少女、事後
「………んん」
テントの布の隙間から日光がこぼれ落ち、マリーの顔を直射して目が覚めた。テントに篭るどこか青臭い臭い、下着すら着ていない自身の体、もうなんの言い逃れも出来ない状況証拠の揃ったテントの中で、マリーはもう一度目を閉じ、夢であって欲しいと現実から目を逸らした。
「おう、起きたのか」
クロヌウスの声が聞こえ、嫌でも現実に引き戻されたマリーは、死んだ魚のような目でクロヌウスを見る。クロヌウスは笑顔で両手にコーヒーカップを持ち、一つベットの上に置いた。あの人懐っこい笑顔、あれさえ見なければ体に指一本触らせることはなかっただろう。
「…………お前が国王からの客じゃなかったら今すぐ殺してやる」
「おいおい、殺してやるとはひどいじゃないか、昨日はあんなによろしくやっていたのに」
「私は一体、ルセインにどの面下げて合えばいいんだ? もしルセインに、別の男に抱かれていたことがバレたら、私はどうすればいいんだ?
私、ルセインに嫌われちゃうのか…………?」
「そんなにネガティブになるなよ、ルセイン領主には俺達が何しようがバレやしないって。それに、お前の悩みを解放する為の、ちょっとしたストレス発散みたいなもんじゃないか。な?
マリー」
「気安く名前で……ッ! まて、なんでお前が私の名前を知っている!?」
突然の名前呼びに、マリーは驚愕して思わず身を起こした。クロヌウスに名前を教えた覚えはない。では、どうしてクロヌウスはどうやってマリーの名前を知ったのだろうか。もしかして、クロヌウスは始めからマリーに如何わしい関係になろうと思い、あのバーカウンターでマリーに近づいたのかもしれない。
「なんでって、昨日喘ぎながら名前で呼んでくれって、自分で叫んでいたじゃないか。自分から腰も振っていた訳だし、満更でもなさそうだっだぞ」
「う、嘘だ! 私がそんなこと言うものか!」
「あれ? もしかして全く覚えていないのか?
お前自分の首元見てみろよ、お前がキスマーク付けろって言うから、つけてやったんだよ。それみて、昨日どれだけ激しかったか思い出せ」
そう言うと、ほれ、と言ってクロヌウスはマリーに手鏡を投げた。マリーは奪うように手鏡を取り、鏡に反射する自分の首元を、恐ろしげに首元を確認する。
「あ、あぁ、ぁぁぁぁ………!」
ある。首元の左側に、赤黒い痣のようなものが、二つ程確かに存在していたのである。これでは、自ら同意の上で性交渉したと言っても過言ではない。
「もう、もう会えない…………ルセインに軽蔑されてしまう………いや、嫌だぁぁぁ………ぐす………うぅ………ルセイン捨てないでぇぇぇ…あぁぁぁぁぁぁ!」
「おいおい、泣くことはないだろう。そんなもんぶつけたとか言っておけば大丈夫だって。まぁ、もしバレちまったとしても」
俺がお前を守ってやるさ。
――――――――――――――――――――
「では、これより会議を始める」
将校用テントに弓兵軍司令、銃兵軍司令、軽装軍司令、重装軍司令が長机を挟んで椅子に腰掛け、ボスが会議開始を告げた。皆、今後の軍の方針がかなり気になっていたのか、そわそわした様子だ。
「まず今回の会議の内容は知ってのとおり今後の軍の方針についてだ。諸君の働きによって我々の倍以上いたコージュラ皇国軍に劇的勝利を手にしたわけではあるが、その勝利の余韻にずっと浸っているわけにはいかない。なんせここに駐留するだけでも金がかかるからな。我々は、死体の片付けが終わったら何かしらの動きをみせないといけない。そこで諸君に相談したいのは、我々は進軍するべきか、それともルセイン領に撤退するべきか、だ。諸君等の意見を聞かせて欲しい」
「迷わず、退却を提言します」
軽装軍司令が手を挙げて言うと、他の司令官も頷いた。反対意見がでないとは珍しい、それだけ皆帰りたいのだろうか。ボスは一応聞いてみることにした。
「なぜだ?」
「は!
我々は敵将であるメーチェル・ラングラーを撃破すると同時に、国境線付近の敵部隊に著しい打撃を与えることに成功したのは間違いなく、このまま侵攻するのも容易いでしょう。しかし、国王からの命令なしに敵の領土に侵攻するのは、国王に自らをないがしろにしていると思われ、不信感を買います。それに、我々は今爆弾を抱えているような状態なので、戦いは避けるべきです」
「爆弾?」
軽装軍司令の発言に、ボスは眉を顰める。爆弾を抱えているとは一体どういうことなのか、これは聞く必要がある。
「爆弾とは、どういうことだ?」
「国王から派遣された援軍とやらです。彼らは3人で3千人ほどの戦力であると聞きましたが、私から言わせてもらえば彼らの戦力は3人に変わりありません。彼らの強さを疑っているわけではありません、しかし、1人千人ほどの戦力を戦場でどのように運用すればいいのか、それがわかりません。千人の部隊として扱うには、部隊同士の連携に難があり、1人として扱えば、布陣に大きな穴が空き、敵に突入されやすいザルになります。はっきり言って彼らはお荷物です。お荷物を背負って戦いたくはありません。我々は撤退し、彼らには我々が撤退することを国王に知らせる伝令になってもらいましょう」
「うーん」
ボスは顎に手を当てて、軽装軍司令の提言を脳内会議で唸りながら考え、他の軍司令の顔を確認する。他の軍司令も軽装軍司令の言うことに賛成なのだろうか、ウンウンと頷いている。確かに軽装軍司令の言っていることは正しい。実際ボスも援軍として送られてきた彼らを見て、運用方法など考えすらしなかった。考なかったと言うことは、彼らを戦場に出すことなど思ってもいないと言うことだ。それに彼らは仮にも国王からの援軍だ。それも一人は覚者という訳のわからない肩書きつきだ、扱いに困る。となれば、軽装軍司令の言う通り、国王にお返しする方がいいだろう。
「よしわかった。では、死体の片付けが終わり次第、我々は撤退する。異論はないな?」
「「「「はい!」」」」
4人の軍司令官が声を揃えて同意し、これにて今日の会議は終了した。今日はなかなかスムーズに終わったので、まだ空高くに太陽が居ずわっている。今日は会議以外にやることはない。休息午後の部の始まり、と言いたいところではあるが、クロヌウスに国王の元へ伝令として行ってもらうように頼まなければならない。
ボスは会議用テントを抜けると、クロヌウスのテントに向けて真っ直ぐ直行しながら、クロヌウスが伝令役を引き受けてくれるか考え始めた。、援軍として来た者を伝令として使うのは、考えてみれば少し失礼な話の上に、少し勘がよければ簡単に気づいてしまうだろう。もし引き受けてくれなければ、一体どうするべきだろうか、引き受けてくれなければ、いっそのこと素直に「お前ら役に立たないから帰れ」とでも言うべきだろうか。
ドンっ!
思案に耽りすぎて、注意が散乱していたようだ。ボスの体に人が当たり、相手は地面に転がってしまった。我を取り戻したボスは、慌てて謝罪を述べる。
「すまない、こちらの注意ぶそ…………あれ? マリーじゃないか」
「…………!」
倒れたマリーに、ボスが手を貸そうとすると、ボスの手を借りずに立ち上がり、逃げるように何処かへ行ってしまった。なんだか様子の変なマリーにボスは首を傾げ、呟いた。
「………あいつ、なんて泣いているんだ?」




