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第一章ー2

     2


 その日の授業が終わりボクと蘭は生物学教室に向かうことになった。どうしても、彼女自身の眼で、リンの犯行が可能かどうか確認したいと云って聞かなかったからだ。

 蘭は(かろ)やかにボクの前を、それこそ飛び跳ねるかのように歩いている。短いスカートがひらひらとなびいていてボクの視線を、非常に、困らせている。そして、この《軽やかに》というフレーズも獣人化現象の特徴のひとつだった。

 女性たちの身体能力はいちじるしく上昇した。瞬発力、持久力、敏捷性、腕力、脚力、視力、聴力、嗅覚、動物が持つ脅威の能力をその身に宿したのだ。ネコの化身である蘭は俊敏性が増した。つくづく、ゴリラやクマといった腕力でなくてよかった、と思う。


 身体能力……①肉体で物事をなし得る力 ②地球上で一番劣るのは人間


「ねえ恵造。リンちゃんが走るスピードは十七キロだと云ったけど、それってトップスピードに乗ったらってことでしょ? 重い荷物を持ったまま、そんなスピードを出せるかしら?」

 ひらりと回転して蘭がそう云った。いたずらっ子そうないつもの眼が、このときは細くなって不信感を宿していた。だけどそんなことよりも蘭が振り向いたとき短い髪と同時にスカートがふわっと広がったときのチラリズムが気になって気になって仕方なかった。だから答えるときに唇を、ビーフジャーキーを噛み切るのと同じ力で噛んでしまった。

「ボ(ブヅッ)クも、それは気にかかる。それに時速なんて体調などによっても変わるからね。だから一応、蘭に検証して(ボタボタ)もらおうと思っているんだ(ボタタタタ)」

「ちょ、ちょっと大丈夫? 恵造」

「ああ、大丈夫大丈夫。問題ないよ」

 お前のせいだろ! とは云えない。


 蘭から借りたハンカチが真っ赤に染まったころ、ボクたちは生物学教室にたどり着いた。四時半を少し過ぎたばかりなので、まだ先生が残っているだろうと思っていたが、残念ながら誰もいなかった。情報を聞き出したかったけど仕方がない。

 冷蔵庫は担当教師の準備室にある。そこへ入るための手段は、教室内の黒板の隣にある扉と廊下に直結している扉の二カ所。当時、廊下側の扉は施錠(せじょう)していたので、リンが出入り出来たのは教室からだけとなる。教室内を通ってから準備室の扉までの距離、食材を取り出す時間がどれくらいか、などの検分がひと通り終わり、廊下に立ったまま一連の行動を見守っていた蘭にボクは云った。

「さて、食料の重さはだいたい十キロくらい。砂か何かを袋に詰めて同じくらいの重量にして、冷蔵庫に置いといて、三人揃っているところを目撃された最後の場所まで行って、そこから実際に走ってもらおうかな。君の時速は約四十八キロだから軽く流す程度でいいと思うよ」

「やだ」

「え?」(ボドボドボド)慌ててハンカチで口を押さえる。

「だってここは三階よ。面倒くさい。最初は調べる気まんまんだったんだけど、やっぱりもういいわ。だから恵造がやってよ」

「そりゃあ可能かもしれないけど、でも、女性よりも体力は落ちるし力もないし」

 獣人化現象が起こったあと、まだまだ根底でくすぶっていた男尊女卑(だんそんじょひ)の時代は終焉を迎えた。むしろ男のほうがすべてにおいて(おと)っているのだ。ボクシング、サッカー、バレーボール、柔道、テニスなどなど、競技もすべて女性のほうが迫力あるしかっこいいし面白い。バレーボールなどはネットの高さが変わったほどだ。

 蘭の気まぐれに肩を落としながら教室を出ると、ひとりの女子生徒が頭上を仰ぎながら廊下に立っていた。黒髪は胸の位置までまっすぐに伸び、シャープな顔は影を含んでいる。白い肌は健康的とは云えないが、病的とも取れない曖昧さがあった。何処となく『ブラック・スワン』のミラ・クニスと『ヒットマン』のオルガ・キュリレンコにやまとなでしこを足したような顔だ。かなりの美人だ。これまで彼女を目撃したことはない。ネクタイの色が青なのでボクたちと同級生なのは間違いないのだが。イヌ? 尖った耳はジャーマン・シェパードやポインターや柴犬などを思わせる。だけど何処か……。

 彼女の顔を凝視していると、肋骨にネコパンチ、と同時にクニス・キュリレンコなでしこがぶつぶつと云った。

「犯人は、外向リンではない。時鮫空子? いや、まだなにか――」


     ☆


「え~それではみなさん着席。え~今日、転入生がふたりいるので紹介したいと思います。え~どうぞ入って」

 担任の細川――ガリガリで黒い眼鏡をかけている五十代の担任――通称、ミイラ眼鏡がけだるそうに呼びかけて、教室内に入ってきたのは、眼を見張るほどの美女ふたりだった。男性陣が歓声を上げる。女性陣がざわつく。転入生のひとりはクニス・キュリレンコなでしこだった。ボクは彼女の顔を見て前日のことを思い出した。そう、生物学教室前でのやりとりだ。


     ☆


「それは不可能だよ。なぜならば空子はナマケモノ。全力で走ってもカメより遅い。まよいは力がない、荷物を持ったら遅くなる。だからこのふたりではぜったいに間に合わない」とボクが反論すると、

「上の空気を入れ替えるための小窓。そこから時鮫空子のにおいが漂ってくる」

 そう云って今度は扉をくぐり反対側へ。

「ここからもにおう。時鮫空子は間違いなく小窓を乗り越えている。何故、そんな面倒な行動を取らなければならなかったのか。それは、カギがかかっていたから。だから小窓を通らなければならなかった。しかし、それでは間に合わない」

 彼女は廊下に戻ってきてブツブツとつぶやきながら歩き出した。ボクは蘭と顔を見合わせ、彼女について行くことにした。

 階段を下り校庭へ出る。建物から二メートルほど離れて長方形の花壇が左右に広がっている。オランダから渡来したとされる真っ赤なカーネーションが咲き乱れている。そんな、母性の象徴とされる花を眺めながらクニス・キュリレンコ謎の少女が云う。

「ここにチョコレートのにおいと外向リンのにおい、やはり、変だ。ふむふむ」

「何が変なのよ?」と蘭が眼をクリクリとさせて問い詰める。

「白家まよいと外向リンのにおいしか漂ってこない。ふむふむ」

 さらにクニス・キュリレンコなんなのだこの女は歩を進める。ボクたちもそれに続く。

 テニスコートの前を通り過ぎ、校門前へ。そこでふいに彼女は足を止め、一際大きな声を張り上げた。いきなりの出来事にボクと蘭は腰を抜かしてその場に尻もちをついた。

「ここから突然、時鮫空子のにおいがついている。外向リンのにおいは途中から合流。なるほど。謎は解けた。十七時十八分、外向リンが時鮫空子をおぶって生物学教室へ戻る。十七時二十四分に警備員が教室にカギをかけたあと、実は三人とも戻っていた。そこで時鮫空子は小窓を通り食料を手にして戻る。力のある外交リンが食料を持ち、白家まよいが時鮫空子をおぶる。階段を下りたところでチョコレートを使った食べ物――おそらくチョコパンだろう、それを誤って落としてしまう。食べ物を前にした外交リンはおもわず腰をおろして食べてしまう。いつまでももたもたしていると誰かに目撃される可能性があるので白家まよいは彼女を放っておいて先を急ぐ。校門前で外向リンがその俊足で合流した。これがすべての真相。つまり、三人の共犯だったわけだ」

「しかしそれもひとつの推測でしかないじゃないか?」というボクの問いに対し、

「ふむふむ。だけどそれが真相なのだよ。そうでなければ小窓についた時鮫空子のにおいと花壇に残る外向リンとチョコレートのにおいの説明が出来ない。あの濃さは二分以上とどまっていないとつかない――ん? 君たちは誰だ?」

『それはこっちのセリフだ!(よ!)』とボクと蘭の叫び声が重なる、というか、ボクたちの存在に今気づいたのか?


     ☆


 かくして、犯行は三人でやった、と外向リンの自供で判明した。リンは食べ物の話を聞いたらお腹がすいてきて我慢できなかった。空子は体育祭がつぶれてほしかったから手伝った。(運動神経のなさを露呈してしまうため)まよいは彼女たちの思いついた犯行がただ単純に楽しそうだったから手を貸した。

 すべては転入生、(しき)(まい)()の推理どおりだった。微塵もブレがなく、完璧だった。


「え~式くんの席は(つう)(うん)くんの隣だな」と、ミイラ眼鏡がボクの隣を示したとき、美しい式舞亜の眼がこちらをとらえ「おや、君は昨日の……」とボクを指差し、まわりの男子勢から誹謗(ひぼう)と中傷の声が上がる。はいはい、学園ラブコメ物のお約束ですね、と開き直ってまわりを無視。蘭の殺意も無視。

 そして、舞亜の正体がはっきりしなかった理由もわかった。なぜならば、彼女はオオカミだったのだ。イヌとオオカミなんて区別がつかない。


 お約束……①ある物事について将来にわたって取り決めること ②決まったパターンを描いてそれが受け入れられるのはうらやましい


 そしてもうひとりの転入生は、舞亜の崇高さとは裏腹に威圧的なオーラを発散していた。

「私の名は(ぬく)()可子(かこ)(トラ)だ。よろしく」

 ここでは男性陣は遅れを取った。ちょっとビビッたと云っていい。代わりに女性陣から沸き起こる歓声。舞亜と可子は対極のかっこよさ、強さ、かわいさを宿していた。


     ☆


 体育の時間はサッカーだった。やる気のない男子は適当に試合を終わらせて女子の試合を観戦することにした。それはそれは壮絶な戦いだった。脚力がすぐれているネコやウサギ、シカやイノシシは大活躍だった。そして忘れてはならないのがトリだ。獣人化現象は哺乳類と鳥類からなるのだ。昆虫と爬虫類、魚類がいないのは男子にとって(さいわ)いだ。気持ち悪そうだから見たくない。鳥類は獣人化現象によって多くの恩恵(おんけい)を得た。

そう、飛べるのだ。

 サイコキネシス、念動力といった超能力ではなく、実際に羽を広げて飛ぶのだ。翼は普段、体内に隠れているのだが、いざとなるとそれをニョキニョキと出すことができる。トンボのような半透明の翼だ。高く上がったボールはトリたちのもので確定、とはいかない。もちろん、サッカー(だけではない)の新ルールに、飛行禁止、と付け加えられたのは云うまでもない。それでも身軽なトリは、高さが勝利を握る競技にはむいている。

 大活躍をしていたのは、トリともうひとり居た。蘭だった。

 ディフェンダーからのロングパスを受けて、鞭のような蹴りからの見事なボレーシュート。ゴールを決めて蘭がガッツポーズをしながら無邪気な笑顔をボクに向けたとき、クラスメイトの(さい)(おか)(まこ)()がボクの肩を遠慮なく叩いた。

「いて! なんだよ真凝、痛いだろ」「すごすぎるよ蘭ちゃんは」「ただの負けず嫌いなんだよ」「まあ、そんなことはどうでもいい。やっぱり、一番かわいいのはネコだよな~」「云いたかったのはそれか。別にどうでもいいよ」「どうでもよくないだろ! お前はむっつりなんだよ。隠れなんだよ。本当は獣人化現象賛成派だろ!」

 そう、巷ではこの『獣人化現象賛成派』『反対派』が議論を呼んでいる。『反対派』は、やはり普通の女の子が好きだということで、なんとかこの現象の治療薬を発見しなければと躍起になっており、様々な研究を行っている。そして『賛成派』は、ネコ耳娘やウサ耳娘が好きだった連中と、好きなのだけどまわりにバレると恥ずかしいから隠していた連中とが徒党を組んで大多数を占めている。賛成派圧倒的に強し、だった。

 ボクはというと中立派だった。中立派は非常に少数だったけど、本当にどちらでもいいと思っていた。もしも獣人化現象が人間と大きくかけ離れた容姿をもたらしたのならば違っただろうが。

 中立派はそのままの姿勢でいて、反対派は現状を打破しようとしていて、賛成派はさらに派閥をつくった。ネコ派、イヌ派、ウサギ派、トリ派、マニアックなところでアザラシ派やバク派などもいる。もちろん人気獣人第一位はネコ、大差でウサギ。

 最丘真凝は茶髪にロン毛、長身でイケメンと来ているが実は隠れネコ耳ファンであったのだ。世界がこういう状況になった以上隠す必要はない。

「やっぱり蘭ちゃんはいいよ。うん、最高だよ。あの耳の毛の生え具合、しなやかな手足、大きくて油断のならない瞳、他人をリラックスさせるやわらかそうな口、やっぱりネコだよな~」「ネコといってもイロイロあるからな。あの耳のてっぺんのそり具合と尾の短さはたぶんオオヤマネコだぞ」「それでもネコはネコだろ。なんの問題もない」「あ、そう」

 そうなのだ。ネコといっても種があるわけで、アメリカンショートヘアー、ロシアンブルー、ラガマフィン、ベンガル、デボンレックス、ソマリなどなど、約四十種類以上。イヌもしかりサルもしかりトリなんかもっともっと多いのだ。

「だけどなんで、獣人化現象なんて起こったのかな」と真凝が顔色を曇らせる。

「知らん」

 この謎は(いま)だ解けていない。専門家が様々な研究を重ねているが、答えを特定することにはいたっていない。DNAの突然変異、そうとしか考えられないようなのだが、原因は未だ謎のままだった。


     ☆


 獣人化現象が起こって半年。女性全員が人間ではなくなりそれが当たり前だと人類に認識され始めたころ、阿仁角高校で通算三度目の、世界を揺るがす大事件が起ころうとは、大はしゃぎの蘭と対称的に、つまらなさそうにしている舞亜の存在が何故か気になって、ボクはそのとき、知る由もなかった。


            つづく

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