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少女、忠誠

「領主様をお守りしろ!」


バタバタと大量の重装歩兵が指揮所に大量になだれ込み、メーチェルを突き飛ばし、ボスから離した。流石のメーチェルも重装歩兵のタックルには敵わなかったのか、床をゴロゴロと転がり続け、落下防止用の手すりを支える柵に勢い良くぶつかった。この間にと言わんばかりに重装歩兵はボスを囲み、鉄壁を形成した。装甲の厚い重装歩兵多数対一人、脳に傷がつかなかったとはいえ、手負いのメーチェルからしたら不利に違いないが、死にかけの生き物ほど危ないものはない。重装歩兵はボスにこれ以上被害が及ばぬようにと、メーチェルを睨みつける。


「いったぁぁぁ………うう、腕擦りむいちゃったよ……ルーくんがいれば、薬塗ってくれたのにな…」


メーチェルは腕の怪我を労わるように撫で、重装歩兵に視線を向けた。ただ見つめられているだけだというのに、どこか重苦しく不気味な紅い眼に、重装歩兵達の背中に悪寒が走り、不穏な空気か辺りに立ち込め、重装歩兵の頬を汗が流れる。


「なんで邪魔するの? そいつがお前達の主だからなの?その為だったらなんでも出来るの?

未練も何も感じないで死ぬことも出来るの?…………いいなぁ、いいなぁァァァァ!」


メーチェルは低姿勢で床を思いっきり蹴り、まるで獲物を見つけた豹のような速さで目の前の重装歩兵に近づき、硬い足鎧に守られているはずの両足が、まるで豆腐のように切断された。重装歩兵が大きな悲鳴を上げて姿勢を崩すと同時に、こんどは隣にいた重装歩兵の体が左右に別れ、まるで分厚い鎧が柩だと言うように、綺麗な断面を残して血の海を生み出した。いったいどうなっているのか確認しようと、ボスは上体を起こし、ボスを囲んでいる重装歩兵同士の隙間から除き込み、息を呑んだ。重量感ある多くの重装歩兵が、まるで為すすべもなく、鎧を切り裂かれ倒れていく光景が広がり、徐々にボスの方に近づいてくる。これが一人の人間のなせることなのだろうか。髪を振り乱し、手当たり次第重装歩兵を斬り殺しながら、メーチェルはボスを睨みつけた。


「ずるいよぉ………お前はこんなにも信頼されて、皆から頼りにされて、城に帰ったら誰かが必ず帰りを待っているんでしょ?

結婚したら祝福されて、死んだら悲しんでくれる人がいて…………私には、私には一人しかいなかったんだよ?

それが今とはなっては、一人も居なくなっちゃったんだよ? お前には一人二人殺されてもまだまだいるのに…………ぐしゅ、ずるいよぉぉぉぉぉ!」


メーチェルの心から、抑えきれなかった感情が涙となって溢れ、顔についた返り血と自らの血を洗い流すかのように、頬を伝った。ボスにはメーチェルの過去など詳しく知らない。知っているのは、非道のメーチェルと呼ばれるようになった理由ぐらいだ。その程度しかわからないボスではあるが、今のメーチェルを見れば、余程孤独で寂しい過去を過ごしてきたのがよくわかる。寂しさを紛らわす為に、戦場で残虐な行いを繰り返し、孤独である事を忘れる為に、戦いに身を投じてきたのだ。そんな荒んだ日々に現れた唯一の理解者、ルドルフの存在は、メーチェルに残虐な行いを続ける意味を失うには十分、ルドルフさえいれば、メーチェルは毎日が輝いていたのだろう。


泣き出すメーチェルに、沢山の仲間を殺された重装歩兵も、思わず攻撃の手を止めてしまった。感情の上下が不安定なメーチェルに、下手に刺激してはまずいと思ったのだろう。ジリジリとメーチェルを囲みはするが、なかなか手を出さない重装歩兵達に、ボスは立ち上がり、力強く言った。


「全軍、この指揮所から降りろ」


ボスの一言に、正気かと言わんばかりに重装歩兵達は眉間に皺をよせ、ボスに視線を向けた。前に一度主であるボスを置いていってしまった上に、今回ボスが怪我を負うのを許してしまった。今回は引き下がるわけにはいかない。だが、現状メーチェルに対抗できる者が一人もおらず、このままただ兵士を消耗するよりは、メーチェルから逃げ切ることのできたボスに任せるほうが、まだ勝機はある上に、自分達は助かる。重装歩兵達が迷っていると、ボスが怒鳴るように重装歩兵に指示を出した。


「もたもたするな! 俺の指示が聞こえんのか、さっさと指揮所から降りるんだ!」


ボスの指示に重装歩兵達は慌てて撤退を開始した。背中に傷を追っているボスを戦わせるのはいささか心配だが、下手に我々が戦うよりはいいと徐々に降りていく重装歩兵達の中、一人の兵が、ボスに剣を渡し、ご武運をと一言残して降りていった。遂にメーチェルとボスの二人きりとなった指揮所にて、最初に口火を切ったのはボスだ。


「よっぽどルーくんが大好きなんだな。お前」


「ひぐっ……………うう………大好きだよぉ……ルーくん……………」


「だが、そんなことぁ俺にとってはどうでもいいことだ。俺にとっては過去に殺した人間その一人程度にしか考えていない。それはお前もだろ?

過去に親どもに食わせた赤ん坊なんてミミズを踏みつぶす程度の印象しか残っていないんだろ、慣れちまったろ? 殺すことによ」


「すん……何がいいたいの…」


「一度人を殺した奴は、殺される覚悟と一緒に、恨みを買われて自分の大切な人を殺される覚悟をしなくちゃならねえんだよ。そんなこともわからないでザクザク人を殺しまくったお前に、悲しむ権利なんてこれっぽっちもないってことだ。それをルーくんルーくんと、お前はインコか?」


「うう…………何よぉ! 綺麗事を言うなぁぁぁぁぁ!」


メーチェルはダン!

と勢い良く踏み込み、床が少し沈んだかと思った時には、ボスに向かって刃を振り下ろし、交えた。剣と剣が交わっているというよりは、ハンマーと剣が交わっているのかと勘違いするほど、メーチェルの一撃は重く、すぐにでも腕の筋肉が悲鳴を上げてしまいそうだ。ルドルフを殺したあの夜の時のメーチェルとは比べ物にならない剣戟に、ボスは少し眉を顰めるが、決して引くことはしなかった。


メーチェルの剣を受け止めるボスの剣は、だんだんと目に見えるような傷が増えていき、耐久性が下がっているのが見てわかる。対してメーチェルの剣は、あんなに滅茶苦茶に振り回しているにも関わらず、刃の一欠片も削れることはなく、月光に照らされて神々しく輝いている。剣がメーチェルの為に作られた特注品だからか、それとも滅茶苦茶に見えるメーチェルの剣筋に、秘密が隠されているのかはわからない。だが、このままではあの時のように、ボスの剣は砕けちり、今度こそ首を取られるだろう。ボスはメーチェルの激しい剣戟から、自らの剣を気遣いながらも捌き続けた。


「うぁぁぁぁぁ!」


バキン!


メーチェルの渾身の一撃が、ボスの剣にヒビを這わせ、壊れることはなかったが、お互いの剣が食いこみ、外すことは最早不可能だろう。これを好機と判断したボスは、剣に体重をかけ、メーチェルの首に刃が食い込むように力を込めるが、メーチェルもボスと同様に体重をかけ、ボスの首に刃を這わせようとする。体格はボスの方が恵まれているにも関わらず、メーチェルは男顔負けの力強さで、ボスと互角のいい勝負を繰り広げる、が、ここで剣から不吉な音が両者の耳に聞こえた。


メキ………メキメキッ!


メーチェルの剣が、ボスの剣のヒビを広げ、ゆっくり、ゆっくりと刃をボスの首へと進み始めたのだ。それは、ボスが体重をかければかけるほど進むが、今力を抜けばメーチェルに押し切られ、首を取られてしまう。現状どうにも出来ず、徐々に首に近づいてくる刃に、ボスは寒気を感じ、冷や汗が吹き出した。


「後少し、後少しで止めが刺せる! お前の減らず口もこれまで、あの世でルーくんに詫びろ!

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


血走った目で発狂するメーチェルが更に力を込め、遂に首元にひんやりとした刃が皮膚に到達した。どんどん押し付けられ、皮膚が耐えきれなくなり、プツ、と小気味の良い音を出して裂ける音が聞こえる。このまま首の筋肉、血管、脊椎をも切り裂くだろう。もう誰にも止められない、ボスの公開首切り処刑が、始まろうとした。


ヒュー…………バキン! パラパラパラパラ………。


また、剣が砕ける音がした。遂にボスの剣が限界を迎えたのかと思えば、少し違った。ボスの持っていた剣は確かに砕けたが、メーチェルの剣も、砕けたのだ。発砲音は聞こえなかった所を見ると、銃兵ではない。では、何故剣が壊れたのか、それは、まるで十字架のように床に突き刺さっている、不気味なほど真っ黒い剣を見てわかった。自称不滅の剣、デュランダルだ。


「ほんっとうに世話が焼けるわね、貴方」


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