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第三章ー3

     3


「ねえねえ舞亜ちゃんの家に行ってみたいな。どんなところに住んでいるの? 両親はどんな人? きょうだいはいる? もしかしてお金持ち?」という蘭の好奇心に押されて舞亜は首を縦に振った。

 (うるし)公園を超え、(うき)橋を超え、(まこ)()の家を超え(今度あいつから映画のDVDを借りよう)、そこからさらに十五分ほど歩いて、舞亜の家に着いた。遠かった。脚が痛い。だけどそんな疲れは、舞亜の家を見たら一瞬で吹き飛んだ。

 大・豪・邸! 出た~お嬢様。舞亜は何処か普通の人とは違うと感じていた(頭はいいし、独り言を口に出して云うし)のだけど、ていうか、いつの間に近所にこんな豪邸が建ったんだ? まったく気がつかなかった。それは蘭も同じようで眼が点になっている。口もあいている。あははは変な顔、とはもちろん口には出せないし顔にも出せない。三メートルはあろうかという鉄の門が開いてボクたちは中に入る。広い庭をつっきる。これまた大きな鉄の扉が、ギギギギという音を立てて開いた。そして、そして……出た~執事様。はい、とてもかっこいいダンディなおじ様です。おかえりなさいませお嬢様などと云っています。うわぉ! あまりに圧倒されて、いつまで続くんだよというほどの広い廊下をひたすら進み、モコモコの赤い絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた階段をのぼり、舞亜の部屋に落ち着くまで終始無言のボクと蘭。それもそのはず、ここはファンタジーの世界、別世界、幻想世界、現実とはとても信じられない。

 だけど舞亜の部屋は質素だった。ベッドこそフカフカでボヨンボヨンなんだけど、北の壁際に白い大きな書棚がふたつ並んでいて片隅に勉強机があってその上に白いノートパソコンがあって南側の窓の隣にクローゼットがあるだけ。ちょっとさみしい感じがする。書棚の左側に並べられているのは、『G・ガルシア・マルケスの百年の孤独』やら『レイ・ブラッドベリの二人がここにいる不思議』やら『エイミー・ベンダーの燃えるスカートの少女』やら『村上春樹のアンダーグラウンド』やら『梶尾真治のちほう・の・じだい』やら『夢野久作全集』などで、なんとなくリアルというかマニアックというかその数膨大。そして、右の棚にはまたまたボクの眼を輝かせる映画のDVDがずらり。『ゴッドファーザー1・2・3』『カポーティ』『月下の恋』『オールド・ボーイ』『青春の門』『血と骨』『ブロークン』などなど。ジャンル不問、その数膨大。ボクは本も映画も好きだ。ここは天国ですか? ああなるほどパラダイスなのですね? ありがとうありがとう。うるうるしているところでふと勉強机の上にある写真が眼に入る。中年男性と舞亜とおぼしき幼い少女。それを持ち上げて舞亜を見る。

「これが父親なの? とてもかっこいいお父さんだね。お母さんの写真は?」

 舞亜はにっこりと笑顔を浮かべて答えた。

「母親はワタシが産まれたときに死んでしまった。父親は、数ヶ月前に、死んだ」


     ☆


 帰宅途中、ボクは舞亜の言葉を心の中で反芻(はんすう)させていた。


 反芻……①二度三度くりかえし考えること ②過去のミスを見返し反省するのはいいこと


「半年前、獣人化現象が発生して二日目くらいだったはずだ。当時住んでいた町で、ある夜、悲劇が起こった。午後九時にあと三十分でなろうかというとき、階下から響き渡る父の悲鳴。ワタシは何があったのかと階段を急いで下りた。するとキッチンに横たわる父親を発見したのだ。右手には包丁、それが何のために使われようとしていたのかワタシにはわからない。グツグツ音を立てている鍋があるのだが、父親はキッチンに背を向けていたからだ。食材ではなくて他のものを切ろうとしたのか? 辺りは血の海。父親が絶命していることはすぐにわかった。それでもワタシは父の安否を確認せずにはいられなかった。だからそばによって腰を下ろし叫びながら脈をとった。そのときだった、ゴドン、という家具の動く音が背後から響き渡ったのは。振り返った瞬間、ワタシは気を失った。おそらく殴られたのだろう。どれくらいのん気に寝ていただろうか、太陽はすでに昇っていた。そして、父の血は、乾いていた。

 そのとき住んでいた町は人口四百八十人の小さな町だった。死者ニ百六十人で重軽傷者百人。半数以上が何者かに傷つけられた。単独犯か複数犯か、未だに不明。殺害方法も多岐にわたり、犯人の割り出しが不可能だった。指紋、DNA、痕跡、デジタル解析、物的証拠、すべて『なし』。警察の中では迷宮入りが噂されているらしいが、


 ワタシは絶対に犯人を見つけ出す」


 舞亜が巻き込まれた事件は一時期世間をにぎわせた、忌憚(きたん)町事件だ。慈円(じえん)中学卒業生大量殺戮事件と並ぶ二大事件のひとつ。男性だけをターゲットにされた大虐殺。慈円中学事件以上の被害者が出た大惨劇。だけどそのときのボクは遠くの出来事だと思って、うわものすごいな、と(しゃ)に構えていたけどここに来て事件が身近になった。対岸の火事、それがボクにも降りかかってきたことで恥ずかしくて情けない気持ちでいっぱいだった。

 舞亜は犯人と同時に犯罪も憎んでいるのだとボクは思う。だからこそ学校の事件に介入しているのではないのだろうか。いろいろ関与して、いずれ父親を殺した犯人に迫ろうとしているのかもしれない。その結果が、犯罪の減少につながると思っているのかもしれない。

 どちらが真相なのかボクにはわからない。舞亜は男臭いしゃべり方をするしほぼ無表情だし他人をフルネームで呼ぶし独り言を口に出すしふむふむやら出ましたなどと個性的な言葉を発するけど、ボクは彼女の力になりたいと思った。助けてやりたいと思った。

 それは蘭も同じらしく、

「私たちで舞亜ちゃんを守ってあげようね」と云っている。舞亜はオオカミ、蘭はネコでどう考えても舞亜が強いから足手まといじゃないか! とはもちろん云わない。かわりに、「そうだね」とボクは返した。

 そしてボクは思い出していた、舞亜が巻き込まれたという事件を。

 獣人化現象がまだ全面的に受け入れられていないときに起こった猟奇大量殺人。

 今だからこそ獣人が絡んでいると想像できるが、当時はさまざまな憶測が飛んだ。

 これから起こる凶悪事件は、きっと、今までの常識が通用しないのだろう。それを防ぐ術はない。ボクたちが気持ちを切り替えて、対処して、そして、慣れていかなければならないのだ。


 火曜日は休校になった。まあ当たり前だが。朝起きて、ご飯を(卵かけご飯だった)食べて、歯を磨いたあと着替えてから行ってきますと云う。あら学校休みでしょ何所へ行くの? と大声を上げる母親に、蘭のとこだよ、と答えて隣の家へ。

 下校時間名簿に載っていた人物たちの聞き込みに行くよ、と云うと、蘭は快く引き受けて、というか、当たり前でしょ、といった感じで飛び跳ねるようにボクの前を進んだ。やれやれ、まるでショッピングかデートにでも行くみたいだな、などと悠長に考えていたそのとき、舞亜は何者かに襲撃されて重症を負っていたのだ。


               つづく

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