第五章ー2
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放課後、ボクたちは例の刑事と肩を並べて校門へと向かった。
若い刑事の名前は若森林 臣。二十六歳独身。柔道三段。剣道三段。超難問の試験を通過したいわゆるキャリアだ。そして、茶髪を後方に向けてツンツンさせているちょっとした二枚目だった。「容疑者は出てきたのですか?」というボクの問いに対し、「事件の内容を口外することは出来ない」「ねえねえ、容疑者は誰なの?」という蘭の問いに対しては、「う~んとねぇ、ひとりひとり事情聴取をしているからそのうち出てくると思うよ~。あ、いずれ君たちの元にも警官が来るだろうねぇ、あ、でも蘭ちゃんは僕ちゃんが優しく訊いてあげるから心配しないでね。ああ、それと、君たちの体重と足のサイズを教えて欲しいんだけど」
アホだ。見た目はかっこいいけど変人だ。それでも蘭がイロイロと聞き出してくれたおかげで、だいぶ事情もつかめてきたのは確か。警察しか知り得ない情報を知ることができた。臣刑事が一般人に情報を漏らしていることが知れたら謹慎処分になるんじゃないのか? でも、まあいいか、とボクはそのままにすることにした。
白家まよいの左足首、時鮫空子の右足首、ふたりの足首に縛られた跡があるという。血の凝固具合から、その跡は首を絞めたのと同時期についた(つけられた?)ものらしい。それと外向リンの場合と同様に鉄筋に少しだけ熱せられた跡が残っている。しかも、リンがぶら下がっていたのと同じ鉄筋であり、計二本の焦げ目がついているのだ。これが何を意味するのか今のところ不明。
河口院の死体は損傷が激しく、鑑識の結果も墜落死だと断定され、事故の線が強いらしい。ただひとつ不思議なことは、外壁に多くつけられていた指紋が、校舎内にはひとつも検出されていないこと。何かの道具を使った形跡がないため、どうやって壁に指紋をつけたのかは不明。そして、河口院の物ではない足跡が発見されている。争った形跡があるということで、ボクたちの足のサイズと体重を訊いたのか、とこのとき納得がいった。ちなみに、犯人と思われる人物のサイズは二十七センチくらいだという。けっこうデカイ。
謎が謎を呼ぶ事件を一度整理しようと、ボクたちは家に帰ることにした。
舞亜が自分の家とは反対方向に行こうとしていたので何処へ行くのかと尋ねると、
「本屋と食品スーパー」「いっしょに行こうか?」「大丈夫、買う物はもう決まっているからすぐ帰る」というのでボクと蘭は舞亜と別れた。
ご飯(母親が作ってくれた鶏とトマトの煮物。金時豆と大豆、レッド・キドニーが入っていて食べ応えがあってしかも美味しい。イノシシになっても料理の腕はピカイチ)を食べ終え、部屋にこもり、ネットで過去の事件を検索して、なにか情報が得られるかなと調べるけれど、ため息しか出ないのでパソコンの電源を落としベッドに身体を横たえる。舞亜は体育館に侵入して何か有力な情報を得たのかなしまったそのことを訊いていないとひとり頭を悩ませていたけど、どうにもならないので映画を見ることにした。手にしたのは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。ビョーク扮する視力を失っていく病気を持つ女性セルマが、近い将来自分と同じように確実に失明する息子のために手術代を必死にためてそれを友人に奪われて大変な事態に陥って行くというものすごく暗い映画だ。ときおり挟まれるミュージカル・シーンが視聴者の唯一の心の安らぎとなるのだが、ボクはもうすでにこの映画を五回は見ている。そのためミュージカル・シーンも先に待ち受ける悲劇を助長するものでしかないと知っているため、視聴して数分後、号泣していた。何度観ても泣ける映画はそうそうない。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』はその中のひとつだ。母親が子を想う気持ちなど知る由もないのだが、なんとなくは伝わる。そのなんとなくですら号泣に至らしめるのだ。ものすごい映画だ。
涙にあふれ、視界がぼやけ、もう何が何だかわからなくなっているとき、窓がコンコンと鳴った。これはいつものことなのですぐに蘭だとわかった。身体を起こしてDVDを止めてハンド・タオルで眼をゴシゴシして、カーテンを開けると予想通り蘭だった。隣の家は四メートルほど離れているのだが、蘭のジャンプ力なら床に敷いた座布団をまたぐくらいのものだ。
縦幅一メートルほどのせまいバルコニーに蘭が立っていた。外灯に照らされてシャワーを浴びたばかりの髪がキラキラと揺れている。さわやかなせっけんの香りが、白いTシャツの内側から漂ってくる。一瞬見とれてしまった、うっとりしてしまった、セルマの行動に感動して蘭の姿と偶然ダブっただけだ、絶対にそうだ、女性を意識してしまったのは映画のせいだ、と何とか気を取り直して、ボクは蘭を中に入れた。
「なになに恵造、泣いてたの?」「仕方ないだろ、映画を見てたんだよ」蘭はテレビ脇に置かれているDVDのジャケットを見て、「またこれ見てたの? よく飽きないわね」「まだ途中なんだ、いっしょに見るか?」「いやよ」「なんでだよ。とってもいい映画だぞ」「ええ~? それはわかってるんだけど……」
蘭は涙を見せるのがイヤなのだ。誰に対してもそうなのか、ボクだけに対してそうなのかはわからない。だけど、他人に自分の弱みを見せるのを極端に嫌うことは知っている。蘭の祖母が亡くなった日、告別式などでは気丈に振る舞っていたが、心配したボクは窓を開け、カーテンの隙間から部屋でこっそり泣いている蘭をボクは見た。翌日、哀しい時くらいは、がまんしないで泣いていいんだよ、と云うと、泣いてないわよ! と殴られたことを今でも鮮明に覚えている。あのときの激痛もしっかりと覚えている。本当に痛かった。遠慮のないげんこつ。こめかみ付近が大きく腫れ、熱も出た。脳内の何処かの血管が破裂していて、このまま死んでしまうんじゃないかと心配した。
ボクは続ける。「わかってるならいっしょに見ようよ。少し気持ちをリセットしないと解ける謎も解けないぞ」「だって途中からなんでしょ?」「いいよいいよ最初から見るよ」困った顔をする蘭を見ているとだんだん楽しくなってきた。「だから、な? いっしょに見よう」「私は事件のことで気になることがあって相談しに来たのに……」「そんなのあとでいいよ。まずは気分をリフレッシュ。じゃあ流すよ」と、DVDのリモコンを取り再生ボタンを押そうとしたとき「しつこいのよ!」と、蘭が跳躍し、天井に四つん這いになった。正直、死を覚悟した。
「ごめんごめん冗談だ、冗談」と身をひるがえした瞬間、ボクが今まで居た位置に蘭が降ってきた。それから三分ほど謝罪して、蘭の機嫌も元通りになって、ボクの中でセルマが消えて、それから、本題に入った。
「恵造はこの連続殺人事件をどう思う?」
「連続って、今回の事件は、同一犯による犯行ってこと?」
「そう。こうして続けざまに起こるなんて不自然でしょ。だから私はそう考えているんだけど」
「まだなんとも云えないな。普通に考えるとリンたちの死と、兵児たちの死は、別物のように見えるけど、そのふたつをひとつにつなげるには情報が少なすぎるよ」
「そうよね~そうなのよね~だからって別々に見るのも簡単にはいかないのよ」
「そうだな。もしもふたつの事件が別人による犯行なら、何もこんな時……周りの警戒心が高まっている時期を選ぶとも思えないからね」
「だから私は同一犯だと思うわけよ」
「根拠がないだろ根拠が。感ってだけじゃ、弱すぎるよ」
蘭は頬を膨らませて黙った。あんまり怒らせても危険なのでボクは話題を変えた。
「動機の面では何があると思う?」
「動機~?」
蘭は部屋の天井に視線を走らせて考えた。そこに何が映っているのか、もしかしたら体育館の天井かもしれない。
「リンちゃん、空子、まよいちゃんは、人に恨まれるような子たちじゃなかったからね。いつも三人いっしょで、別に目立った行動もしなかったし。しいて云えば、ちょっと不気味な三人って感じだった。自分たちの世界をつくっていたけど、それでも、気味悪がられることはあっても恨まれることはないよね。動機の線もぜんぜん思いつかない」
ボクは立ち上がって窓の外を見た。でも、蘭の家、しかも蘭の部屋の窓しか見えない。だからまた戻って床に腰を下ろした。蘭はボクのベッドの上で足としっぽをパタパタさせながら話を続けた。
「兵児は、かなり嫌われていたわ。イヤな噂も耳にしたの。女生徒をトキドキ呼び出して何かよくないことをしていたらしいわ」
「よくないこと?」
「ええ、いたずらね」
「え? 成績を上げて欲しければ云うことを聞け。とか?」
「そうそう。古典的な話だけど、実際に行われていたらしいわ」
「うわ、最低だな」
「だから兵児のヤツが殺されるのは仕方がない、とは云いすぎだけど、女の立場からすると死んで当然と思うんだけど。その辺を調べ上げれば容疑者は絞られてくるんじゃないかな」
「まさか、蘭…………」
「私じゃないわよ!」
ンマス! と変な言葉がボクの口から繰り出される。もちろん、蘭のしっぽ攻撃である。シッポ・アッパーが見事に顎にクリーンヒットした。
「冗談だよ冗談。ごめんごめん。だけど、明日からその辺を重点的に調べて行こう」
そこで蘭は顔色を曇らせた。これから河口院の話に移行するからだと、ボクは悟った。
「河口院先生が殺されたのは間違いだと思うの。だってそうでしょ。河口院先生は私生活でもとてもすばらしいと聞いていたわ。人に恨まれるような人でもないし。性格も優しい品行もいい文句なしじゃない。そんな河口院先生が殺されるなんて、きっと、犯人のミス、間違いだったのよ」
「あそう。間違いかもしれないしそうじゃないかもしれないけどね。人の性格なんて他人にはわからないものだから。親類や友人たちに人格について訊いてまわらないと何とも。人間って多面性の生き物だから裏では何を考えているのかわからないものだよ」
うううう、と唸っている蘭。ボクの言葉にも一理あると思っているのだろう。だから反論できないのだ。
日本人―《だけかどうかはわからないけれども》―は崇拝する者に対してかなり評価が甘くなる。崇拝する者の作品。小説、音楽、絵画、マンガ、絵本、映画などなど。客観的に見ると面白くないと誰もが云うほどのレベルだとしても、崇拝者からすると傑作になる。これはこれで好き、良いところもある、メッセージ性が気に入ったなど、何かと理由をつけて好きになる。好きだと自己暗示をかける。作品のレビューなどを見ても、どうしてもレビュアーの主観が入るので信頼はできない。蘭が河口院に対してどう思っているのかどう考えているのか、だから蘭の言葉を鵜呑みにはできないのだ。とりあえず、被害者たちの殺される理由などは実際に足を運んで裏付けを取らなければ詳細などわかるはずもない。だからそれは置いといて、次の疑問に移った。
「蘭は殺害方法についてどう考えているんだ?」
蘭は自分なりの解釈を持っていたらしく、大きな眼をさらに大きくした。
「実はね、リンちゃんの事件に関しては答えを見つけたの」
「ほう~いったいどんな方法だったんだ?」
「リンちゃんって、食べ物を前にしたら自制がきかなかったでしょ。体育館の天井に犯人はチョコレートを仕掛けた。それからどうにかして体育館に呼び出した犯人が、リンちゃんを上まで連れて行き、あとは放置。チョコレートを食べ終わって、我に返ったら誰もいない。いよいよ鉄筋につかまっていられなくなって、そのままボトン。つまり、犯人の正体は、トリということになるわね」
なんとなんと、うすらすっとこどっこいと思っていた蘭が、ボクと同じ答えにたどりついていたとは。正直彼女を見直したが、ボクの推理はその先を行っている。ボクは、そのトリの正体についても予測がついているのだ。その考えをボクは口にする。
「トリでいて、校門で見た帳簿に載っていた人物と云えば――」
そこで蘭が口をはさむ。
「犯人は矢野未ちゃんね」
「おいおいちょっと待って、南先輩はどうしてはずしたんだ?」
「それはそうでしょ。南先輩が人を殺すなんて考えられないもの」
「矢野未じゃ、ダメなんだよ」
「ダメって何でよ?」
「彼女じゃ暗い所では視力がおちる。それともうひとつ、彼女の力じゃ、リンを持ち上げて飛ぶことはできないんだ」
つづく
今日中に第五章ー3を投稿します。




