第五章ー1
第五章 オアシス
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校内に入るとすぐ左手に三階建ての建物がある。一階は職員室、保健室、進路指導室、生徒指導室があり、二階には視聴覚教室、音楽室、三階にはバレエ教室と新体操練習場がある。(阿仁角高校はバレエと新体操の強豪高なのだ)
河口院先生の死因は墜落死。新体操部の更衣室の明かり取り窓が開いていて、警察の見解ではそこから落ちた可能性が高いという。何故ならば、窓の周辺に河口院の指紋がベタベタとついていたからだ。部員の下着を取ろうとしたのか盗撮しようとしていたのか練習の見学をしていたのかはわからないが、警察は彼の死を事故と断定しそうな雰囲気だった。
ひとつ不可解なことがあり、河口院の肉体の損傷は、六階ほどの高さから落ちたような状態だったと云う。
河口院は外壁を駆け下りたのだろうか? それとも、落ちたのは屋上だったのか?
しかし、屋上への扉は固く閉ざされていて、最近開けられた形跡はなかった。それに屋上から落ちたとしてもぜんぜん高さが足りないのだが。
白家まよい、時鮫空子の死は、このような状況だった。
外向リンが転落したと思われる真上の鉄筋に一本のロープをまたがせて、その両端をお互いの首にまわしていたのだ。空中に浮かぶふたつの首吊り死体。彼女たちは抱き合っていたという。これには不可解な点がいくつも見られた。まず、彼女たちの身体は上空六、七メートルの位置にぶらさがっていた。《何を足場にしてその位置まで上ったのか》。死体の下には何もない。脚立を使ったにしても、首を吊ったあとに脚立を片付けるのは不可能。
何故、白家まよいと時鮫空子はこのような形で首を吊ったのか。否、首を吊れたのか。もしもこれが自殺なら、それは外向リンの死に対して、なんらかの罪の意識を感じての行動かもしれない。だけどふたりの心の中は闇へと消え去った。真意を確かめることは出来ない。
これが他殺だとしたら、《どうやってふたりを自殺に見せかけたのか》。どうやって、このような状況を作り出せたのか。司法解剖によるとふたりは、生きているうちに首を絞められた、ということだった。手で首を絞めた形跡はない。ロープの跡だけらしい。
兵児先生、河口院先生、外向リン、白家まよい、時鮫空子の死には、関連性があるのか?
それともうひとつ、舞亜が襲われたことはこれらの事件とつながりがあるのか?
わからないことだらけだが、ボクはかならず真相を突き止めて見せる、と心に誓った。
☆
学校は休校しなかった。もちろんこれほどの事件だ、報道関係者が校門前に殺到していたのはいうまでもない。学校側は、大した事件じゃない、ということを彼らにアピールするのが狙いで通常通りの姿勢を取ったのだろう。
兵児の事件もリンの事件も一から見直され、さらに河口院、空子とまよいの事件があった場所は黄色いテープで封鎖された。それでも、事件現場にはすぐ眼の前まで接近できるので、体育館、職員室のあるA棟、生物学教室のあるB棟には好奇心旺盛な生徒たちが集まり、黒山のひとだかりが出来ている。
ボクと蘭と舞亜は体育館に来ていた。中には入れない。だから入り口で様子を伺った。館内には十人ほどの警官と七、八人の鑑識がいる。天井まで届く長い脚立を伸ばして、二人が上のほうの検分を行っている。警官たちはボソボソと会話をしているためどんな言葉が交わされているのかわからない。が、「もっと徹底的に捜査しろ。何か出てくるはずだ」と、部分的には聞きとることが出来た。それらから推測されることは、警察も何もつかんでいない、ということだ。だけどそこでふと思いついた。
「もしかして、聞こえる?」と、ボクが舞亜に尋ねると、「うむ」とさも当たり前だと云いたげな態度の舞亜。さすが人間の四倍の聴力。「背の低い若い刑事、彼がここを指揮しているらしい。もっといろいろしゃべってほしいが、ワタシたち(獣人)の存在を気にしてか、なかなか確信に迫ったことは口にしない。残念だよ」「ねえ、河口院先生が亡くなったところに行こうよ」と、蘭は先生の死がショックだったらしく、心ここにあらずといった感じだ。だけど舞亜はそれをとめて、「ちょっと待っててくれ。少し調べてくる」と淡々と云った。
調べてくる? え? まさか! と思ったときには遅かった。舞亜は助走なしの走り幅跳びのようにピョンと舞い上がり、先ほど云っていた若い刑事の隣に降り立った。もう足は大丈夫なの? という不安をよそに、
「ふたりの死因はやはり縊死によるものか?」と何事もなかったかのように訊ねる。
縊死……①頸部の圧迫により血液が脳に供給されなくなり死にいたること ②首吊りによく使われる言葉 ③ミステリー死因ランキング上位
「今のところはそうだな。頸部圧迫のための酸素欠乏による死。外向リンの死、だけかはわからないけど、悲観し、落ち込み、悩み、時鮫空子と白家まよいのふたりは仲良く首を吊ったのだろう。学生っていろんな悩みを抱えるものだから、くわしくはこれからだ」
舞亜の言葉はあまりにも自然だった。自然すぎて、彼女の存在に不信感を抱く前に若い刑事は答えていた。答えたあと、「君、誰?」
舞亜は首根っこを持ち上げられボクたちのところに戻された。
「ダメじゃないか! 立派な公務執行妨害だぞ」
などと若い刑事は云いながらボクたちの前に来て舞亜をプイして蘭を見つめて顔を崩す。
「ネ、ネコしゃ~ん」
つづく




