少女、子供
ルセイン領の平和で発展した町並みが見えてくると、硝煙と死臭に包まれていたあの戦場がこ の世に存在しているなど、到底信じられない。
敵味方問わず、あの戦場で死んだものがいたからこそ、ルセイン領の町並みは戦火に包まれる
ことはなかったのである。ルセインは肘をついて馬車の窓の外を見ながら思案していると、ルセイン領の入口である検問所にて、何やら200人規模の人だかりが出来ている。何事かと目を凝
らしてみてみると、集まっているのは領民で、 どうもトラブルが起きているわけではなさそうだ。だとすれば、一体何用で溜まっているのだろうか。
「領主様、領民共が何やら集まっているようですが、どかしてきましょうか?」
馬車の護衛である騎兵の一人がルセインに近づき、ひそひそと提案をするが、ルセインは首を振った。
「いや、何か俺に陳情でもあるのかもしれない。最近は何かと忙しくて、領内の管理が疎かになっていた訳だしな。それに、俺自身余り領民と顔を合わせることはなかった。ここは彼ら
の声を聞くべきだ」
ルセインがそう言うと、騎兵は解りました、と
一言述べ、馬車から離れていった。人とは、満足を覚えることがない貪欲な生物だ。領民の生活レベルを上げる事ができたとしても、その先では新たな問題が出てくるのだ。為政者とし
て、その問題と常に向き合い、解決しなければならない。馬車が進んでどんどん近づく領民の顔を確認しながら、ルセインは声をかけた。
「どうした、何かあったのか?問題があったのなら、俺に隠さずはな──」
「「「「領主様、おめでとうございます!!!」」」」
領民達はルセインの話を遮り、馬車を囲むと、
ルセインとマリーを祝福するように、花束を差し出した。突然のことに、ルセインは鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆然としていると、領民の一人が、軽く咳払いをして、懐から羊皮紙を取り出し、読み上げた。
「領主様、ご懐妊おめでとうございます。我ら領民、心より領主様のご子息の誕生をお祝い致します。領主様は常日頃、我らの為に日々善政の限りを尽くす余り、ほかの貴族様から、領土と結婚した男などと、不名誉なあだ名をつけられていましたので、心配をしておりましたが、
これで領主様と同じ、善政を施す跡取りが産まれることでしょう。我らはこのめでたき日に、 領民を挙げて祭りを行いたいのですが、よろしいですか?」
領民の問に、ルセインはしばらく応えを出せなかった。何かトラブルだと思って構えてみれ
ば、領民はルセインとマリーを祝福する為に集まっていた故、今だ呆然としている。政とは、 霞を掴むような、何が正しいかを判断する難し
い問題なのだ。故に、ルセイン自身、これが本当に領民の為になるのかと、常に頭の片隅で悩んでいたが、こう領民が評価してくれると、逆に素直に喜んでいいものか、悩んでしまうもの
だ。ルセインは吟味に吟味を重ね、領民に頷いて答えた。
「ああ、祝福の言葉をありがとう。このルセイ ン領が繁栄しているのは、ひとえに領民諸君の 勤勉さがあってこそだ。これからもルセイン領
を盛り上げてくれ。あと、祭りに必要な物があったら、用意できる物ならなんでも用意するから、遠慮なく言ってくれ」
ルセインの言葉に、集まった領民は一礼をする
と、皆足早に祭りの準備に取り掛かった。領民が近くに居なくなったのを確認すると、馬車はまたゆっくりと前に進み出した。領主の館までは後少しでつくであろう。
「……皆、私が妊娠しているってこと、知っているんだ」
「ああ、みたいだな。大方、軍司令達が早馬を回して、言いふらし回ったんだろ」
「……私達、夫婦になるんだ」
「そりゃ、子供ができちまったんだ。子供に親がいないと可哀想だろ」
「……な、なぁルセイン。一つ聞いていいか?」
マリーが赤面気味に、チラッチラッと上目遣いでルセインの様子を伺うように尋ねた。
「ん?」
「ル、ルセイン達は夫婦の契りを交わす時、結婚式って儀式を開くんだろ? 私、あの純白でひらひらしたドレス着てみたいんだが……いい、かな?」
マリーの発言から察するに、どうやらエルフ族は結婚式を開かないらしい。エルフ族はオスの出生率が低いが故に、子供狩りをして労働力と種馬を調達しているという事もあるため、結婚式という儀式が発生しなかったのかもしれない。ルセインは少しおどける様な笑みを浮かべてみせた。
「着ていいもなにも、花嫁がウエディングドレスを着なかったら、結婚式にならないじゃないか。結婚式と言ったら、花嫁はウエディングドレス、花婿はタキシードが常識だ。まあ、俺も結婚するのは初めてだから、どや顔できないんだがな」
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馬車が領主の館につく頃には、夕方になっていた。街を移動している最中にも、多くの領民の祝福を受けながらの凱旋となった為、かなり遅れてしまったが、マリーに至っては、大勢の人に囲まれることに慣れていないからか、疲れてすやすやと眠ってしまった。領主の館の門を潜ると、懐かしい顔ぶれに出会った。
「あ、領主様! お帰りなさい!」
そう言って軽く頭を下げたのは、訓練場でしごかれていたグラハムである。此処にいるということは、無事に訓練場を卒業出来たのだろう。ルセインは窓から身を乗り出し、軽い挨拶をした。
「ああ、お前も無事に訓練場を卒業できたようだな」
「ええまあ。何とか卒業できたんすっけど、タチャンカの野郎からは逃げられなかったス………」
「グラハム、余計な事は言わなくていいです」
いつの間にか背後から迫ってくるタンチャンカに、グラハムは背筋を凍らせた。確かタンチャンカは訓練場の教官として、訓練場にいるはずだが、何故ここにいるのだろう?
疑問に思い、ルセインはタンチャンカを凝視すると、お腹がぽっこりと膨らんでいることがわかった。タンチャンカはルセインの視線に気づくと、母性を感じる微笑みを浮かべながら、お腹を撫でた。
「ふふふ、気付きましたか領主様」
「あ、ああ。太って腹が出たわけじゃないとすれば、そう言う事なんだとは思うが、一体誰との子供なんだ?」
「お、俺とのっす……」
グラハムの告発に、ルセインは本気で驚いた。勝手なイメージではあるが、タンチャンカは簡単に人に心を許すような性格には思えない。ルセインはまだ衝撃の余韻がまだ取れていないが、グラハムは経緯を話始めた。
「訓練場を卒業する時、タンチャンカに誘われて飲みにいったら、いつの間にかベットの上にいて………」
「なんど言ったらわかるんですかグラハム。あれは両者合意の上だったと言ったではないですか。この後に及んでまだ言うんですか?」
「いや、今はもう覚悟を決めたけど、俺に酒を飲ませてから襲うのは出来れば勘弁して欲しいんだが………」
「…………だって、子供欲しかったもの。私だって恥ずかしいけど、かんばったもん」
お幸せに。




