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少女、死屍累々

「領主様! 敵が姿を表しました! 数はおよそ6万かと思われます」


「そうか、ラッパ手合図を出せ。全軍前進だ」


伝令兵の報告に、ボスは頷きながらラッパ手に指示を出すと、ラッパ手はラッパを吹き、ウィルデット王国軍3万8千の軍勢に響きわたり、鎧による鉄が擦れる音と、規則正しい歩調で前進が開始された。ぐんぐん進んでいくウィルデット王国軍の後方にボスと重装軍司令、銃兵軍司令の3人は馬に乗り、20人の護衛と共に着いていく。2人の軍司令は、てっきり砦に篭り、防戦に徹するのかと思っていたが、ボスの下した決断は打って出ることである事に、少し戸惑いを感じていた。それも領主であるボス自らの出陣だ。今までのこともあり、軍司令としての立場としては、最高指揮官であるボスには何かがあってはいけないので、せめて砦に残って欲しかったところなのである。銃兵軍司令は、ボスに意見具申をした。


「領主様、なぜ打って出るのですか? 援軍もいることですし、ここは篭城戦に持ち込むべきでは?」


「追い返すことを目的とするのなら、確かに篭城戦のほうがいいに違いないだろう。だが、敵の最高指揮官であるメーチェルが死んだ今、奴らの士気はガタガタに違いない。数が多くても士気が低いなら、追い返すことだけではなく敵を殲滅することも可能かもしれない。殲滅することが出来れば、有利な戦況で敵地に侵攻することができるだろう。故に、多少の犠牲が出たとしても引くことはないからな、覚悟をしておけよ」


ボスの言う事に、まだ納得のいかない銃兵軍司令は、不満を抱えつつもボスのいうことに頷くが、正直に言って不安でしかない。いくら士気が下がっているとはいえ、敵の戦力はこちらの倍ほどあるのだ。となると、こちらの状況は相変わらず守るのが精一杯の不利な状況でしかない。そんな中の出陣は、軍司令2人には、負けの決まった出来レースにしか思えない。だが、君主はボスである以上、従うしかない。


敵もこちらに気づいているのだろうか、最前列にパイク兵を配置し、ハリネズミのように長槍を逆立て、その後ろに丸盾とロングソードを持った軽装歩兵が有象無象と散らばらせ、乱れた歩調でこちらに近づいてくる。策としてはパイク兵の長槍で、我々の重装歩兵の鉄壁を突き崩し、その隙間から軽装歩兵を突入といったところだろう。もし、パイク兵の槍先が重装歩兵の大盾に当たるほど近づかれた時、近接戦闘に重装歩兵だけでは酷であろう。ボスは近接戦闘の対策として、銃兵軍司令に命令を下した。


「銃兵軍司令、銃兵に着剣するように指示をしろ」


「了解しました。銃兵は全員着剣せよ!」


銃兵軍司令が大声で指示を出すと、銃兵達は伝言ゲームのように、前の兵士に銃兵軍司令の指示を大声で復唱し、着剣を進めていく。ドライゼ銃に銃剣をつけると、ちょっとした槍並みの長さになる。これなら、重装歩兵の大盾と大盾の隙間から突き出して攻撃することができるだろう。


敵との距離は約600m程まで近づいた。敵は足を止めることはなく、パイク兵はパッシュ・オブ・パイクと呼ばれる長槍を肩の高さで維持し、チクチクと威嚇するように突き、相手との接触があるまで近づくという行動をとった。数万のパイク兵がパッシュ・オブ・パイクをすると、かなり壮観だが、まだ大分距離があるというのに、パッシュ・オブ・パイクをすると言うことは、こちらをかなり恐れているということだろう。これなら逆に相手を崩せるかもしれない。


「ラッパ手、全軍止まるように指示を出せ。その後に銃兵を重装歩兵の後ろにつかせろ。銃兵軍司令、重装軍司令、後は任せた。俺は前に出て指揮を執る」


「「えっ!?」」


2人声を揃えて、驚きの声を上げると、止める暇もなくボスは馬から降りてスタスタと兵士の波の中に消えていった。あの兵士の波に飛び込んでも、ボスを捕まえるのはのぞみ薄だろう。軍司令2人は深いため息をつきながら、主君の無事を祈るしかない。


整列している銃兵の波を潜るように通り抜け、ボスは遂に重装歩兵の鉄壁にまで到達した。ここからならば、後方よりも敵の位置や味方の被害状況がわかりやすい。銃を使うときに邪魔になるであろうと、デュランダルは置いてきてしまったが、恐らく必要ないだろう。


「銃兵、重装歩兵の大盾の隙間から銃を突き出して構えろ」


ボスの指示に従い、銃兵達は重装歩兵の持つ大盾と大盾の間から銃を突き出して構えた。銃剣が着いたドライゼ銃が大盾の間から突き出されると、まるで槍衾のようだ。これなら敵も近づきにくい上に、こちらは盾の隙間から近接攻撃が可能になる。遮蔽物の無い野原でのドライゼ銃の運用法としては原始的ではあるが、今これ以上の戦術は思いつかない。


敵との距離は500mまで狭まり、充分有効射程距離内にまで近づいている。まずは第一撃、ボスはゆっくりと腕をあげ、勢い良く下ろした。


「撃て!」


ガァァァァァァン!


銃兵が放った銃弾は、パスパスと前列にいるパイク兵達の鎧を打ち砕き、体内の肉を抉り出した。長槍の重さで元々機動力に乏しいパイク兵達は、糸の切れた人形のように崩れるように倒れていくが、敵の足は止まることはなかった。元々盾の代わりとして使っていた面もあるのであろう。まるで死んで当たり前とでも言うように、後続のパイク兵達は死んだパイク兵の死体を踏んで進んでいく。一撃で足が止まらないのであれば、更なる飽和攻撃あるのみである。


「続けて撃て! 撃ち終わった者は後続の銃兵と交代して弾薬を素早く装填し、また交代してすぐに撃つんだ!」


ボスの言葉に従い、銃兵達は間髪入れずに射撃を続け、濃密な銃弾の雨を浴びせる。よく狙わなくても必ず敵に当たると言っても過言ではない程、目の前には多くのパイク兵がズンズンとこちらとの距離を狭めていく。距離が狭くなればなるほど、銃兵の命中率は上がり、敵も並々ならぬ犠牲者が出ているはずだ。にも関わらず、敵は全く足を止めない。普通ならここら辺でドライゼ銃の恐怖に怯え、逃亡する兵士が現れてもいい頃である。もしかしたら、ボスの読みは外れていて、敵の士気は下がっていなかったのだろうか?

迫ってくる敵を目の前にしながらボスは考察するが、そんな時間は残ってはいないと、パイク兵の長槍が重装歩兵の大盾に、ガツンと当たった。遂に、敵の長槍が当たる範囲までの進軍を許してしまった。


次第に大盾に長槍が当たる音がそこらかしこに鳴り響き、重装歩兵を突き倒さんと力一杯に突き始めた。もし重装歩兵隊の一人でも倒れたら、それがドミノ倒しのように連鎖して崩れ始め、重装歩兵隊の後ろにいる銃兵達は串刺しにされてしまうだろう。そうなれば、元々数では負けていたウィルデット王国軍だ。いくらドライゼ銃があったとしても、敗走してしまうだろう。


「重装歩兵! 何とか持ちこたえてくれ! 銃兵! 重装歩兵が敵パイク兵の攻撃に耐えている間に一人でも多く撃ち殺せ! なんとしても敵を殲滅するぞ!」


ボスはウィルデット王国軍を鼓舞し、自身もドライゼ銃を手に取り、発砲した。重装歩兵隊が持ちこたえている間は、敵のパイク兵も足を止めて突く事に専念するだろう。つまり、今が全滅する瀬戸際であり、敵の数を減らす絶好のチャンスでもあるのだ。

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