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異世界行ってもボスとは・・・・  作者: 神成泰三
マリーとルセイン編
88/100

少女、いざこざ

「…………っ! もういい」


マリーはボスの口から出血していることに気付くと、舌を噛み切ったことがわかったのだろうか、突き放すようにボスの首から手を離した。対してマリーの手から自由になったボスは、尻餅をつくと、ゲホゲホと咳き込みながらも、肺に酸素を目一杯取り込み、口に溜まった血をぺっと吐き出し、舌の状況を確認する。約四分の一程、千切れて無くなってしまったが、舌の筋肉は喉に落ちてはないようだ。


「そんなに私と会話したくないなら、私だってもう言うことなんてない………ど、どうにでもなってしまえ!」


少し目を潤ませ、ボスに背中を向けて、完全に見放すとも聞き取れるような一言を言い放つマリーに、ボスは目を閉じる。何時か答えを出さなければ、マリーの不満が爆発してしまうのは、ボスもわかっていた。わかっていながら、なかなか答えを踏み出せずに今日を迎えてしまったのだ。だが、舌を噛み切ってでも決断した今なら、明確な答えを出せるだろう。ボスは欠損した舌を無理して動かし、ゆっくりと口を開いた。


「…………マリー、少し話を聞いてくれるか?」


「……………」


マリーからの返事はないが、顔を少しこちらに向けている。どうやら、話を聞く程度には、ボスに対して嫌悪感を感じているわけではないようだ。


「俺がなかなか結論を出せなかったのは、お前に魅力が無いわけでも、無関心だった訳でもない、俺の秘密を守るためだ。それは俺の過去だ。俺が極力自分に関する話をしないのも、俺の過去が漏洩しないようにするためだ。俺としてもお前とは体を重ねる程の関係なのだから、夫婦になるのも、そう悪い話とは思わん。しかし、夫婦になれば秘密を隠し通すには不都合だ。ちょっとした弾みで、秘密が漏洩する可能性がある。故に、今までマリーのアプローチを躱してきたのも、必ず避妊したのもそういうことだ」


「…ふん、くだらない」


「…………何?」


マリーの一言に、今度はボスがカチンときた。ボスにとって、ボスとしての過去を否定するのは、今までのボスを否定することに直結するからだ。そんなボスに気づくことなく、マリーはボスに背中を向けながら話を続ける。


「くだらないと言ったんだ。ルセインにとって、その秘密の過去がどれだけ大切なのかは知らないけど、所詮過去の話。そんなの、過去の栄光に縋り続ける酔っ払いといい勝負じゃないか。それとも、その過去を知ると、私の命にでも関わるとでも言うのか?」


そうだ、とボスは言おうとしたが、それはボスのいた世界での話であって、この世界の話ではないことに、かなり遅く気づいた。ずっとその概念を背負って生きて来たからか、染み付き過ぎて盲点だったのだ。それに、マリーに過去の秘密を喋った所で、どんな問題があるのか考えれば、そもそも理解できるはずがなく、また、知ったところでマリーに何の利益があり、ボスとして何の不利益があると言うのか。そう、ボスが愛してやまないあのアメリカ合衆国は既に滅んでしまった。そんな滅んだ国の機密など、守った所で不毛だ。そこまで気付いてしまったボスは、言葉を失い、次に喋るべき言葉が浮かばない。


「それに、私は過去のルセインなんかこれっぽっちも興味はない、私が惚れたのは今のルセインだ。例えルセインが元大罪人でも、人として犯してはいけない範囲を超えた謀略家でも、私は気にしないぞ。…………なぁ、それでも過去に縋りたいのか?

まだ、過去に縛られるのか? それ、疲れないか?」


マリーがボスの方に顔を向け、少し寂しそうにボスに尋ねた。マリーの言う通り、秘密を守ることを常に考える人生は並大抵ならぬ気疲れを伴うものだ。しかし、ボスはその気疲れする人生を、今日まで耐え抜き、体の髄までその生き様が染み付き、ほかの生き方を忘れてしまった。いや、ほかの生き方を探すことより、今の生き方を続ければ、何も考えずにいられたから楽だったのかもしれない。


「…………俺は、この生き方以外を知らない。過去を捨てた生き方なんてのは考えた事すらない。だから、過去を捨てたら、どう振る舞って生きていけばいい?

いや、そもそも俺は何者になるんだ? …………俺はボスでありたい」


「ボス?」


マリーが首を傾げると、ボスは自らの口を疑った。無意識のうちに、ついポロリと口から零してしまった。少々感情的になってしまったようだ。ボスはフゥー、と心を落ち着ける為に、椅子に座って深いため息をつき、目を瞑った。ボスは自らに、らしくない、もっと冷静に対処できるはずだ、そう言い聞かせていると、ふと、柔らかい肌の感触がボスの顔を覆い、目を開けると、目の前には青紫の肌が広がっていた。マリーはボスを優しく抱擁しながら、頭を撫でた。


「ほら、やっぱり疲れているじゃないか。どうしてもルセインが過去を捨てられないなら、私はもう何も言わない。でも、出来ることなら、ルセインにはルセインでいて欲しい。そのボスってのが、一体何なのかは解らないけど、もうルセインは無理してボスを演じなくてもいいんじゃないか?

他の生き方がわからないのなら、わかるまで私とゆっくり考えよう。ルセインはせっかちだから、ゆっくり考えるのは性に合わないかも知れないけど、生き方なんてどんなに頭を抱えてもなかなか解るものじゃないだろ」


「………ゆっくり、か」


マリーの言葉に、ボスはアメリカ合衆国でボスとして生きていたあの時を、まるで走馬灯のように思い返す。休みなどなく、出会う人間は筋金入りのクズばかりだったが、やはり悪い事ばかりではなかった。多くの人間に支えられ、ボスとして生きてきたが、この世界には、もう国も、機関も存在しない。ならば、少しだけ、ボスの名前を置いてみるのも悪くはないのかもしれない。そう、もし元いた過去に戻ることが出来るのならば、戻った時に再びボスになればいい。今は、アルシーの使い魔で、ルセイン領の領主、そんな人生を送るのも、悪くはないのかも知れない。


ルセインは軽く笑むと、強く頷いた。


「そうだな、俺は今日からルセインだ。俺は過去を捨てるよ、マリー」


「ほ、本当かルセイン! じゃあ、私と、その、夫婦になってくれるか?」


「それは少しだけ待って欲しい。デュランダルが嫉妬してしまうからな、熟考を重ねて判断するよ。それより、大分話がズレてしまったが、何故マリーは肌の色が変色したんだ?」


ルセインが肌の色のことを言うと、途端にマリーは、また顔色を悪くした。ボスとしては舌を切った末の大決心をしたのだ。マリーもルセインに隠している事を話す義務があるはずだ。その事をマリーも理解していたのか、心を固め、口を開いた。


「その、そのな………………エルフ族の肌の色が変わる時は……実は、出来ちゃった証拠なんだ……」


「………? 出来たって、なにが?」


「………赤ちゃん」


「…………んん?」


余りにも突然過ぎて、ルセインは頭を抱え、理解しようとするが、なかなか理解が追いつかない。赤ちゃん?

それはもしかして、ルセインとマリーの赤ちゃんなのだろうか? いや、しかし今までルセインは避妊してきた。では、誰の赤ちゃんなのだろう?

深く熟考をするルセインに、マリーは慌てて付け足すように答えた。それもルセインに嫌われるのを恐れてか、嘘を付け足したのだ。


「ル、ルセインには悪いと思ったんだけど、実は、寝ている時にこっそりと、その、ヤっちゃってたんだ…………」


「……………ええ?」


「ど、どうしても赤ちゃん、欲しかったんだ………その、ルセインが認知しないなら、私一人でも育てるつもりだ。でも、出来れば夫婦で子育てしたいなー、なん

て………」


言い訳としてはかなり苦しい、普通なら到底通用しない部類に入るだろう。それはマリーにもわかっていたが、どうしても、本当の事をいう勇気がなかった。


「……はぁ、出来ちまったもんはしょうがねぇな。子供か、男か女か気になる所だな」


ルセインは本当に信じたのか、それともわざわざマリーの嘘に乗っかっているのだろうか、真実は定かではないが、ルセインはマリーの嘘をすんなりと受け入れた。このまま何事もなければ、ボスは自らの血が一滴も入っていない子供を我が子のように育て、愛情を注ぐだろう。考えるだけマリーの心の中に罪悪感は増していくが、それを上回って安堵を感じている自分がいた。そんな自分に、マリーはルセインに聞こえない声で、ボソッと呟いた。


「最低だ、私」


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