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少女、復讐

メーチェルは、ボスを発見するやいなや、軽く防壁のレンガを蹴ってふわりと飛び、トン、とボスの目の前に着地した。ボスとメーチェルシーの間は短剣程の距離しか空いておらず、メーチェルがその気になれば、すぐにボスの首を取ることが出来るだろう。しかし、何故がメーチェルはボスに剣を向けることはなく、ただ、ニコニコ笑っているだけだ。


「えへへへへ、お前の首をお土産に持っていったら、ルーくん喜んでくれるだろうなぁ。そしたら、ルーくん褒めてくれるかなぁ?」


「……ルーくん、生首持ってきて喜びそうな奴に見えなかったけどな」


ボスは引き攣った笑みを浮かべ、洒落にならんと乾いた笑いを零した。前に会った時と、どこか異様に違う。元々頭のネジが大分ユルユルな奴だとは思っていたが、今度はネジが吹っ飛んでいるような気さえする。これが、ルドルフを失ったメーチェル・ラングラーなのだろうか。赤ん坊を妊婦から取り出して、妊婦とその夫に食わせた話が本当なら、ここで銃兵の死体を持ってきて、ボスの口に突っ込みそうなものであるが、メーチェルの手には剣以外なにも持っていない。これは、幸いなのだろうか。


「うーん、そう言われれば確かに嫌がるかも。自分を殺した奴の首を持っていっても、ルーくん困っちゃうよね。よし、じゃあお前の死体はうちの犬にでも食わせよう!」


今度は犬の餌になるらしい。一体どんな思考回路をすれば、こんな考えが思いつくのかわからない。だが、わかることは一つある。メーチェルはどうしてもボスに惨い死を与えなければ、気が済まないということだ。その為なら、2万強の軍勢の中心にたった一人で乗り込むことだって出来る。そこまでさせる程、ルドルフとはメーチェルの中でかなり大きな存在だったのだろう。想像以上に狂っているメーチェルに、ボスは恐怖を通り越して嫌気が差し、唾を吐いた。


「ハッ!

勝手にしろ。自分の死体の結末ほどどうでもいいものはない。それこそ、死んだルーくんみたいにな。どうせお前の人形にでもなったんだろ、ルーくんの死体。俺の祖国でなら死体遺棄で捕まるぜ」


「……………誰が死体にしたんだぁぁぁぁぁぁ!」


メーチェルは勢い良くボスに向かって飛びつき、ボスの首に向けて横一直線に剣を振った。ボスはするりと躱すが、すぐにメーチェルの連撃がボスを襲う。


「ルーくんはッ! ちょっと生意気で無愛想なところがあって、でも勇気があって!

皆に見捨てられた手のつけられないメスガキの私を見捨てないでいてくれた、たった一人の大切な人なんだぁぁぁぁぁ! それを、なんで殺したぁ!

許さない、許さないィィィィィ!」


血走った目でボスを睨みつけ、ブンッブンと空を切る剣の速度は加速を続ける。ボスはただ躱しつつも後退することに精一杯だ。指揮所はそこまで広くない。後退するにも限界が来る。このまま下がり続けたら落下防止用の手すりで止まり、そこでメーチェルにまっぷたつだ。だが、ボスは時折目線をメーチェルからずらし防壁に目を向けながら、敢えて後ろに下がり続ける。現状下がるしか出来ることがないのも事実だが、それにしてもメーチェルに抵抗しようという気概を一切見せず、ただ躱しながら下がり続けるのみだ。


やがて落下防止用の手すりに手がつき、ボスは止まった。後ろを振り向けば、逃げ道はなく、飛び降りるにも地面は遥か10メートル下だ。さすがのボスも骨折してしまうかもしれない。メーチェルの左右に逃げ込むのも手ではあるが、メーチェルがそれを許してくれる気がしない。つまるところ、万事休すだ。


「くふ、くふふ。待っててねルーくん。こいつを殺したら、私もルーくんの所に逝くよ!

向こうで子供を3人作って、一緒に幸せに暮らそうね!あは、あははははははははは!!!」


剣を頭の上まで持ち上げ、メーチェルはボスを一刀両断するつもりのようだ。大口を開けて笑い、ルドルフの名前を連呼するその様はまさに狂人である。ボスの命はまさにメーチェルの手中に転がされている今、ボスは命乞いをするわけでも、失禁することもない。ただ、今注意すべきメーチェルに視線を向けることなく、左方向に見える防壁にむけて、大声を出した。


「今だ、撃て!」


ボスの指示とともに、防壁にいる一人の銃兵のドライゼ銃から、破裂音が辺りを反響し、硝煙が銃口から吹き出した。そして弾丸は、目にも止まらぬ早さでメーチェルの頭部に命中し、メーチェルは笑ったまま、指揮所の硬い床に伏した。メーチェルがボス以外に注意が行っていなかったおかげで、気付かれることなく防壁に銃兵が戻ることができ、ボスに支援射撃が出来た。銃兵に防壁に戻るように指示したのは、恐らく銃兵軍司令だろう。銃兵軍司令の機転のおかげで、ボスは命拾いすることができた。ボスは安堵し、メーチェルを撃った銃兵に手を振ると、賞賛の言葉を送った。


「いい腕だ、国に帰ったら表彰物だぞ!」


銃兵は照れるように頭を掻き、ただ嬉しそうに頷いていた。これで脅威はとりあえずの所去った。そう確信し、ボスは指揮所を去ろうとすると、ギシッと後ろから物音が聞こえ、振り向いてみると、頭から血をダラダラと流しながらも、笑顔でボスを見つめるメーチェルの姿があった。


「あ、はは。お前を殺すまでは、死ねないよぉぉぉぉ!!」


ザシュッ…ブシャッ!


「……………ウガッ!」


ボスとの距離を一気に詰め、後ろを向いていたボスの背中をメーチェルは容赦なく切りつけた。ボスの背中から心臓が鼓動を打つ度にポンプに押し出された水のように吹き出し、ボスは思わずその場に倒れ込み、苦痛の表情でメーチェルに目線を向けた。確かにあの時、銃兵の弾丸はメーチェルを貫いたはず。だが、現にメーチェルは生きている。考えられるとしたら、メーチェルの頭に入った弾丸は、頭蓋骨を割る事なく一周し、弾痕から出ていったとしか考えられない。確かに実例は幾つもあるが、こんな幸運があるだろうか。いや、ボスにとっては悪運だ。


「ぐ…………ぐぅぅ………クソ……」


「あは、あはあはあは! いい気味だね! いい気になってたら、いきなり出鼻くじかれるなんて、本当になっさけなぁぁぁぁい!」


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