少女、偽善懲悪
「お、お前がここの防衛の功績者さんか」
そこには見た目若干18歳、身長は年相応と言える中肉中背の青年が、ボスの予想通り食堂で椅子に座り、メメルが持ってきたワインを煽りながらボスの登場を待っていたようだ。その両隣には、一人はウィルデット王国軍が使っている軽装甲の鎧に、貴族らしい装飾をされた物を身に纏い、レイピアを腰にぶら下げ、ツインテールが特徴的な16歳ほどの元気が良さそうな娘、もう一人は二人とは相反して落ち着いた雰囲気に、領主の館で留守番をしているであろう魔女っ子と似たような服に、豊満な胸と見事な黒髪を腰まで伸ばし、まさに大人の女性だ。
なんだこのふてぶてしいガキは、人のワインを飲みやがって。ボスの感じた第一印象は、最悪もいいところだが、どんな人間にもいいところは必ずある。決して心の中で感じていることを口には出さず、胸に秘めて愛想よく笑みを浮かべた。
「碌なおもてなしをする事が出来なくて申し訳ない。戦闘が終わったとはいえ、ここは最前線ですので、用意できる物に限りがあるのです。なので、どうか御容赦を………………」
「いやいや、俺たちも急に来ちまったからな、むしろ謝るのはこっちのほうだ」
「そう言ってもらえるだけ有難いです。それで、どのような要件でこのような薄汚い戦場に?
私には王からの客人としか聞いていないもので、出来ればここに来た目的を教えていただければ…………あと、貴方の素性も教えては頂けませんか?」
「ああ、そうだな。じゃあまずは自己紹介からしよう。俺はクロヌウス・シーター。覚者をやっている者だ。」
「覚者?」
ボスが聞きなれない言葉に首を傾げると、クロヌウスはワインを一気に煽り、ああ、とだけ言った。光の騎士教団といい、ウィルデット王国にはまだまだ解らないことがいっぱいあるようだ。全てを理解するのに、一体どのくらいかかるか考えると気が遠くなりそうだ。
「覚者ってのはな、書いて字のごとくだ。人によっては勇者とも賢者とも言う。まあ好きなように呼んでくれ。それで、この二人は俺と共に行動している仲間だ。このツインテールがナノ、もう一人はネロルだ」
クロヌウスの言葉に、ボスは二人の顔を交互に視線を送り、一礼をする。クロヌウスの言葉遣いを聞く限り、もしかしたらこの3人はボスの想像していた大貴族でもなければ、王族の分家というわけでもなさそうだ。だが、国王が寄越した客人と言うのだからこのクロヌウス、ただ者ではないのは間違いないのだ。とすると、覚者とは国王にとって、いや、このウィルデット王国にとって重要な存在なのかもしれない。
「ふふふ、珍しいですね」
ニコニコと優しい笑を含むネロルに、一体何が珍しいのかと、ボスは首を傾げた。
「珍しい? 何がですか?」
「私達に敬語を使うことがですよ。私達は覚者御一行として色々な恩恵を国王から頂いてはいるのですが、出身は平民なんですよ。だから、貴族様方は心から私達を歓迎してはくれないんです。それに、クロヌウスは口が悪いので、よく貴族様と喧嘩をしまして、余計に歓迎してはくれません。聞いた所、貴方は領主様なんですよね?
クロヌウスの非礼に目くじらを立てることなく、むしろもてなせなかったことを詫びる貴族様なんて、初めて出会いました」
「あ、それは私も思う!」
先程まで会話に入る好きを狙っていたのか、割って入るようにナノが手を挙げて元気良くネロルに同意した。褒めてくれるのは嬉しいが、内心クソガキだのなんだのと酷い印象を持って接していたのを後ろめたくなってくる。
「貴族っていったら、ここまで馬車で送ってくれた光の騎士教団のお偉いさんみたいに、仏頂面でなんか偉そうなオーラを払っているもんだけど、あなたはそんなオーラが全く感じられない!
なんか私達と同じ平民みたいな、そんなオーラを放ってるの!」
光の騎士教団のお偉いさん、おそらくメメルのことであろう。メメルは確かにいつも仏頂面だから、その気持ちはわからんでもない。しかし、この3人と一緒の馬車に乗っていたメメルは一体どんな気持ちなのだろうか。このナノと言う娘は誰彼構わずよく喋りそうだ。もしかしたらメメルに、何か失礼な質問をしたのではないだろうか?
その結果怒ろうにも国王の客人故に怒ることが出来ず、怒りを我慢して仏頂面になったのではないだろうか。そんな気がしてならない。
「あははは、まぁ、私は貴族と言ってもぽっと出の一介の領主でしかありませんからね。名家の出身というわけでもありませんし、広い庭を持った商人と大差ないのでは?」
ボスは愛想笑いを浮かべて謙遜すると、クロヌウスがゴホン、と軽く咳払いをした。少し話が脱線してしまった。
「あー、そう言えばなんで此処に来ているのかは言っていなかったな。まあ、なんで此処にいるかと言えば、それは国王の命令で此処に派遣されたんだ」
「派遣?」
「ああ、そうだ」
クロヌウスが深く頷き、口にワインをまた含ませる。国王からの派遣、もしかしたら監視役として来たのだろうか。しかし、ボスは国王に対してなんら敵対行動をとった覚えはない。
「まあ言うなれば、国王からの援軍だな」
「援軍ですか?」
クロヌウスの言葉に、ボスは国王に正気の沙汰を疑った。たった、たったの3人?
国土を防衛する為に派遣された援軍がたったの3人とは、一体どういうつもりであろうか。国王にとって、国が侵攻されるかどうかの最前線であるこの国境線防衛は、たった3人程度で事足りるとでも言うのだろうか。考えれば考えるほど、ボスには国王に対する信頼が薄らいでいき、ふつふつと怒りがこみ上げていく。クロヌウス、ナノ、ネロルの三人はそれを感じ取ったのか、苦笑いを浮かべた。
「ははは、お前、国王から送られた援軍がたったの3人で、かなりショックを受けているんだろ? まあ、気持ちはわかるよ」
本当にわかっているのか?
ボスはつい口から出そうになってしまったが、なんとか思いとどまる。派遣されてきたこの3人にはなんの罪もない。むしろ、憎しみの対象になり兼ねない彼らに同情するべきだ。ボスは気を取直して、笑顔を浮かべる。
「まぁ、正直に言えば国王の考えている事が全く理解ができませんが、何か訳があってあなた方を送ってきたのでしょう。私は国王を信じます」
「あー、やっぱりそういう風に捉えちゃうよなー。まあ、当然っちゃ当然かー」
「………………?」
何故か1人意味ありげに頷くクロヌウスに、ボスは何が言いたいのかわからず、眉を顰めると、ネロルが補足するように説明をしてくれた。
「信じてくれるかはわかりませんが、私達は1人で約1000人分の戦力があるんです」
「…………1000人?」
「はい、つまりですね、私達3人を合わせれば、約3000人程の援軍が送られた事になるんです」
………何を言い出すんだ、この人は。ネロル自身も言っていたが、ボスにはネロルの言うことを信用することが全く出来ない。仮に本当だとしても、1人で1000人程の戦力に該当する強者だとしても、そんな強者を送るよりは1000人の兵士を送って欲しかった。
「…………まあ、貴方がそういうのなら、そうなんでしょうね」
「あはは………やっぱり、信用できないですよね? いいんです。その反応には慣れてますから……」
逆に信用した奴が一人でもいるのだろうか。いるのならそのバカを見てみたいものである。最早乾いた笑いをすること以外出来ないボスに、ナノが頬を膨らませた。
「うー、本当なんだよ? 戦場にさえ出させて貰えれば、てんかむそう? なんだから!」
「ええ、ええ。解っていますよ。信じています。とりあえず、今日のところはお疲れでしょう。粗末なテントしか用意できませんが、不便な点は出来るだけ我々でバックアップさせて頂きます、では…………」
少々雑な話の切り方ではあるが、ボスとしても今日のところは考える時間が必要だ。ボスは早歩きで食堂テントから離れ、充分な距離をとれたことを確認すると、ため息混じりに呟いた。
「3000人分の援軍ねぇ……………本当だとしても、すくねぇなぁ」




