第十章
第十章 進化
病院への搬送中、富良野が犯人だとどうやって知り得たのかを蘭がしつこく訊ねるので、しかも痛めている足を遠慮なく叩くので、ボクは自分の推理を救急車の中で披露してあげた。
外向リン殺害は簡単だった。彼女の食い意地は誰もが知っている。体育館の中央にロープを垂らし、その上に大量のチョコレートを置くだけで彼女は罠にかかる。食欲を抑えることが出来ないリンは迷うことなくロープを登りチョコレートを食べる。そこにちょっとした細工を施すだけでいい、そう、ロープに切れ目を入れるだけで。
鉄筋に結ばれている部分ならば切れ目を入れても登っている途中で気づかれることはない。登り切っても注意はチョコレートに行く。何度も何度も実験を繰り返し、どれくらいの時間ぶら下がっていればロープが切れてしまうのかを調べたのだろう。
切れたロープがずり落ちる摩擦で鉄筋に焦げ目をつけた。
放っておけば、リンは落下する。あとは下に落ちているロープを回収するだけでいい。
時鮫空子、白家まよいの殺害は少しだけテクニックを要した。
まずあらかじめ空子を誘い出して首にロープを巻いて吊るす。(空子は動きがのろいのでそれは誰にでも簡単に出来る)体育館の電気を消し、あとから来るまよいを待つ。まよいは動きが素早いのでどうにかしてその動きを封じなければならない。そこで富良野はこういう罠を仕掛けたのだ。まよいが体育館に足を踏み入れたときに電気をつける。(時間を正確に告げていたのだろう)中空に舞う空子を見て呆然としたその一瞬を見計らい、首にロープを巻く。このロープの反対側には空子がつながっている。
そこであらかじめ空子の足に巻いてあったロープを引っ張ると、まよいの身体が浮上。先が輪になったロープをそのときまよいの足に仕掛ける。何故、そうしなければならないのか。もし仮に、まよいに足のロープがなかったとすれば、空子に巻かれているロープを引っ張れば天井に登れてしまうからなのだ。それをさせないためにまよいの足にもロープをかける。
ふたりの身体が平行に並んだとき、富良野は体重をかけて下から二本のロープを引っ張った。
あとは脚立か何かで足首に巻かれているロープを回収するだけ。
チョコレートの残り香、鉄筋の焼けた跡、足首の絞められた跡、これらは、普通の人間が不可能犯罪を成そうとしたときについてしまった痕跡だったのだ。
☆
富良野は、半分が女性になっていた。しかしどんなに性転換手術やらホルモン投与をしても、染色体自体は変わらないため、獣人にはなれないんじゃないかと思い至り、絶望していた。そこで偶然耳にした情報があった。あるとき、しつこく誘う兵児と食事に行ったときのことだった。お酒が進み、ふと兵児がもらした言葉。それは、獣人化現象の謎を握っている、ということだった。
もしかしたら、本物の女性になれるかもしれない。
半信半疑だったが富良野は独自で調査することにした。生物準備室、そこが一番怪しいとふんだ富良野は、正体を隠すため、また、力づくになる可能性も考え、男の姿となった。
そのとき運悪く、リンたちに目撃されてしまっていたのだ。
貫井可子は、即死だった。
警察の捜査(若森林臣の暴露)によって、可子の過去があらわになった。凄惨で凄絶で惨憺で陰惨だった。いじめ、暴行、虐待、すべての悪を一身に背負った哀れな少女。だから世間には可子に同情するものも見られた。
地面に残された足跡、壁面についていた爪痕が、可子のものと一致したことにより、彼女の犯行とされ、幕は下ろされた。
兵児は上まで持ち上げられて壁に押しつぶされた。兵児の死にはトリックも何もない。ただ、頭部を残した理由は闇の中だった。だけど、とボクは思う。それはこれからも繰り返される殺戮を、世の中の男たちに見せつけるためだったのではないか、と。
河口院は単純に上から投げ落とした。では何故、兵児同様、壁に押しつぶさなかったのか、それは謎のままだった。宣戦布告はもう済ませてあるから必要なかっただけかもしれない。
☆
富良野晃の逮捕と貫井可子の死によって、阿仁角高校連続殺人事件の幕は閉じた。
阿仁角高校関係者五名、警官八名、一般住民十一名。計二十四人の死者を出したこれらの事件は、獣人と人間による猟奇事件であることから――後に、
《獣人事件》と名づけられた。
朝日がまたのぼるように、日常が戻ってきた。悲劇は時間によって清算され、人々に笑顔を取り戻させる。それでも心の中の記憶が消えるわけではない。過去をどう受け止めるのか、それは個人によって違う。そして誰がどう受け止めようと、ボクはどうこうするつもりもない。
引野矢野未(スズメ)は全治二日の軽傷で済んだのだが、命を落としかけたことで懲りたのか、それはわからないけれども、どうやらいじめをやめたらしい。事件の重みが軽くなったとき、また始めるかどうかはわからないけれど、今はこれでいいや、とボクは思う。また繰り返すようなら止めればいいだけのことなのだ。
我十院真子(ミーアキャット)は本当に事件があったのかどうか疑ってしまうほどボケ~ッとしていた。妖精さ~ん、宇宙人さ~ん、している。ちょっと変わったことと云えば、ときおり、恵造様~があるくらいか……。そのせいで、真子親衛隊の視線が怖い。
ある日の夜、ボクは東西南(ワシ)に呼び出され、家を抜け出し、天空を舞った。
翼にはまだ痛々しい包帯が巻かれているが以前のそれと同じ飛び方だったので落下の不安はなかった。正直、松葉杖での歩行はつらい。だから南先輩に呼ばれて外へ出なければならなくなったとき、とても憂鬱だった。だけど、なんて空、なんて南先輩。ありがとうありがとう。外に出てよかった、とボクは彼女に感謝した。
空は、相変わらずのすばらしき世界。日常生活、阿仁角高校の事件、それらを忘れさせてくれる。トリだと、こういう感覚が当たり前のようになるのだろうか。それなら、ボクは空を夢見ている人間のままがいい、と思った。忘れるくらいなら、現実逃避するくらいなら、悲劇を乗り越えようと努力するこの気持ちを大切にしていたい。対岸の火事だと思いたくない。不幸も悲劇も悲しみも、未来への踏み台にする。それが、人生なのだから。
いつかのビルの上に腰を下ろし、南先輩は遠くを眺めながら云った。
「私はタカ目タカ科の血が強くなっているのかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「タカ目タカ科は、一歳を超えたとき、一生にたったひとり(一匹)だけ、ボスを決める。それはブラジルのマタ・アトランチカ地区で行われているショーを見ればわかるとおり、人間とタカ――異種間でも当てはまるの。ボスと決められた者は一生、そのタカと離れることは出来ない。タカは死ぬまで選んだ者を裏切らない。私は、恵造くん、あなたをボスと決めた。私は一生、あなたを裏切らない」
え? これって告白? え? でも告白にしては変なんですけど? 意味がわからない。好きなの? ボス? だからボクは何も答えなかった。無言でいると、ボクの脳裏に、大きな眼を吊り上げる蘭の顔と、顔を真っ赤にした舞亜の姿が浮かんできた。
☆
「やはりな。ふむふむ。出ました。まあいいか」
などと声に出しながらひとり歩く舞亜を発見したボクと蘭は彼女に後ろから声をかけた。「いっしょに帰りましょう?」「また妄想が声に出てたぞ」
「やあ、通雲恵造に乱舞蘭か」今回はすぐに気づいてくれた。
「ねえねえ、また舞亜の家に遊びに行きたいな?」という蘭の提案に舞亜は「実はワタシも誘おうと思っていたのだ」と、笑顔でうなずいた。ボクもそれはうれしいことで、今度は何を借りようかな、ホアキン・コルテス主演の『ジターノ』か、エイミー・アダムス主演の『ナイト・ビフォア・ウェディング』もいいな、でもここは男らしくアル・パチーノ主演、ブライアン・デ・パルマ監督の名作『カリートの道』かな? などと悩んでいるときふと思いついた。だから舞亜に訊ねた。
「そういえば、舞亜は可子と富良野先生が犯人だと気づいていたようだけど、どうやって知ったんだ?」
「ああ、それ」と、舞亜は無表情に答える。「簡単だ。外向リン殺害のときと時鮫空子、白家まよい殺害のとき、現場に香水の香りが残っていた。通雲恵造、君に校内を案内してもらったとき、ちょうど保健室で同じ香りがしたから、それで富良野晃が犯人だと目星はついていたのだ」
「でもそれだと富良野先生と同じ香水を使っている人が犯人という場合もあるわけでしょ?」と、蘭が割って入るが、舞亜はそれを否定し、「説明が足りなかった。香水と、その人が持つ独自の体臭が混ざり合って、一種独特なにおいになるのだ。そう、富良野晃ならではの香りがな。それに乱舞蘭から富良野晃の家の、お手洗いの状況を聞き、それと、外向リンたちが謎の男を学校で目撃した情報を合わせれば、おのずと犯人像に繋がったのだよ」「なるほどね。じゃあ、それと同じように可子にも彼女独自の香りがあったの?」というボクの問いに、「貫井可子の場合は少し違う。匂いが三つ入り乱れていた、トラ、チーター、ヒョウのな。香りが、がらりと変わった。だから悩んだ。迷った。困惑した」そこで蘭が声を荒げる。「じゃあ、ほとんど始めから犯人には気づいていたの?」
ボクと蘭の視線を堂々と受け止め、舞亜はこともなげに答えた。
「目星はついていた、と云ったぞ」
「何で云わなかったのよ!」それはごもっともな意見です。
「訊かなかったじゃないか……」舞亜がボソボソと答える。
呆れるのと感心するのとが同時に湧き上がり、とりあえずため息しか出なかった。安堵して、ホッとして、ボクは舞亜に云った。
「それにしても、父親の仇は取れたわけだからよかったじゃないか」
「は? 何を云っている。貫井可子は忌憚町事件とは関係ないぞ」
「ええ、違うの?」
「当たり前だ。忌憚町事件の犯行は試行錯誤を凝らしたものだった。密室、装飾、遠隔操作などなど。未だに犯人は捕まっていない。貫井可子の殺人はずさんすぎる。せいぜい河口院殺害のときにちょっとした工夫を凝らしただけ。あれは富良野晃の殺害現場を目撃した貫井可子が犯行を間違ったほうへ誘導しようとしただけで、どの道すぐにバレるものだった」
いや、ボクはすごく悩んだんですが。
舞亜はボクの葛藤に気づくことなく続ける。
「しかし、忌憚町事件の犯行は恐ろしく精巧で火の打ち所がない」
「じゃあさ――」と、蘭が明るい感じで云う。「三人でその犯人を探しましょう? 自分には名探偵の素質があるとわかったから、今度は私が事件を解決してあげる」
ボクと舞亜は互いに顔を向け、そして、大笑いした。
「なによなによその笑いわ! ちょっと、私をバカにしてるの?」
「いや、ゾブサゴソナゾヨ!」――いや、そんなことないよ、という言葉が、蘭の肘がわき腹に入ることによって変な言葉になってしまった。
☆
三度、大・豪・邸!
三度、これぞ執事という執事様が登場。
舞亜の部屋へ通されて、家に呼ぼうとしていた理由はなに? という蘭の質問に対し、舞亜がモジモジとらしくない態度で云う。
「ふたりとも、こ、これからもよろしく、だピョン…………」
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『キモ!』
つづく




