少女、雲行き
「どうしたんだい? 疲れているみたいだね」
談話用に設置されたテントにて、アーシャ女王が椅子に座り、首を傾げてボスの顔色を伺った。予定していた期間よりも遅くなって到着したエルフの里からの援軍は、戦闘が終結してから四日後のことだった。アーシャ女王が引き連れてきた援軍の数は約2000人程、エルフの里の規模から言えばかなり頑張ったほうである。国王からの援軍と合わせれば2003人、いや、向こうの言い分を聞けば5000人の援軍が到着したことになる。援軍としては心細いこの上ないが、敵を壊滅することが出来たのだ、油断はできないが直ぐには敵も攻めて来ることはないだろう。
「………ああ、少しな。国王から送られた援軍がたったの3人しか来なかったんだ」
「さ、3人!? 君の所の国王は国境線を捨てる気なのかい!??」
「いや、その3人の話を聞くと、1人で1000人程の戦力に相当する力があるらしい。つまり3000人の援軍が送られているのと同等らしい。まあ、それでも援軍としては少なすぎるけとな」
「一人で1000人…………簡単に信じることはできない話だね」
「本当にな」
ギシッと音を立てて、ボスは深く椅子に座り直し、溜息を吐いた。嘆いていても仕方ないことは重々承知ではあるが、今のボスにはそんな合理性を重視した考え方をする余力はない。
「それで、その三人には何をさせるんだい?」
「それも考えどころだな。もう戦闘は終結している訳だし、仮にも王から派遣されてきた客人に死体の処理をさせる訳には行かない。奴らには悪いが、本当に扱いづらい援軍が来たもんだよ………」
「あはは、お気の毒に、と、言えばいいのかな?」
苦笑いをするアーシャ女王に、ボスはしまったと、内心後悔をした。援軍を引き連れてきたアーシャ女王も、それなりに疲れているはずにも関わらず、ついつい愚痴ってしまった。ボスはゴホン、と軽く咳払いをすると、本来伝えに来た事だけを話した。
「まぁ、それはそれとしてだ。エルフの里から連れてきた兵士達にも、悪いが死体の片付けをして欲しいんだ。1日でも早く死体を片付けて、うちの兵士達に休息の時間を与えたいんだ。やってくれるか?」
「うん、わかったよ。それじゃあ、明日から早速やることにするね」
「頼んだ」
そう言って、ボスは立ち上がって走早に談話用テントから立ち去った。空から太陽はすっかり落ちて、すっかり暗くなった外に、死体を燃やす炎の光が、辺りを煌々と照らしていた。夜になると周りが全く見えなくなるので、出来れば外で死体回収作業をさせたくないのだが、夜にも作業をしないとなかなか死体は数を減らさないのだ。一応昼と夜の2交代で作業をしているが、それでも疲れは溜まっていくだろう。本当にお疲れ様だ。
暫く燃え続ける炎を見ながら歩いていると、ボスと同じように炎を見ている男が1人佇んでいた。目を凝らして見てみると、どうやらクロヌウスのようだ。
「クロヌウスさん、こんな所で何をしているんですか?」
「ん、ああ、あんたか」
食い入るように見ていたクロヌウスは、ボスに気づくと顔を向けた。あれからまだ飲んでいたのだろうか、少し酒臭い。
「なあ、あれって死体を焼いているんだよな?」
「ええ、そうですよ」
ボスがそう答えると、クロヌウスは再び燃え上がる炎に視線を戻した。その眼差しは、すこし憎しみがこもっているのだろうか、ボスには睨んでいるように見える。なにか思うことがあるのだろう、クロヌウスは語るように続けた。
「なぁ、許せないと思わないか?
コージュラ皇国はその有り余る力を背景に、ウィルデット王国以外の諸国を脅して口を閉ざさせ、大義も何もないただの侵略戦争を俺達のウィルデット王国に仕向けている。そんな非常識な奴らにも関わらず、捕虜になれば人並みの扱いを要求し、死体の片付けを全て我々に押し付ける。こんなひどい話はない」
「はぁ……………まあ、戦争ですからね」
ボスが素っ気なく答えると、クロヌウスは眉にシワを寄せ、ボスに視線を向ける。怒っているわけではなさそうだが、快く思っているわけではなさそうだ。ボスは特になんとでもないと言った様子で、首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「お前、何も感じないのか?
今回だって、コージュラ皇国軍はウィルデット王国に逃げてくるエルフ族の難民を捕縛し、男は兵士として、女は娼婦として扱われたそうじゃないか。女とその子供はなんとか保護することが出来たが、男は全員死亡、女だってひどい心の傷を負っているんだぞ?」
「クロヌウスさん、意外と青臭いことを言いますね。確かにコージュラ皇国軍のその手の行動は褒められたものではないでしょう。しかし、それは我々にも言えますよ。今回の戦いで死んだコージュラ皇国軍の兵士だって、家族がいることでしょう。一人のコージュラ皇国兵が死ねば、一つの家族が路頭に迷うことになるでしょう。つまり、我々は痛み分けをしているに過ぎないわけですよ、クロヌウスさん。感情的な戦争ではなんの意味も生み出さない訳ですよ。生み出すのは死体と軍費ぐらいです」
「……ッ、なら、お前は何の為に戦っているんだ? お前にとって、この戦争はお前の得にでもなるのか?」
「そうですね…………まあ、体面で言うのなら領民の生活と財産のためですね。それと、私が開発したドライゼ銃がどれだけ通用するのか試したかった、ですかね。まぁそれなりに記録は取ることが出来ましたし、国境線の防衛することも出来ましたし、成果は上々です。ところで、貴方の場合は何故戦うんですか?
貴方の覚者という役職が関係しているんですか? それとも、個人的なイデオロギーでもあるんですか?」
ボスの質問に、クロヌウスはぐっと苦痛の表情を浮かべ、口を閉ざした。援軍として、ましてや1人で1000人分の戦力になると言っているのだ、それなりに戦場で人を殺して来たはずだ。それはただ憎しみの為だけなのか、それとも何か信念があるか、少なくとも何かしらの考えがあるのは間違いない。だが、口を閉ざすという事は、話せないようなことなのだろうか。
「どうしたんですか、クロヌウスさん。なにか、話しづらいことでもあるんですか?」
「……………俺は「はーい、そこまでです」」
クロヌウスが口を開くのと同時に、どこから現れたのだろうか、ネロルがクロヌウスの口を両手で塞いだ。やはり言っては不都合な理由があるようだ。ネロルはにこやかな表情でボスに視線を移し、口を開いた。
「領主様、どうか我々の詮索をするのは御勘弁ください。聞いたところでつまらない話でしょうし、クロヌウスに何か不手際があったとするなら謝りますので、どうか今日の所は…………」
「………覚者とは、詮索されては困る役職なのですか、仮にも国王から派遣されてきたのですから、素性は話せないと言うわけではありますまい。どうか、クロヌウスさんの口から手を離してくれませんか?」
「どうか、どうか御勘弁を………」
このままでは平行線だ。ボスは溜息を吐くと、ネロルの嘆願に頷いた。今日は確かに遅い、話を聞くのは勘弁しよう。




