少女、明晰
ルセインの出現に、その場にいた者は全員顔をルセインのほうに向けた。何たる不運であろう。カミエルはルセインに何と説明したらよいか考えるが、この最悪の状況を説明した所でどうにもならない。むしろ、事態は更なる最悪の方向にしか行かないだろう。この異様すぎる現状に、ルセインはただ感じた疑問のままに、マリーに尋ねた。
「マリー、お前なんで泣いているんだ?」
「え………その……」
「お前らもお前らで、なんでこんな所にいるんだ? カミエル、公務をほっぽって何をしているのか説明しろ」
ルセインの問い詰めに、カミエルは奥歯にものが詰まったような、歯切れの悪い言い訳を一つ二つと考え出すが、どれもルセインに通用するとは到底思えない。すべてを諦め、領内が混沌とする可能性を飲んで、カミエルはルセインに正直に言うことにした。
「領主様……出来れば、知らない方が領主様の為であり、領内の安定につながったのですが…」
「それは俺が判断することだ。回りくどいことはやめて、さっさと説明しろ」
「…実は「やめて!!」」
カミエルが真相を語ろうとした所、マリーが大声で妨害に入った。そんなことをしても真相はすぐに明らかになるだろうに、マリーはまだ、諦めていないようだ。カミエルは一つ溜息を吐くと、諭すようにマリーに告げた。
「マリー様、もう隠す事は出来ません。今隠した所で、真実が顕になるのは時間の問題です。ここは、真実を述べましょう。その方が懸命です」
「嫌だぁぁぁ……全て、全て壊れちゃうじゃないかぁ………グス…嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
反狂乱状態で泣き崩れるマリーに、ルセインは唯ならぬ事態を察し、カミエルを見据える。カミエルも目頭を抑え、心苦しそうにしている所を見て、マリーに関わる関係で何かしらのトラブルが発生しているのだろう。ルセインは、速い事態の説明を求めた。
「んで、何があったんだ?」
「マリー様が妊娠している子供は……領主様との子供ではありません」
遂に、言ってしまった。この場にいたルセイン以外の者は、皆そう心の中で呟いただろう。マリーに至っては、もう、消し炭になりたいと思う程だ。麻薬のような都合のいい幻の幸せは今、この瞬間に消えてなくなり、残ったのは残忍すぎる現実だ。ルセインの顔が怖くて見れない。きっと、今まで見たことがないような顔をしているに違いない。マリーはただむせび泣き、全てに絶望し、カミエルはルセインの次の言葉に注目する。この事態をどうするかを決めるのはルセインだ。ルセインの返答次第で、カミエルの次の行動が決まる。重苦しい雰囲気に包まれたこの空間で、ルセインは口を開いた。
「…………なんだ、そんなことか」
拍子抜け、その一言が今のルセインに一番ふさわしい表現だろう。その後、何事も無かったかのように踵を返し、執務室に帰ろうとするルセインに、カミエルとマリーは、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように、動けなかった。この事態を、そんなこと、の一言で片付けてしまったからだ。誰よりも先に我に返ったカミエルは、急いでルセインを引き止めた。
「領主様、私の話を聞いていましたか!? マリー様は不倫していたのですよ!!」
「ああ、そんなことは子供ができた時からわかってたよ。このまま何事も無ければ墓まで持っていく腹構えだったんだが、あんまりうまく行かないもんだ」
「そんな前から…待ってください領主様! 何故わかっていて知らないふりをしていたのですか! 領主様!」
カミエルは執務室に帰るルセインのあとを追い、この場に残ったのはマリーと衛兵達だけだ。衛兵達は、指揮者が居なくなり戸惑い始めたが、やがて思い出したかのようにそれぞれ課せられた公務に戻っていき、終ぞ残ったのはマリーだけとなった。マリーの頭の中には、先程のルセインが言い放った、そんなことか、の一言が頭から離れない。ルセインは知っていた、マリーの隠し事を、ルセインの子などいないことを。これは優しさなのだろうか?
否、優しさがあるのならば尚更のことマリーに一言でも声を掛けるのが筋というものである。であれば、なぜルセインはマリーに声をかけなかったのか。特に気にしていないから?
それとも、マリーに愛人がいても嫉妬しな
い程、マリーのことなどどうでもいい? いい方向に捉えることの出来ないルセインの対応に、マリーは、思わず哀しげな、乾いた笑い声がこみ上げてきた。
「…………ははは、本物なんて、私が勘違いしていただけで、最初からなかったのか…ふふ、馬鹿みたいだ」
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「ふぅぅ、カミエル、お前もなかなかしつこい男だな」
結局執務室にまで着いてきたカミエルに、ルセインは軽くため息を吐いた。対するカミエルは、真相を聞くまで仕事に手が出せないと言った状況だ。これは、主君であるルセインの名に影響を及ぼす大問題であり、それを問題視しないルセインに不満を感じているからだ。
「領主様、私も仕事に戻りたい気持ちはありますが、それには領主様の協力が必要なのです。まず、何故マリー様が不倫していたのを知っていて放置していたのですか?」
「まあ、一番は俺が言えた立場じゃないからだ。俺はマリー以外の奴ともヤってるし、それに産まれる子供に罪は無いだろ?」
「……では次に、何故マリー様が不倫していたのを知っていたのですか?」
「ああ、それはマリーが俺の子供を孕めるわけがないからだ」
ルセインの言葉に、カミエルは首をかしげた。それはもしかして、ルセインは何らかの性病を患っていると言うことなのだろうか。しかし、それなら性病の感染を恐れ、ルセインの相手をする女性は中々出来はしないだろう。
「………どういうことですか?」
「ううむ、言ったところで理解出来るとは思えないが………これは俺の過去に関係するんだ」
「領主様の過去ですか?」
考えてみれば、カミエルは主君であるルセインの過去について一切知らない。元々興味がなかったと言うのも理由の一つではあるが、どうやらその過去を知らなければ、事の真相はわからないようだ。
「ああ、詳しくは話せないが、俺はとある事情で俺に関する情報の全てが機密扱いになっていてな。それには、俺の遺伝情報も含まれているんだ」
「イ、イデン?」
聞きなれない言葉に、カミエルは早速混乱し始めているが、ルセインは構わず話を続ける。
「その遺伝情報の漏えいを防ぐ為に、俺は特殊な手術を受けた。それは、俺の睾丸に凡そ2億ほどのナノマシンをぶち込んで、精子を殺し続ける手術だ。ナノマシンは、排泄されることは無く、ずっと睾丸に留まり続け、国が俺の遺伝子を必要な時にだけナノマシンは止まるっつー仕組みだ」
「………領主様が、何を言っているのか私にはわかりません」
「だろうな。まあ、要するに現段階では俺の子供を孕める奴なんてこの世にはいないという事だ。だからマリーが俺の子を妊娠したって聞いた時には、既に解っていたというわけだ。納得したか?」
「……にわかには信じ難いですが、疑うにも証拠がありませんし、取り敢えずの所は、納得せざる負えないですね」
「それでいい。世の中知らない方が幸せになれることが多いしな」
取り敢えずの所、カミエルは知りたかった謎についての答えをルセインから知ることができた。では次に話し合わなければ行けないのは、マリーとの関係をどう処分するかだ。本心ではないといえ、不貞を働いたマリーとは、これまでの様にルセインと仲慎ましくする訳にはいかない。全ての真実を消すには、マリーを殺す事が最も確実で簡単なのだが、ルセインがそれにゴーサインを出すとは思えない。ここは、指揮権のあるルセインに指示を仰ぐのが懸命だろう。
「では、次にマリー様の処分に付いて、何か考えはありますか?」
「ああ、マリーについての処分は、まだ決めてない。それよりも、我々は婚儀をどうするかを決めなければならん。何たって名だたる貴族の方々に出席状が既に届いているわけだからな。既にこちらに向かっている貴族のことを考えると、中止にするわけにもいかないし、ふーむ」
ルセインが顎に手をやって考えていると、ガダン! と勢いよく扉を開き、1人の女中が慌てた様子で執務室に入ってきた。その様子から、かなり大事のようだ。
「領主様、大変です! マリー様が毒を…………!」




