第五章ー3
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引野矢野未は、一連の事件のひとつの真実をつかんでいた。何故なら……。
彼女は、ある人物に電話をかけようとしていた。
東西南は、事件について、一部の事実を知っていた。何故なら……。
彼女は、高層ビルの屋上で、ひとり、下界を見下ろしていた。
我十院真子は、事件のことをまったく考えていなかった。何故なら……。
彼女は、部屋の窓から、ある一点を凝視していた。
貫井可子は、事件の一部をつかんでいた。何故なら……。
彼女は、ひとり、夕食の準備をしていた。
富良野晃は、事件の一部をつかんでいた。何故なら……。
鏡に映る自分の顔をじっと見つめ、大きなため息をひとつ、ついた。
荻直子は、事件の一部に気づく位置にいたのだが、ダメだった。何故なら……。
彼女は、携帯ゲームに夢中になり、友に迫る危機を知らなかった。
右回圭子は、事件の一部に気づく位置にいたのだが、ダメだった。何故なら……。
彼女は、小説『裁くのは誰か?』を読み終えようとして、眠気に勝てず、横になった。
再丘真凝は、事件について、一部の事実に気づく位置にいた。何故なら……。
彼は、ブライアン・デ・パルマの名作のひとつ、『殺しのドレス』を観ていた。
若森林臣は、頭の中が『ネコしゃ~ん』になっていた。何故なら……。
彼は、阿仁角高校生徒の名簿を調べていた。そして、一番注意を引いていたのは、蘭の写真だった。
通雲恵造は、的外れな犯人にたどり着こうとしていた。何故なら……。
彼は、自分の考えを整理しながら、蘭と事件を見返していた。
乱舞蘭は、事件の真相に最初に気づくべき位置にいた。何故なら……。
彼女は、推理云々ではなく、自分の気持ち、信念、想いを信じていた。
式舞亜は、すべての真相に近づきつつあった。何故なら……。
彼女は、一心不乱に、『獣人化現象の原因と究明』『二十三グラムの重さ』『家畜論』『モテる女になるための七つの法則』という本をめくっていた。
一心不乱……①一つの事に心を注いで他の事のために乱れないこと ②人生においてとても大切なこと ③冷めた人からはバカだなと思われるが、決して間違っていないこと
買ってきた本を読み終え、ネットを調べていた手が、ふと止まった。
舞亜は強制的に停止させられたその原因を探るべく、腰を上げ、白いカーテンを開けて窓の外に広がる薄暗い景色を眺めた。時刻は午後十時前。遠くにある車道からは、黄色い光線が切れぎれにしか流れてこない。庭園には数本の外灯があり、そのわずかな光源に小さな虫がカチカチとぶつかっている。木々の隙間から覗く家々の灯かり、舞亜にはしかし、それだけで充分だった。いや、むしろ明るすぎるくらいだった。かすかな光も逃さない舞亜の眼は、木の枝にいる物体をとらえた。それは梟だった。人間が変化したものではない。本物の動物。光を放つ梟の視線と舞亜の視線が交差したとき、ふいにデジャヴに襲われた。
父親が殺されたとき、ワタシはこうやって外を眺めていた。
そのときもまた、こうやって梟と視線を交わしていた。
あのときも、今日と同じような不安感が心の中に渦巻いていた。
舞亜は外出着に着替え階段を下りて靴を履いて扉を開けて門をくぐるその時間を惜しみ、クローゼットから靴と服を取り出し窓から外に飛び出した。二階ほどの高さは苦にならない。ヒラリと着地する。
近しい者の身に危険が迫っている。
オオカミとしての、肉食獣としての、野生の、女の感がそう伝えていた。
舞亜は数百メートルある前庭をほんの数秒で抜けて、高い門を飛び越え、町の中に消えて行った。その一部始終を、知的さをそなえた眼で、梟は見つめていた。それはまるで、未来に待ち受ける悲劇を見通しているかのように、何所か、寂しげだった。
つづく




