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第四章ー2

     2


 木曜日になると、学校は日常の顔を取り戻していた。

 進学の夢と青春が詰まった場はそう長く休むわけにも荒らすわけにもいかず、警察もチョチョチョイ、と捜査を打ち切る。(担当刑事だけはこまめに足を運ぶのだが)

 正門を通り抜け、教室へ向かう途中、またまたボクは舞亜の言葉が心の中で反芻していた。

「今回の事件は、ワタシにとって違和感の塊だ。だからその違和感を確信に変えるために学校へ行った。通雲恵造、おまえは知っているか? イヌ科の嗅覚は人間の約千倍。その嗅覚がワタシに教えてくれた証拠。それは、《違和感は違和感として確信させられた》、ということだ。その結果がひとつの真実をワタシに与えてくれた。さらにその確信を確証に変えるため、独自に調査を進めていると、何者かに襲われた、というわけだ。校門で帳簿を見ていたことを知ったのか警備員からワタシたちが調べていることを知ったのかたまたまワタシを邪魔に思ったのかわからないが、生物学教室を出て下へ降りようとしたところを襲われた。背後から迫る殺気。瞬時にワタシは危機を察知したのだが、相手の移動スピードが尋常ではなかった。気づいた瞬間にはすぐ後ろ。距離を取ることはあきらめた。だからとにかくしゃがんだのだ。その選択が、功を奏した。頭上を爆風がよぎった。ワタシの髪がハバササと揺れた。ワタシは固唾を呑んで眼を丸くした。なんだこの攻撃力、なんだこの瞬発力、もしもこれをまともに食らっていたら、とても生きていられない、と確信した。クマやゾウやイノシシの破壊力はないのだが、しなり具合、速さ、それらはネコ科が持つ特有の能力だった。何者だ? だけどゆっくり相手の正体を調べている余裕はない。不意をつかれたこの劣勢をなんとか対等に持っていかなくてはならない。こちらも肉食獣だ。簡単には負けない。(このときの舞亜の言葉にはじゅうぶん殺気がこもっていた)だからワタシは急いで階段を下りた。とにかく広い場所へ、落ち着ける場所へ、と思って階段を駆け下りた。一階へ下り、ふと気づいた。襲撃者が追いかけて来ていない、ということに。とりあえず体勢を立て直すために校庭に出た。それから、下りてきた階段を凝視した。しかし、一向に追いかけてくる気配がない。あきらめたか? ワタシの反射神経に警戒心を抱いて慎重になっているのか? と、脳裏をよぎった瞬間、ワタシは上空に怒りの炎があることに気づいて振り仰いだ。するとどうだ。あやつはまっ逆さまに飛び降りてきたのだ。これには驚いた。鳥類の攻撃力ではなかったから絶対に哺乳類の肉食獣だと思っていたのにそれがどうだ。上から? まさか! そう思った瞬間には遅かった。致命傷を避けるため右手を犠牲にするので精一杯だった。完全に後手後手にまわっている。この流れを変えるのは困難、そう悟ったワタシは踵を返した。ここは逃げるが勝ち、だと判断した。こいつは何者だ? 外見はこうだった。ニット帽を目深(まぶか)にかぶり、どこにでもある白いマスクをしている。動きを抑制されないようにバイク・ジャケットを着ている。だからというわけではない。身体能力の圧倒的な差によって、ワタシはすぐに追いつかれ、今度は右足を負傷した。こうなっては勝てるものではない。百獣の王ライオンが大人のゾウに勝てないように、白クマが大人のセイウチに勝てないように、右腕右足を負傷したワタシはこの相手には勝てない、と理解した。しかも、逃げられないということも悟った。だから、ワタシは、隠れることにした。これはひとつの賭けだった。もしもワタシが勘違いしていて、襲撃者がイヌ科であれば、すぐさま匂いでバレルのだから。ワタシは着ていた衣服をすべて脱ぎ捨て、その衣類を囮に、逃げることに成功した。こんな単純なトラップにかかるということは、イヌの類ではない、ということになる。あの脚。どう考えてもチーターのそれだった。だから阿仁角高校にチーターはいるか? と訊いたのだ」


 ボクの考えは最初、舞亜を襲った者が何者なのかというところに重点が置かれていたのだけど、次第に、舞亜は逃げるとき衣服を脱ぎ捨てたからすっぽんぽんだった? というところにシフトしていた。いかんいかん、と思っても、舞亜って胸が小さいわけではないんだよなCはあるだろうもしかしたらD? などと思考が妙なところに行くので舞亜襲撃事件のことを考えるのはやめることにした。

 教室に入ると舞亜も来ていた。おいおい、もう少し休んでいたほうがいいんじゃないか、とも思ったが、もしもまた舞亜が襲われそうになったとしても、近いほうが守りやすいと判断したので、やあおはよう傷は大丈夫? という言葉が口をついた。

 その日の授業がすべて終了し、何事も起こらなかったことに安堵し、舞亜の胸の大きさの予測(制服の上からだけど)が当たっているであろうことに興奮し、蘭の視線に恐怖し、帰路につくとき舞亜から提案があった。

「通雲恵造、学校を案内してほしい」

 はい了解。うすらすっとこどっこいの、こちらを睨んでいる蘭もね。はい。


     ☆


 一通り案内した。一年校舎、二年三年校舎、音楽室、視聴覚教室、職員室、生徒指導室、進路相談室、保健室、科学室、図書室、屋外プールなどなど。学校を一周し、舞亜は終始ふむふむ云っていたけどそれが何かをつかんだのかそうでないのかわからなかった。カバンを教室に置いていたので戻ると、真子ミーアキャットともうひとりの転入生である貫井(ぬくい)()()(トラ)がなにやらもめているようだった。可子を見て一瞬、舞唖が云っていた襲撃者って彼女じゃないのか? と思ったけどチーターではない。トラは身軽ではないしチーターほど速くもない。

 彼女たちの様子を見て、慌てたように蘭が間に入る。

「どうしたの? 何かあった?」それに可子が怒りの炎を瞳に宿しながら答える。「いやな、こいつはどうやらイジメにあっているのだ。それで、このままでいいのか? と問い詰めていたんだ」太い声には呆れとも取れる響きが含まれていた。「なめられたままで悔しくないのか?」と真子に顔を戻して言葉をつぐ。「悔しいけど~でも~私はどんくさいからいじめられても仕方ないのかな~」「これだよ」と可子は両手を広げる。

「誰にイジメられているの?」と蘭が聞くと、真子はうつむいたまま答えない。代わりに可子が声を荒げて云う。

外面(そとづら)をいい子いい子しているどうしようもないあの女だよ」それを聞いてすぐに矢野未の顔がボクの脳裏に浮かんできた。

「お前たちは何をしていたんだ?」と可子が話題を変える。

「事件の情報を得ようと思ってね」「恵造は探偵気取りなんだから困っているのよ」と、蘭はボクに向かって舌をベェ~ッと出した。「そうか。目星はついたのか?」「ぜんぜん。でもこう云ったら失礼になるかもしれないけど、犯人は女性ではないかと予測している」「女の子はそんなことしないよ~」と真子が間に押し入る。それを聞いて可子は「お前のように他人に媚びを売るようなヤツがいるから我々女はなめられたままなのだ。しっかりしろ」

 憤慨(ふんがい)する可子をボクは、まあまあ、となだめてから真子に顔を向けて云った。

「真子は心優しいミーアキャットだもんね。ミーアキャットは群れが天敵に狙われたとき、自分を犠牲にして弟妹を守るんだよね。その犠牲の精神は、優しさから来るってボクは知っている。だから黙ることによっていじめている子を守っているんでしょ? 優しすぎるよ君は。でも、それだと君がダメになっちゃう。だから、どうしてもつらいときはボクに云ってよ。出来る限りのことはしてあげるから。直接云わなくてもいい。そんなニュアンスを用いるだけでいいよ。だって、真子は優しいから文句を云わないし、みんなを悪く云わないもんね」

 真子は小さな身体をさらに小さくして顔をくしゃくしゃにして泣き出した。はたから見るとボクは子どもをイジメている悪ガキのようだった。なんだか居心地が悪くなるボクを、蘭が救ってくれた。

「こいつ(ボクを指差し)はこんなこと云ってるけど、実際はヨワッチイのよ。だから私もいっしょに真子ちゃんを守ってあげるからね」

 真子はさらに大声を上げて泣き出して蘭に抱きついた。蘭は顔を上げて、「女の子の泣き顔をそんなにジロジロ見ないの! とりあえず教室を出なさい」と何故かボクが怒られて教室を出る。ふと横を見ると舞亜もついて来ていた。何故お前も出るんだ? と不思議に思っていると、「ふむふむふむふむ」と首をかしげている。なんなんだいったい、この子も蘭も。女はわからん。と、ボクも首をかしげていると、教室の中から真子の声が響いてきた。

「恵造くんって~私の~王子様なのね」

 そのとき、ボクと蘭の声が重なった。

『え?』


              つづく

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