第七章ー3
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ヨロヨロふらふらしている侵入者に対峙する舞亜。遅れて蘭と臣が到着。臣は床に倒れている母親を診る。蘭は侵入者の背後で仁王立ち。指をバキバキさせながら蘭が云う。
「逃がさないわよ! ていうか、あいつ、どうしちゃったの?」
それに舞亜が侵入者から視線をそらさずに答えた。
「酔っ払っているんだよ」
それを聞いてボクは上空から声を浴びせる。
「そうか、キウイ! ダメだ蘭。お前はそれ以上近づくな」
キウイという果物は、マタタビ科なのだ。マタタビと同様の効果をネコ科の動物に与える。それは百獣の王ライオンもしかり。ネコ科の動物は例外なく酔っ払う。「ちょっとした爆弾を食品スーパーから仕入れた」と云う舞亜に対し、え? もしかしてキウイ爆弾とかけてるの? え? などとはもちろん云えない。
侵入者はバイク・ジャケットを脱いで舞亜に投げつけた。それを左手で払う。と、侵入者は舞亜の脇をすり抜けて逃げの体勢をとった。つかまえようとするが、酔っ払っているとはいえ動きは早い。瞬く間に暗闇の奥へと消えて行く。それを追う舞亜。続く蘭。ボクは臣を見る。「お母さんは気を失っているだけだ。心配ない。早く追え。僕は救急車と応援を呼んであとから行く」ボクは臣の言葉にうなずいてから南先輩に云った。
「お願いできますか?」
「もちろんよ」
まばらな星々がきらめく大空へ、ボクたちは羽ばたいた。
しばらく行き、ボクは高度を下げるようにお願いする。家々を避けるため速度は落ちるだろうがその前に舞亜にどうしても訊きたいことがあったのだ。
すぐに舞亜の後頭部が近づいてきた。彼女は誰かに電話をかけているが、かまわずボクは声をかける。
「舞亜、もしかして君は事件の真相をつかんでいるんじゃないのか?」
携帯電話を耳から離し、舞亜は頭上を仰いだ。
「すべてではない、半分だ」
「どういうことだ?」
「獣人化現象の特徴とはなんだ?」質問を質問で返された。仕方がないので答える。
「女性が人間と獣の間になること?」
「そうだ。だけど考えてみてくれ。何故、獣一匹しか肉体に入り込んでいないのだ? ネコ+イヌ+サルでもいいはずじゃないか。だけどそうじゃない。かならずひとつの肉体にひとつの獣。ということはだ、肉体、精神、魂のどちらかにとりついたようなものだ。ここでひとつひとつ突き詰めて行くと、肉体なんてしょせん無数の細胞の塊、ということは肉体にとりついたのならば先ほども云ったように一匹の獣では収まらない。じゃあ魂か精神ということになる。魂とは肉体に生命を宿す道具にすぎない。個性などない。ならば、様々な動物がいるのはどういうことだ? つまり、人の精神ひとつひとつが違うという、その場所に、獣は宿ったのだ」
「えっと、まだ意味がわからないんですけど?」というボクの問いに対し、少し呆れ気味に舞亜は答えた。
「兵児と河口院を殺したのはヒョウ。そしてワタシと通雲恵造を襲ったのはチーター。しかしふたりとも同一人物なのだよ。つまり多重人格。そこに行き着いたワタシはある人物の過去を調べた、足跡を調べた、痕跡を調べた」
「それで何かつかんだの?」
そこでやっと舞亜は顔を上げた。
「解離性障害の疑いがある者がいる。つまり、違う人格が表に出てきたとき、その獣も姿を変える。ひとつはチーター、ひとつはヒョウ、そしてもうひとつは、トラだ」
貫井可子!
「犯人は、貫井可子――《たち》だ」舞亜は高らかに云った。
解離性障害……①耐えられない苦痛から身を守るため、本来の意識を切り離す行為による症状 ②犯罪者が減刑のためによく用いる症状
つづく