表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/27

第九章ー3

     3


 舞亜はボクの前で腰を下ろし、そっと、痛めている足を撫でた。彼女は薄い笑みを浮かべた。それを見ていると安心感から思わず涙を流してしまいそうだった。

「すぐに病院へ連れて行くから」と、いとおしむように云う舞亜。

 ありがとう、と礼を述べて、ボクは疑問を口にした。

「何故、ここがわかったの?」

 舞亜は大きくてきれいな眼をさらに広げて云った。

「外向リン、時鮫空子、白家まよいを殺害した犯人の家だから」

 それを聞いてボクも負けじと眼を見開いた。

「なんでそれを知っているんだ?」

 舞亜はさらに眼球が飛び出んばかりに(まぶた)を広げた。

「お前は知らずにここへ来たのか? ふむふむ。なるほど。出ました。やっぱりそうではないか、と思っていたのだ。だから飛んで来た。空をじゃないぞ。ワタシはオオカミだ。あはは。そうかそうか。急いだ甲斐があった。よかったよかった」

 訳のわからない独りボケとつっこみを無視して、ボクは大きく息を吐いてから云った。

「ボクはついさっき富良野が犯人だと気づいたんだよ。この部屋に来て違和感に触れてからね。そうだ、南先輩たちが大変なんだ」

 そのとき雨音に混じっていくつものサイレンの音が響いてきた。夜遊びしているときは当たり前だけど、悪いことをしていなくてもこの音を聞いたら不安にかられる。しかし、このときばかりはとても頼もしく聞こえた。余裕が出てきた。警察たちの介入により、助かったと感じた。だからボクの思考は別の場所にシフトした。

「舞亜って、けっこうきわどいパンツをはいてるんだな」

 バブン! と、破裂音のような音が聞こえた気がした。どこからだろう、と視線を巡らせると、どうやら舞亜からのようで、彼女は顔中を『ヘル・ボーイ』のように赤らめている。それを見てゲハゲハ笑おうとしたまさにその刹那、舞亜の身体が真横に弾き飛ばされた。何が起こったのか、ボクの脳は、急激な変化について行けなくて動きを止めた、が、舞亜が今までいた場所のすぐうしろに、顎を半分はずした怪物が立っているのを見て、再稼働した。

「可子!」

()(うひは)った(うひは)ったののののののは(はたし)。だけどわたしは無事~。エヒャヒャヒャ。お(ほう)さんお(はあ)さんごめんなさい。男男うるさいのよ。エヒャヒャヒャヒャ」

 サッカーボールでも蹴るかのように可子は右足を後ろに引いた。それが蹴り上げるのはもちろんボールなんかではなくてボクの頭。避ける? 舞亜のように? いや無理だろ。

「云っただろ? ワタシが通雲恵造、お前を守るって」

 その言葉が終ると同時に、舞亜は可子を抱きかかえて窓から身を乗り出した。

 舞亜はオオカミで可子はトラヒョウチーター、飛べない。ボクは自分の足を見る。まだロープが巻かれたままだ。ぐふううううと変な息が喉から噴き出し、粘りを持った汗が湧き出るが、意を決してまたまたダイブ。右足はもう使い物にならなくなるだろう、と心配するが、別にいいや。仕方がない。このまま舞亜を見捨てるよりは右足が無くなってしまったほうがいい。だから飛んだ。横隔膜が引っ込んでひうううとなるけど眼は閉じない。舞亜と可子は体重がふたり分なだけ落ちるスピードが速い。飛び出したはいいもののまったく追いつかない。無駄骨とはこのことだと後悔。

「バカ」と、舞亜は舞亜で落っこちながらひどいことを云う。ボクの苦労と決意も知らないで。

 どんどん加速する。さすがの獣人も、この高さでは助からないだろう。ボクは無意識のうちに叫んだ。

「そんな復讐の方法はないだろ舞亜。ダメだ、生きろ! 死なないでくれ!」

 そのとき、可子と視線が交差した。彼女が言葉を発することはなかったが、瞳に宿る光が何かを物語っている。ボクはそれを見逃すまいと、凝視した。しかし可子は、ボクにではなく、舞亜に耳打ちした。それから、可子は舞亜の身体を上空に放り投げた。

 急速に迫ってくる舞亜の身体をボクは冷静に受け止める。

「死のうとするなんてバカだよ」と反ベソをかきながら舞亜に云う。

「助かるという当てはあったんだがな、いや……すまない」

 舞亜は左手でボクを、右手でロープをつかんで落下を止めた。

 見下ろすと、可子は地面に激突して、つぶれた。

 警官隊が彼女の元へ駆け寄るところをボウッと見守りながら、ボクは舞亜に訊いた。

「可子は最後になんて云ったんだ?」

 舞亜は少しだけ眉をひそめながら、

「貫井可子の主人格が戻り、『ごめんなさい、やっぱり、遅かったよ』と、そう云っていた。意味はわからないが、ワタシが思うに、通雲恵造、君を見て君の言葉を聞いて君の心を感じて、チーターとヒョウを押しのけて、貫井可子は罪を償うことに決めたのかもしれない。おそらく、探し求めていた何かを得たのだろうな」

「そうか、でも、ボクは聖人(せいじん)君子(くんし)でもなんでもないんだけどな~」


 聖人君子……①徳や品位があり、知恵も教養もある優れた人 ②行いの正しい高潔な人  ③千人にひとりくらいはいるにはいるがまず出会えない人


「人の良し悪しは、他人が決めるものなんだよ」

「そんなものかな。ところで舞亜」

「なんだ?」

「舞亜って、けっこう胸大きいんだな」

 バブン! とまた舞亜の顔が『スター・ウォーズ エピソード1』の暗黒卿ダース・モールのように赤くなってボクは大笑いした。そこで、ボクたちの身体が、ガクンと、頭一個分落下した。上空を振り仰ぎながら、舞亜が淡々とした様子で云う。

「ああそうか。通雲恵造、ロープをカーテンレールに縛ったのだったな。よく考えてみろ。人間の身体ふたり分を支えるだけの強度を持っていると思うか?」

 ボクは蒼白となる。下を見ると、何かを暗示するかのように雨粒がどんどん落ちて行く。五階。高い。横隔膜がまたまたひうううとなる。

「落ちたとしても、舞亜、云ってたよな? 助かる当てがあるって……」

「それは貫井可子のヒョウを利用してのことだ。ヒョウなら壁に爪を立てて落下を食い止められるだろうと踏んでいた。そうやって河口院を持ち上げていったのだから」

「じゃあ……?」

「うむ。このままだと、おそらくワタシたちは死ぬだろうな」

 そ、そんな~と云おうとしたところで今度は頭一個分上にググン。

 見上げると、両手でロープを持つ蘭がいた。その後ろに臣の姿も見える。

「君たち、無事か~!」

「やっぱり私がいないとダメなんだから」


     ☆


 ねえ可子ちゃん。そろそろ誕生日だよね、プレゼントは何を買ってもらうの?

 何もいらない。

 ええ? じゃあ何処かに行きたいの?

 何処にも行きたくない。

 意味がわかんな~い。

 でもやりたいことはあるよ。

 それはなに?

 お父さんとお母さんと私。三人でご飯を食べたい。プレゼントもケーキもいらない、ただ、みんなでご飯を食べたいの。


 ただ、それだけでいいの。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ