少女、決戦
「最初はどうなるかとヒヤヒヤしたが、案外杞憂だったな」
前線の遥か後方数キロ地点で、ルノー将軍は馬上から望遠鏡で戦場の様子を観察し、軽く嘲笑った。ルノー将軍が懸念していた兵士の士気の低下による戦意喪失は今の所現れることはなく、数の暴力で有利に事を進めている。パイク兵が体重をかけて重装歩兵の大盾をついている様子から、初戦で多くの犠牲を払う羽目になった謎の火器も、そこまで留意するほどの恐ろしい兵器というわけではないようだ。ウィルデット王国の重装歩兵による防御さえ破ることが出来れば、最早勝ったも同然、ルノー将軍は一刻も早い勝利の知らせを待つばかりだ。
「ティック、どうやら本国に帰っても汚名を被る事はなさそうだぞ。奴らが敗走するのも時間の問題だ」
「ええ、どうやらそのようですね……………しかし、ウィルデット王国の重装歩兵は優秀なのですね。数では負けているのに、まだ持ちこたえていますよ」
「ここで負けたら本国に6万の兵隊が流れ込むわけだからな。必死になって当然だろう」
「それもそうですね」
ティックの質問に、ルノー将軍はあまり気にもとめることもなく適当に答え、ティックもルノー将軍の言葉に意を唱えることなく素直に聞き入れ、前線の観察に目を移した。今はウィルデット王国の重装歩兵が踏ん張っているのが原因でなかなか手間取っているが、ルノー将軍の言う通り、それも時間の問題だろう。問題なのは目の前の部隊を壊滅させても砦の中にはまだ敵兵がいるということだ。あまり目の前の部隊に時間を掛けるとこちらが疲弊してしまう。疲弊した状況で砦を落とすのはあまり好ましいことではない、出来れば避けたいところなのである。ダメ出しと言わんばかりに、ルノー将軍は新たな命令を下した。
「ここで時間を食っている訳にはいかない。旗手、パイク兵隊に敵部隊を包囲するように命令しろ!
敵重装歩兵隊の相手に不足するのならパイク兵の後ろで控えている軽装歩兵に代わりをさせろ!」
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「………………なんだ、パイク兵共が左右に展開しやがるな」
ガチャガチャと正面から長槍で重装歩兵を崩そうとしていたパイク兵が、動きを止めて左右に別れようとしていた。この状況で諦めたとは考えにくい、だとすれば我々を包囲しようとしていることは、ボスにでもすぐわかることであった。正面は重装歩兵が鉄壁を築いていた故、持ちこたえることが出来たが、側面は銃兵隊だけである。現在正方形の方陣を組んでいるので、ちょっとやそっとの攻撃では崩れることはないが、側面は人間で言う内臓のようなものである。もし崩れてしまったらそこから方陣は瓦解し、再編するのは困難になるであろう。
だが、それは銃兵の持つ武器がマスケットだった場合である。1分間に12発の弾丸を発射することが出来るドライゼ銃なら、側面から攻めてきた敵部隊に正面よりも多くの銃口を向けることが出来るだろう。やがて側面からの濃密な発砲音が鳴り響き、当分側面の守りは保たれる筈である。問題はパイク兵の後ろにいた軽装歩兵だ。軽装歩兵がどんな動きをするかで、今後の作戦も大きく変わっていくだろう。
ザク、ザクと軽装歩兵は丸盾で自身のみを守り、警戒しながらゆっくりと重装歩兵に近づこうとしている。パイク兵は長槍を持っていたからある程度の距離を保つことが出来たが、軽装歩兵の場合は至近距離まで近づかないといけない。しかし、軽装歩兵が持っている丸盾程度なら、簡単に貫通するだろう。
「銃兵、各自連発!」
ボスの号令と共に、銃兵隊は間隔を空けることなく、それぞれのタイミングで発砲した。ボスの読み通り、敵の軽装歩兵の持つ丸盾など何処吹く風とでも言うように、ドライゼ銃から放たれた弾丸は高速で回転しながら丸盾を削りとり、穴をあけて軽装歩兵の肉体に食い込んだ。一斉射撃とは違い、各自連発は部隊でタイミングを合わせる必要はなく、銃身が焼け切る寸前まで撃ち続けるので、銃兵のリロードのスピードが早ければ早いほど、敵に多くの鉛玉を浴びせることが出来るのだ。
ボスによる各自連発の命令を下して数分、変化がおき始めた。丸盾を持っていても我々の弾丸を防ぐことは出来ないと理解したのか、軽装歩兵達は、近づくどころか徐々に後退を始めたのだ。最前列の後退する軽装歩兵が弾丸に撃たれて地面に伏すと、その死体を見た軽装歩兵は、次は自分の番かと恐怖を感じて更に後ろに向けて後退をする。ついに、ドライゼ銃による恐怖の伝染が始まったようだ。恐らく最初は死ぬのが当然とされていたパイク兵が最前列で戦っていたので動揺は広がらなかったのが、軽装歩兵に代わり、まるで虫けらのようにとなりで死んでいく味方を見て、ただでさえなけなし程度にしかなかった士気が、ついに限界を迎えたのだろう。これは、現状を変えるチャンスだ。
「ラッパ手! 全軍前進の合図をだせ!」
ボスの号令と共に、ラッパが鳴り響き、方陣を乱すことなくウィルデット王国軍は前進を開始した。無論、発砲の手を休めることなく前進し、徐々に後退する軽装歩兵に更なる犠牲者を生み出す。側面に回ったパイク兵は、後を追うように側面を食い破ろうとするが、パイク兵の長槍は重量があり、動く相手を攻撃するには適さない代物である。後を追いかけるだけでも大変だと言うのに、それに追い討ちをかけるようなドライゼ銃の攻撃だ。パイク兵の隙を補う為の軽装歩兵でもあったのだが、ルノー将軍の命令により引き離され、現状銃兵のいい的になりつつある。
どんどん敵の軽装歩兵の犠牲者が増えていき、徐々に円盾を捨て、なりふり構わず逃走を始める軽装歩兵が現れた。もう敵は瓦解寸前、あと一押しすれば、間違いなく崩壊するだろう。ボスはドライゼ銃を強く握り、その場で大声を出した。
「重装歩兵は左右に広がれ! 銃兵隊は俺に続け! 銃剣突撃ィィィィィィ!」
重装歩兵が左右に展開して進路を開けるのを見計らうと、ボスが先頭を切って突撃を敢行した。銃兵隊はボスの後を追うように突撃し、まるで運河を引き裂くように、敵の大軍を薙ぎ倒して道を切り開いた。ボスの突撃により、完全に瓦解したコージュラ皇国軍は、右へ左へと散り散りとなり、最早軍としては機能してはいなかった。銃兵達は突撃しながら逃げ惑う敵兵の背中を発砲し、戦場に死体の山を築いていくと、こちらにまっすぐ走ってくる2騎の馬を発見した。
「領主様! こちらに近づく騎兵らしき者が2人、まっすぐこちらに向かってきます!」
銃兵の知らせに、ボスは発砲する手を止めて、言われた方向に目を移した。騎兵と言うよりは貴族と言った方が適切な格好をしている者が、確かにこちらに近づいてくる。ボスは2騎にドライゼ銃の銃口を向けると、ヒゲを蓄えた男が、大声で叫んだ。
「まっ、待ってくれ! 降参だ、降伏する!!」
そう言って2騎はボスに近づくと、すぐに馬から降りてボスの前に跪いたのである。ボスはドライゼ銃をゆっくりと下げると、二人の所属を訪ねた。
「貴様らは何者だ?」
「わ、我々はメーチェル様の臣下だ。兵共にも降伏させるよう命令を出す、だから命の保証をしてくれ!」




