少女、戦後処理
当初予期していた結末と比べれば、コージュラ皇国軍側の司令官であるルノー将軍自ら降伏するという随分と呆気ない最後となったが、それでも勝利は勝利だ、喜ぶべきであろう。だが、ボスとしては釈然とはしない落とし所である。一度コージュラ皇国軍の隊列はバラバラになってしまったが、それでもまだ兵力自体はコージュラ皇国軍のほうが優っていたのだ。にも関わらず、コージュラ皇国軍側は簡単に降伏したのは、もしかしたらなにか企みがあるのではないかと疑わざる負えないが、降伏した以上は、理由なくルノー将軍を処刑する訳にはいかない、捕虜となったコージュラ皇国軍兵士も同様だ。数万を超える捕虜は、ウィルデット国王に任せるとしよう。それよりもやらなければならないことがある。
「敵味方関係なく死体は回収して焼くんだ。戦死者名簿の記入も忘れるなよ〜」
戦場に散らかった死体の回収作業に精を出すウィルデット王国軍兵士達に、ボスは巡回しながら指示を下した。死体をほっとくと疫病が流行するようになるので、気が滅入る作業ではあるが、勝利の余韻を味わうことなく迅速な死体焼きを兵士達にやってもらわないと困るのである。所々で大きな穴が掘られ、そこに所狭しと大量に積み上げられていく死体を見ると、心底自分があの中に混じらなくてよかったと思い、今自分は生きていると実感するのである。
「ルセイン〜!」
どこか聞いたことのある声に、ボスは振り向くと、マリーがこちらに向かって走って来るのが目に写った。援軍を引き連れてきたのはデュランダル1人だったので、てっきりマリーは領主の館でお留守番かと思っていたが、そうではないらしい。マリーの後ろには懐かしき紅騎士ことメメルもおり、ボスと初めてあった時のような仏頂面だ。
「マリー、それにメメル殿も一緒か。一体どうしたんだ?」
「どうしたって、ルセインが心配だからきたんだぞ! 背中に怪我をおったらしいじゃないか、大丈夫なのか?」
「ああ、まあ怪我はいつものことだし、命に関わるような怪我じゃない。それよりもメメル殿、なぜこんなところに?」
ボスは体をメメルに向き直り、首を傾げた。デュランダルの話では援軍に来ることは出来ないという話であり、まだ枢機卿になって日が浅いのでやることも多忙であろう。にも関わらずここに来るということは、なにか大切な話でもあるのだろうか。メメルは少しボスから視線をずらすと、少し奥歯に物が詰まったような物言いで話し出した。
「直接謝ろうと思ってな。アルダーナーの件で貴様には多大な迷惑をかけてしまった。その上援軍も出せないとなれば、メメル・ラセの名誉に関わることだ。それと、お詫びの品も渡そうと思ってな」
そう言ってメメルはボスに押し付けるように、ボトルを渡した。手に取り見てみれば、ボスが死ぬほど苦しめられた毒が入っていたあの60年物のワインだ。これは本当に反省してこれを渡しているのだろうか、それともふざけているのだろうか、ボスは苦笑いをすると、メメルが補足するように付け加えた。
「安心しろ、そのワインには毒は入っていない。ここにいる兵士にも振舞う予定だ」
「ほう、そうですか」
金貨64枚もする超がつくほどの高級ワインを、約5万近くの兵士全員に施すとは、なんとも豪勢な話だ。しかし、逆に高価なワインをそんな簡単にほいほいと渡してしまっていいのだろうか?
仮にも教団の大切な資金源の一つだ。今後の教団の活動に支障はないのかと尋ねると、「そこまで財源をワインに頼ってはいない」と言われた。今も働いている兵士達も酒の一口は欲しいだろう、ボスは遠慮なく受け取ることにした。
「では、有り難く頂きます」
「ああ……………あ、あと一つ伝えなければいけないことがある」
「なんでしょう?」
「実はな、私と一緒に三人ほど国王に頼まれて連れてきた客人がいるんだ。早急に会って欲しい」
メメルの言葉に、ボスは少し疑問を覚え、眉をしかめる。国王がこんな戦場に寄越す客人とは一体どんな御仁なのだろう。少なくとも国王と何かしらの関係があるのは間違いない。だとすれば、王族の子息か、それとも国王が慕っている大貴族か、いずれにしても碌なやつではなさそうだ。それも戦闘が終わった戦場を物見遊山させようとするのだから、国王も国王で一体何を考えているのだろうか。武官ではないその手の貴族は奥に引っ込んでいて貰いたい、ボスはそう考えるが、もう既に客人はこの戦場に来ているのだ、会って何かしら話をするべきであろう。
「………わかりました。会いに行ってきます」
「随分と嫌そうだな。気持ちはわかるがくれぐれも失礼のないようにな」
そう言うと、メメルは止めてある馬車に乗り込み、さっさと帰ってしまった。メメルの言っている客人とは何処で待っているのか良く分からないが、恐らく食堂にでもいるのだろう。ボスはため息を吐きながら食堂に向けて歩き出すと、マリーも何故か後ろからとここと着いてきた。
「マリー、ついて来るのは構わないがくれぐれも客人に失礼のないように頼むぞ?」
「む、それは私がいつでも無礼を働いているとでも言うのか?」
「そうは言わない。だが、国王が寄越した客人ってことはそれはそれは位の高い貴族様って可能性だってあるからな、少しでも気に障るようなことがあればどんな目に会うかわかったもんじゃない。故に、いつも以上に、特に口調には気をつけてくれ」
ボスの言葉に、マリーはわかったとだけ言った。本当に解っているのか不安ではあるが、客人を待たせるわけにもいかないだろう。ボスとマリーは死体回収する兵士達を尻目に、食堂に向けて歩き出した。
「………ルセイン、少し聞いていいか?」
唐突にマリーが話しかけ、ボスは歩きつつも視線を後ろのマリーに向けた。マリーが質問するときは、余りふざけた質問はしない。マリーの表情を見ると、やはり真剣な表情をしている。エルフの里騒動があった時の帰りの馬車の中の時と同じである。
「なんだ?」
「そのな………ルセイン、最近館に戻っても色々ドタバタして、ゆっくり出来ることなかっただろ?
だから、ここの仕事が終わったら、偶には仕事の事を忘れて私と一緒に、エルフの里にでも行かないか?」
指を絡ませながら、もごもごと言うマリーに、仕事が山積みだから無理、とはさすがのボスにも言いにくい。だが、ここで折れて行くと言えば仕事が溜まり、それの処理を徹夜でやらなければならない。なのでボスは魔法の言葉を使うことにした。
「…………考えておく」




