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第六章ー2

     2


 侵入者はベッドの上に降り立ち、間髪入れずにボクへ向かって跳躍した。なんてスピードなんて殺気なんて恐怖。それらに押しつぶされまいと、ボクは勇気を奮い起して横に飛んだ。その直後、フローリングの床に、侵入者の膝によってこぶし大の穴を開けられた。

 パワーに仰天してボクは息をのんだ。侵入者はニット帽とマスクで顔を隠している。それを見て、侵入者が何者かを悟った。

 舞亜を襲撃したヤツと同一人物、だと。

 舞亜でも太刀打ちできなかった相手。いくら策を労してもどうにかなるような相手ではない。残されている道は、ひとつ。

 踵を返してドアを開ける。すると眼の前に父親が立っていた。そして、悠長にこんな言葉を発した。

「なんか変な音が聞こえたけど、どうかしたのか?」

 だからボクはこう叱咤した。

「危ない! 逃げて!」

「何をそんなに慌て――」

 振り返ると侵入者は右腕を大きく引いていた。ボクは父親にタックルして奥へと転がる。その刹那、空を切った侵入者の右腕が壁を破壊した。そこでやっと父親は危険を察知したらしく、ここだ、などと云いながらボクの腕を引っ張って階段を下りる。あいつは誰なんだ? 何が起こっているんだ? と父親が云うけど無視。父親は心の何処かでまだ余裕があるのだろう。だからしゃべっていられるのだ。それらにいちいち答えている場合ではない。代わりに、急いで! と黙らせた。階下へ下りるとすぐに母親の名を叫んだ、が、返事はない。

「母さんは何処?」

「知らん。さっきまでキッチンにいたようだが」

「くっそ!」と今度はボクが父親の手を引っ張った。それと同時に、今までボクたちがいた場所に侵入者が大きな音とともに降り立った。

 無事に逃げ切ることが出来るのだろうか、そんな不安が脳裏をよぎる。

 侵入者はゆっくりと立ち上がった。高い、一七0センチ以上はあるだろうか、いや、侵入者の放つオーラが姿を大きく見せているだけなのかもしれない。侵入者はわずかに覗かせる両眼から金色の光を放っている。神々しいまでのその光はしかし、ボクたちを決して逃がさないと物語っている。

 バシッと、父親が、握っていた手を振り払い、侵入者をにらみながらボクに云った。

「恵造、お前は母さんを探し出していっしょに逃げろ。それまでの時間稼ぎくらいはできる」

「何を云って――」

「いいから早く!」

 ボクは父親のセリフが信じられなかった。確かに云った。『母さんを探し出して逃げろ』と。両親の不仲には気づいていた。両親の、というより、父親の母親に対する気持ちの変化に。

 獣人化現象が起こった直後から、母親に対する接し方が何処かよそよそしいものになっているのを知っていた。そのときボクは思った。父親の内部で、母親が人間ではなく獣になっているのだと。ボクだけを助け、母親は見殺しにするだろうと思っていたから驚いた。だからボクはしばらく動くことが出来なかった。

「何をしているんだ! 早くしろ。母さんを守れ!」という、父親の激がなければまだしばらく立ち尽くしていただろう。

「わかったよ。すぐに探し出す。無理はしないで」

 という返事に対し父親は、笑みを浮かべながら一瞬ボクのほうへ顔を向けた。

 ボクはその顔にうなずいてから駆け出した。


 それが、父の《顔》を見た最後となった。


     ☆


 (その)(たけ)は自分の言葉を信じられなかった。妻の安否を気づかった気持ちを疑った。心の奥底ではまだ妻を妻として想っているのだろうか。だからこのような言葉が出たのだろうか。

 妙に神経質になり、下あごに生えてきた牙をときおりニッとした笑顔の下から覗かせる不気味な表情を見せる妻を、妻として、認知している?

 そうなのかもしれない。無意識のうちに飛び出した言葉が『母さんを探し出していっしょに逃げろ』なら認めざるを得ない。そうかそうか、形状の変化なんかよりも積み重ねてきた時間のほうが(まさ)っていたのだ。思い出が、気持ちを支配しているのだ。だから心の底では、妻をまだ愛している。これまで恵造の面倒を見て、家のことをイロイロしてくれて、自分と恵造が病に倒れたときは隅々まで世話をやいてくれて、家庭に元気を与えて、光を当てて、こうやって恋愛からさらにその上にある真実の愛を、情愛を、妻は通雲家にもたらしていたのだ。

 妻を大切に想うこの気持ちが、いや、これこそが、《本当の愛の形》なのだ。


 何かを悟ったわけではない、とても小さな当たり前をひとつ手に入れただけ。ただ気づいただけ。しかしその小さな幸せは園竹に大きな充足感を与えてくれた。自然と笑顔になる。自然な、笑顔が、浮かぶ。

 まずは通雲家の未来を脅かす眼の前の障害を乗り越えなくてはならない。取り除かなければならない。それは自分の仕事だ、と園竹は思う。それが父親の仕事なのだ、と腹をくくった。

 園竹は笑顔を侵入者に向けた。

 なんとかなる。まともにやり合うのではなく、頭を使えばいいだけの話。そう……話し……会話だ。自分はこの《言葉》を使って今まで成功してきた。この侵入者を説得しよう。家族の愛を語り、恵造の未来を語り、侵入者自身の未来を語れば、少なくとも時間は稼げるはずだ。

 その達観(たっかん)を最後に、園竹の頭部はペシャリとつぶされた。


 達観……①物事の真理を悟ること ②世の中には、達観していると勘違いしている者が多いこと


     ☆


 舞亜は路上に残るチーターの匂いを嗅いで、ひとつの真相にたどり着いた。

 しかしその推理を強固なものにしている余裕はなかった。

 何故なら、残り香が真っ直ぐ、通雲恵造の家へと伸びていたからだ。


つづく

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