終章
終章
阿仁角高校でまた殺人事件が起こった。
被害者は二年三組の真喜屋忍子(カピバラ)――毒殺だった。
二年三組、棟等寿一(男)と同じく三組、和歌森美佐代(カモノハシ)の三人がカラオケに行ってパスタを注文。白ナスとトマトのミートソース、ウニソース入りカルボナーラ、明太子とイクラの和風パスタの三種。運ばれてきて、食べる前に忍子と寿一がいっしょにトイレへ立ち、ふたりが戻って来てから美佐代が入れ替わりにトイレへ。それから三人揃ったところでパスタをひと口パクリ。忍子と美佐代が立ち上がりモニターの所まで移動してデュエットを歌い終わって席に戻ったところで、お互いのパスタを交換しあいながら皿を三人とも空けた。その数秒後、忍子が苦しみ出して倒れたのだ。
寿一と美佐代の両方に動機があったらしい。
忍子は美佐代から寿一を奪い、忍子は寿一に別れ話を切り出していたのだ。
これが、若森林臣刑事が蘭にもらした情報だった。
「さあ、恵造、舞亜、もっとくわしい内容を聞き込みに行くわよ!」と、鼻息を荒くする蘭に、舞亜が対称的な態度で訊いた。
「ちょっと待て。棟等寿一と和歌森美佐代はその死についてどう証言しているのだ?」
「え~っと、寿一は『美佐代が殺した。俺は彼女がパスタに何かを入れるのを見た。たしかに別れ話は出ていたけど、そんなことで殺したりはしない』と云ってるらしいわ。美佐代のほうは『私は知らない。だから殺したのは寿一くんよ。彼を奪われたけど、近いうちに別れるつもりだったから怒ってなんかいないわ』――だって」
「ふむふむ。で、どんな毒をもられたのだ?」
「なんて云ってたかしら、ディフェンシンとかペプチドとかなんとかだったような……。まあ、そんなことは置いといて、とにかく忍子は死ぬ寸前、とても苦しんだらしいの。それは正視できないほどだったそうよ。きっと犯人は美佐代ね。だってカモノハシには毒があるんでしょ? 後足の爪にだっけ? 彼女だけが、ひとりっきりになっているじゃない。そのときに毒をもったのよ」
ここで舞亜が口を開いた。
「ところで、パスタを味見しあったと云ったな。三人は何所に座っていて、どうやって皿を回したのだ?」
「えっと。美佐代がモニターのすぐ近く、その隣に忍子。向かいのソファに寿一。パスタは反時計まわりだったと思う」
「その間、もちろん誰かしら歌をうたっていたのだな?」
「そうらしいわ」と蘭が顎に手を当てて答えた。
「フォーク類も取り替えたのか?」
「さすがに男女間だから、ね。そのままだったらしいわ」
「ふむふむ。なるほど」
「でも、ひとりになった時間はトイレに立ったそのときだけ。あとはみんな揃っていた。犯行が可能なのは、美佐代、ただひとり」
それは一理ある、とボクは思った。だけど自分が疑われるような状況で行動を起こすだろうか? ということは寿一が犯人? ちょっと待って、自殺の線も捨てきれない。
「とにかく情報収集よ。さ、行きましょう」
行こう行こうと急かす蘭をボクは静止して、舞亜に視線を向けた。何故なら、ボクの推測が正しいのならば――。
「舞亜、犯人は誰だ?」
早くそれを訊けばいいのに、といった顔で、口はしを吊り上げながら舞亜は答えた。
「犯人は棟等寿一」
「不可能でしょ」と息巻く蘭に対し、「可能だよ。パスタに毒を混入させたのではない。忍子が歌うために立ち上がった隙を見計らい、フォークに付着させたのだ」
「でもそんなのってただの憶測でしょ」
ボクと同じことを云われている、と思ったけれど、何も云わず舞亜を見守った。
「先ほどの症状を起こす毒はカモノハシが持つもので間違いない。人間の死亡例は少ないのだが、獣人へと変化し、毒素も増大したのだろう。しかしな、乱舞蘭、カモノハシは確かに毒を持っている。だけどそれは、オスだけなのだよ。棟等寿一は、和歌森忍子の犯行にみせかけようとしてそれを使った。その証拠に、毒を盛ったところを目撃したと偽の証言をしている」
☆
『地球は変革の時を迎えた。
進化の飛来、その理由を私は知っている。
人間は罪を犯しすぎた。地球は、宇宙は、神は、創造神は、サムシング・グレートは、地球の覇権を我々獣人へとシフトした。抗うな、抵抗するな、その意志に身をゆだねよ。意志に背反するな。
虐げられ、軽視され、いびられ、さいなまれた過去を、怒りに変えろ。沸騰させろ。
時は来た。
立ち上がれ。獣人になった意味を知れ。
これから、世界中の男どもを、ともに抹殺しようじゃないか!
世界を、我々、獣人のものに!』
廃教会に集まった数十人の女性たち。壇上に立つひとりの女。女は漆黒のマントをはおり、フードで頭部を覆い、一種異様な雰囲気をかもし出している。
演説が終わり、女が両手を広げた瞬間、傍聴していた女性たちは総立ちとなり、いっせいに雄叫びを上げた。
☆
舞亜はベッド脇の読書スタンドの灯かりをつけて、二冊の本を開いていた。本といっても一冊はどうやらレポート用紙のようで、その厚さは辞書ほどもあった。
その表紙には、こう書かれていた。
『獣人化現象、その原因とレーゾンデートル(存在理由)』
著者、式敏丸、竹持久十朗、赤松兵児。
舞亜は今までこのレポートの存在を知らなかった。父親が何故、レポートを処分したのか、自分の眼に触れさせなかったのか、読み終えることによって知ることとなった。
そして、生物学教室の準備室にズラリと並べられていた標本ビンのひとつが二重底になっていて、兵児がこのレポートを隠していた理由も同時に知った。
さらに、忌憚町事件の犯人の目星もついた。
『……一年間、研究に研究を重ねた。正直云って、その中には非人道的な実験もあったことは否定しない。
彼女……と云っていいものかどうか……適当な名称が思いつかないためとりあえず《彼女》と明記することにする。
《彼女》は二十代前半、普通の若い女性に見えるのだが、正直、人間とは呼べない。じゃあ、何だ? と問われれば返答に困る。一番近いものでは、悪魔、妖怪、妖精、化け物、UMA、であろう。見たこともないデオキシリボ(DNA)核酸の配列。二重螺旋であるはずの紐状分子が、どうもそうではないらしい。ならば、アデニル酸、グアニル酸、シチジル酸、チミジル酸以外にもあるということになる。AーT、GーCという組み合わせがどのように組み替えられているのか、それとも別種のたんぱく質が組み込まれているのか、それを発見する必要がある。遺伝暗号を見極める必要がある。気の遠くなる話だ。
《中略》
――《彼女》が逃亡した。我々と警備員の眼と施設の監視システムをかいくぐり逃走に成功した。とても信じられないことだ。
《中略》
――《彼女》の行方は杳として知れない。
しかし、巷で流行した獣人化現象――それはきっと《彼女》の仕業だ。
我々は《彼女》をこう命名した。
《始祖》……と。
舞亜はここでレポートを閉じて大きなため息をひとつついて、机にある写真を見た。それから隣に置かれていた本を手にしてページを繰る。あるページで手が止まる。
そこにはこう書かれていた。
『他人に好かれたいならば甘えるのが一番♪ たとえば語尾に《ぽよ》とつけたり《なのです》とつけたり。でもアレンジはあなた次第。たとえばこういうのもあるよ♪ 語尾に《ピョン》
あと王道と云えばこれだね。ニャ~かワン。こっちも機会があったらためしてみよう~』
舞亜はカーテンを開け、明け方ならではの冷たい風を全身に受けた。
いわゆる宵→夜中→夜明け前の、暁だった。
広い庭に林立する木々の一本に、一羽の梟がいて、じっと舞亜を見つめていた。その視線に気づいた舞亜は、
「がんばるワン」
その瞬間、梟は飛び去ってしまった。
本を、飛んで行った梟に投げつけるが大きく弧を描いてドサリと落ちる。
虚空に向かってもう一度、
「ワン」
次第に自分の顔色が変わって来たことを知って、舞亜は急いでカーテンを閉めた。
☆
ボクは全身に大粒の汗を浮かべながらゾバッとベッドから跳ね起きた。悪夢を見ていたのは確かなのだけど内容は起きた瞬間に忘れてしまった。ビッショリとかいた汗のせいで、もう一度眠る気にはならなくてとりあえずそのまま起きることにした。起きると決意した瞬間、ふと、あることを思い出した。それは可子の変容だった。
獣人になってしまった女性たちは、徐々に、人間の考え、理性、本能、生きる目的などが、獣のそれに変わって行ってしまうんじゃないか――という不安だった。
だけどそれはまだ決まったことではなくてただの憶測。しかも全員に当てはまることではないかもしれない。だからボクは頭を振って気のせい、しかも可子だけだ、と忘れることにした。
カーテンの隙間からはわずかな光も差し込んでこない。学校までまだまだなのだろう。
せっかくだから、映画でも観ようかなと思い立ったとき、外からオオカミの遠吠えが聞こえたような気がして、それもまた、頭をブルンブルンと振り払った。
獣人事件 完
「お嬢様、庭先で何をしていらっしゃるのですか? 朝食の用意が出来ましたのでそろそろお戻りになってくださいませ」
「え? いや、何でもない……いや、そうそう、綺麗な花を見つけただけだ。すぐ行くから先に戻っていてくれ」
舞亜はそう云いながら、拾ったものを後ろ手に隠した。
始祖編、書こうかな、と悩みつつも、違うことにチャレンジしたいのでこれで終了です。要望が多ければもしかしたら……。
いやあ、ミステリーの難しさを痛感した作品でした。反省点だらけです。
最後までご愛読くださいましたみなさまに感謝を込めて。
ありがとうございました。




