした笑顔を常時貼り付けているため、エビス顔と言ったらへちゃりと悲しげなにわかせんべいに早変わりする。何故だろう。
「カッコつけたいお年頃の若者に対し、エビス顔とかにわかせんべいとか本当に容赦ないよね」
一応文句をつけてくるが、やはりどうみてもにわかせんべいなヒデジであった。
「いやいいんだけどね。出海がそう云う性格なのは今更だしね。うん」
何故かあさっての方向をみつめて諦観するヒデジ。何だか失礼な言われ方な気がするがまあ気のせいだろう。
「ところで先程から何故私の心の声にツッコミをいれるのさ?」
「いやいや。口に出してたからね。さっきからずっとブツブツと呟いてたからね」
「なんと」
迂闊なのは私の口だった。いけない、ちゃんとお口チャックしないと。あ、これ母の口癖だ。死語だよねこれ。イマドキ知ってる人いるのだろうか。少なくとも女子高生が口にしていい言葉ではないね。
「そう、一応私もJKなのだからそれなりの口調をしなきゃいけないのに、どうして私はこうなのか、ううう」
「いきなりどうしたの?! 本当に気分の浮き沈み激しいよね!」
「甘いねヒデジ。女という生き物は気分屋なのだよ。彼女ができたのなら広い心で接しようね?」
「俺の心は相当広いと思うよ。日々、渡や出海に振り回され続けているから、鍛えられちゃって」
「ヒデジはホント、その減らず口を治したほうが良いと思うよ?」
私はにっこり笑顔でヒデジの両頬を抓る。涙目で痛がるヒデジの頬をさらに引っ張り泣かす。本当にこの男はいじりやすい。どSホイホイと私はこっそり呼んでいる。
ああ、断っておくが私は別にSではない。それはサド男に任せる。奴は真性だ。そしてナルシストでもある。
ヒデジの頬が程よく赤くなった頃、待ち人はやってきた。
「お待たせ、赤川君。あの、こちらの方は?」
清楚、可憐、という言葉がよく似合う、私と正反対のお嬢様が目の前にいた。
いかにも華奢ですらりと細長い手足、顔立ちも非常に美しく、それでいてどこか儚げな印象を抱かせる。化粧はしていないようだが、肌は実に透けるように白くきめ細かい。あ、でもこの手の肌の持ち主はもう一人知っている。サド男だ。奴は男のくせに美肌の持ち主で心底憎い。
「ああ、ごめんね春名さん。この野生児ぐはっ……こ、この凶暴げふっ……こ、コレが以前話した悪友の浦河出海。出海、彼女が春名秋穂さん」
私の手刀と肘を脇腹にくらいつつも、ヒデジはなんとか私と彼女を紹介した。
「だ、大丈夫?」
この程度でヒデジは壊れないが、春名さんは奴のタフさを知らないようで、心配そうにヒデジに話しかける。うん美少女は目の保養だよね。
「大丈夫。ちょっと凶暴なカミツキガメに噛まれるみたいなものだから」
カミツキガメは攻撃されなければ攻撃してこないので、別に凶暴でもなんでもないはずだがな。
以前ネットの記事でみたが、ドイツ人の少年の股間に噛み付いた事件が、余程心に恐怖として残っているのだろうか。あの記事をみたときはヒデジもサド男も青い顔で無意識に股間を押さえていたしな。
むしろ私はどうしてそんなことになったのかが非常に気になったが、女がそういう方面に興味を持つんじゃないという謎の言葉でたしなめられた。何故。
ちなみに見たのはサド男の家でだ。奴の家は金だけはあるからな。ちなみに我が家にはまだパソコンはない。それどころか携帯すら支給されていない。まあ別になくても困らないが。
ちょっと心が飛んでいたが、とりあえず美少女に挨拶した。
「どうも。この莫迦ヒデジの悪友の浦河です」
ヒデジが「莫迦ってひどい!」と叫んでいたがスルーする。
「え、あ、あの。初めまして、春名です」
春名さんは動揺しつつもご丁寧にお辞儀をしてくれた。なんとも礼儀ただしいお嬢さんである。つられてこちらも頭を下げた。
そもそもこの莫迦ヒデジが「彼女できたので紹介したい!」といってきたから今こうしてお会いしているわけだが、なんとも毛色が違うお嬢さんである。
ちなみにサド男もココに来る予定だったのだが、奴は先輩に捕まって遅れる予定だ。多分また生徒会の勧誘だろう。アレにそんなものが務まるとも思えないのだが。つくづく見る目がない。
「それにしても美少女だ。なのによくもまあこんな莫迦男と付き合う気になったなとむしろ感心する」
「出海、声でてる声。そして内容がひどい」
俺そこそこモテるんだけどなあ、というヒデジの呟きは彼女には聞こえない。しかし私には聞こえたので後頭部に手刀を叩き込んだ。
実際、私には全く理解できないが、ヒデジとサド男は意外とモテる。サド男に関しては目つきから陰険さが滲み出ているが、やたらと背は高くて、顔もいい、なんてレベルじゃなく黙ってたら間違いなく美少年だ。
基本色素が薄く、肌は前述の通り、髪も脱色してるのかと聞きたいくらい薄い茶髪だが、瞳の色も髪と同じのため、ひと目でハーフかクォーターだとわかる。実際サド男の祖父は英国人らしい。
その割に子供の頃から武道をやっているので着痩せするものの体もそこそこ良い筋肉がついている。性格は死ぬほど悪いが、悔しいけどモテる。くそう。
ちなみに、私は剣道を、ヒデジは空手をやっており、サド男は両方通っていた。それが縁で仲良くなったともいう。
そしてサド男の性格の悪さは幼少時からだった。基本的にヒデジがお人好しすぎるので、サド男とヒデジはちょうどバランスのとれているよい関係であった。
ふと気づけば、春名さんが困惑している。何故だろう。ヒデジが何かしでかしたのだろうか。
「ああ、出海は基本的に変人だけど、俺や渡以外に対してはそんなに怖くないから大丈夫だよ」
それはフォローのつもりかヒデジ。見ろ、春名さんが余計に困惑しているぞ。
「まあ基本的に女性には優しいから安心して。特に美少女おいしいです」
「そこで拝むな出海。ほらみろ、春名さんが怯えてる」
「怯えた表情も可愛いとか流石美少女。つくづくこの莫迦には勿体ない」
「出海の中の俺の評価って一体?!」
「騒ぐなにわかせんべい」
ヒデジの右頬を軽く抓って黙らせる。美少女春名さんがオロオロとしてこちらの様子を伺っている。多分ヒデジを助けようか思案しているのだろうが、それが何とも可愛い。
さてどうしようか。と、ヒデジを抓りつつも思案する。
ヒデジは私(と今はこの場にいないサド男)に彼女を紹介したかった。そしてそれは半分叶った。半分なのは私のせいじゃない。サド男が遅れているせいだ。にしても遅いなあの野郎。
「お暇だったら反対側を抓ってみますか? 喜びますよヒデジ」
これで喜んだらこの男は真性のドMということになる。当然ヒデジは嫌がった。そして春名さんはまたオロオロしている。
そんな春名さんにとっての救世主みたいなポジションとして、サド男が今頃現れた。
「何してる貴様ら」
のっけからいきなり貴様ら扱いか。つくづく上から目線な男である。まあこいつはこれがデフォなんだが。
「ヒデジで遊んでる」
私は正直に答えた。ついでにヒデジのぷにぷにの頬から手を離す。ヒデジの頬はやばい。ぷにぷにと柔らかく子供のようで、いつまでも抓っていたくなる。危険だ。
「渡ぅ~」
そんなに痛かったのか、涙目で嬉しそうにサド男を迎えるヒデジ。つくづくこいつら仲いいよなあ。
「人の玩具で遊ぶな出海」
容赦無い玩具扱い宣言を受けながら、しかし嬉しそうに笑っているヒデジはつくづくM気質だと思う。春名さんドン引きしてないか心配だよ。
「とりあえず、猫を被ったほうがよくないかね優等生。ほれここに美少女がいるぞ」
まだ混乱中の春名さんを、ずい、とサド男の前に押しやると、珍しくサド男の目が見開かれる。おや?
「ああ、渡。紹介するよ、俺の彼女の春名秋穂さん。春名さん、こいつ俺の親友の佐々渡」
私は悪友でサド男は親友。まあいいけどね別に。男同士の暑苦しい友情に巻き込まれたくはない。
しかし、春名さんは反応しない。そして、サド男も先ほどの状態のまま固まっている。
「……?」
私も、紹介しているヒデジも揃って首を傾げた。私やヒデジの位置からは春名さんの表情は見えない。
しかしサド男の表情がなんというか、お前、ちょっと頬染めてないか?
なんとなく嫌な予感がした。そしてそれは見事に的中した。