表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/100

少女、奇襲

「……なんか話しているな、斥候、お前読心術は出来るか?」


草影に隠れ、ボスが尋ねると斥候は無言で頷いてテント内のルドルフとメーチェルの口元を注意深く観察した。しかし弓兵軍司令の言葉は真実であった。この斥候は的確なコージュラ皇国軍の指揮官テントを探すだけではなく、監視兵に見つかりにくい潜入ルートまで確立してしまったのだ。お陰でボスは奇襲部隊を一人も失う事もなく、ここまで到達することが出来たのだ。


「領主様、会話自体は世間話のような物ですが、両者の身元は解りました。あの色白の男はルドルフ・リーペント、女の方はメーチェル・ラングラーです。メーチェル・ラングラーはコージュラ皇国では領主、ルドルフ・リーペントはその副官です。おそらくメーチェル・ラングラーは今回引き連れてきたコージュラ皇国軍の最高指揮官です」


「わかった。弓兵、メーチェル・ラングラーとルドルフ・リーペントに狙いをつけろ。銃兵、一応弾を装填しておけ。滅多なことがない限り発砲するな。発砲音で敵にばれたら最悪だ」


ボスの指示に、弓兵は弦に矢をかけ、銃兵は薬室に弾を込めた。敵が近いので、音がならないよう細心の注意を払って作業をし、どちらの兵科も準備を完了すると、目でボスに準備完了の合図をした。ここまで順調だが、この先が重要だ。ここで失敗してしまえば手ぶらで砦に撤退することになってしまう。ボスは慎重に機会を伺い、ただじっと眺める。


メーチェルとボス率いる奇襲部隊との距離は約20メートル。決して遠くはないが、近いとも言えない微妙な距離だ。しかももし見つかったらすぐに周辺の兵が駆けつけることだろう。心無しか弓兵の手元にも、震えが走り始めている。あまり長い間待機は出来ないだろう。メーチェルがルドルフと何やら言い合いをしていがみ合っているところを見計らうと、ボスは小声で号令を出した。


「弓兵、放て」


号令とともに、弓兵の手が矢から離れ、一瞬で地を焼き尽くす雷の如く、メーチェルとルドルフの体目掛けて直進する。放たれた数多の矢の軌道は確実に二人を捉えている、ボスは殺ったと確信し、一人早く達成感を感じたが、それは一瞬で覆された。


カガガガガガガ!


「あっぶなーい」


遠巻きにメーチェルの声が聞こえ、ボスと兵士達は戦慄を覚えた。確実に殺れた、そう思った瞬間メーチェルはルドルフの目の前にあった机をひっくり返し、ルドルフを掴んで机の陰に隠れたのだ。まずい、失敗した。ボスは失敗した事実に、一瞬思考が停止し、額や背中にぶわっと吹き出すのを感じると光のような早さで現実に引き戻された。


「総員撤退だ! 急げ!」


ボスの指示に、他の兵士も我を取り戻し、その場を反転して全速力で走り出した。斥候が指定したルートならば、なんとか逃げ切れるだろう、ボスと兵士一同はそう思って一心不乱に足を動かすが、メーチェルとルドルフはそれを許してくれないようだ。ボス率いる奇襲部隊が走り出したと同時に、メーチェルとルドルフも走り出し、風を切る勢いで後を追いかけてきた。


「ルーくん! 無理して追っかけなくてもいいよ! 早く戻って他の兵士達を起こして!」


「ハァ、ハァ、ハァ、む、無理なんてしてません! メーチェル様こそ指揮官なんですから指揮所を離れては行けません! メーチェ様の方こそお戻りください!」


何やら言い合いをしているが、ボス達にはそれを聞く余裕はない。ただ追いかけてくるメーチェルとルドルフを振り切ることだけを考え、一心不乱に夜の敵地を駆けるが、なかなか二人との距離を離せないどころか、若干近づいている気すらする。ここでいっそ戦う手もあるが、ドライゼ銃の銃声で敵を引き付ける可能性もある。もし二人と戦っているうちに包囲されてしまったら万事休すだ。だがこのまま逃げてもジリ貧だ。ボスは考えられる最良の策を考え、結論を出した。


「全軍、そのまま走れ! 俺はあの二人を食い止める!」


ボスの号令に、付近にいた兵士が驚いた表情でボスに顔を向けた。余りに捨て身な作戦とも言える、驚いて当然である。ボスが二人の敵を食い止められるかはともかくとしても、仮にも主であるボスを引き残す訳にはいかない。すぐ様兵士は顔を横に振った。


「それでは領主様が………」


「俺一人ならなんとか逃げられる! 俺の心配はせず、砦まで走り続けろ!」


そう言うとボスは立ち止まり、メーチェルとルドルフの前に立ちはだかった。急に止まったボスにメーチェルとルドルフは、ボスの後ろを走り去る奇襲部隊を追うのをやめ、ボスの前に対峙した。メーチェルとルドルフは腰に剣を下げているが、ボスは奇襲を実行次第すぐに撤退することにしていたので、丸腰だ。数にも負けていれば装備でも負けているという圧倒的不利な状況での対峙、絶望的である。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………降伏するおつもりですか?」


最初に口を開いたのはルドルフだ。ボスが丸腰であることに気付いたのか、剣すら抜かず膝に手を置いてただ息を整えることに精を出している。対してメーチェルのほうは、本来警戒すべきボスに注意を向けず、息を整えるルドルフの背中を摩っている。メーチェルはボスを舐め腐っているのだろうかはわからないが、呑気な声でルドルフに話しかける。


「もうルーくん、ここまで着いてきちゃって大丈夫? 胸苦しくない? お腹痛くない? 」


「メ、メーチェル様。私の心配よりも奴が逃げ出さないか見張っていてください」


「大丈夫だよ〜。立ち止まったってことは、諦めたか私達の足止めに来たんだよ。だから逃げる心配はないよ。それより今はルーくんの方が心配だよ。ねー」


メーチェルはボスと顔を合わし、まるで友達と会話するような感覚で同意を求めた。間違いない、ボスを舐め腐っているようだ。だがそれはボスにとって好都合だ。ここで戦わずして時間が稼げるのならこれほどいい話はない。しばらくボスは二人のやり取りを見ていると、ルドルフが息を整え、項垂れていた体を起こした。


「……………ふう」


「おお、ルーくん復活!」


「茶化さないでください。それより………」


ルドルフはボスに視線を向け、剣を引き抜いた。ゆっくりとボスに近づいてきた。念の為に剣を抜いたのだろうか、構えるわけでもなく、剣の切っ先は下を向いている。拘束する為の縄を持っているわけでもなさそうなところを見ると、剣で脅して連行といった所だろう。


「抵抗しなければ危害は加えません。メーチェル様、捕虜の後ろで見張りを――――」


油断しきってルドルフがメーチェルに顔を向けた瞬間、ボスは即座にルドルフの片腕を掴み、関節をあらぬ方向に曲げた。メキィっとルドルフの腕から筋肉の悲鳴が聞こえると共に手から剣が離れ、ボスはその剣を奪い取るとルドルフのみぞおちを蹴り上げた。一応手加減はしたが、あの様子だと起き上がるには時間がかかるだろう。


「ルーく………うぅっ!」


メーチェルがルドルフの名を呼ぶ前に、ボスはメーチェルとの間合いを詰めて斬りかかった。メーチェルも反応してボスと刃を交わし、両者一歩も引かない斬り合いが始まった。


刃が交わる度に甲高い金属の擦れ合う音が鳴り響き、火花がその場を明るく照らす。遠くから見ればその光景はさぞ幻想的に見えるだろう。お互いの刃は交われば交わる度に速度を増していく。ボスの持っている剣がもしデュランダルだったら、もっと大切に使ってと文句を垂らすだろう。だが、今デュランダルは領主の館、ボスが今持っている剣は無機質の喋らないただの剣だ。ボスは今、完全に戦いに陶酔している。


「うらぁぁぁぁぁぁぁ!」


ボスの咆哮と共に放った一撃がメーチェルの剣と交わったその時、何かがピシッと音を立てて砕ける音が鳴り、何かがパラパラパラと地面に落ちる音がした。何事かと思い、ボスは剣戟の最中にも関わらず、地面に視線を落とす。目に飛び込んで来たのは、月明かりに反射する鉄の破片だ。ではメーチェルの剣が砕けたのかと思い、顔を上げようとすると、メーチェルの剣がボスを襲い、寸前でよけた。ボスはこの時、すべてを理解した。


「俺の剣かよ」


そう、砕けたのはボスの剣だ。形勢は互角から逆転、しかも相手が有利になってしまった。ボスは一旦距離をとり、メーチェルとの間に広い間合いを取った。メーチェルはそんなボスに口角を上げ、クス、クスクスと嘲笑っている。


「クスクス、あんな力一杯剣を振り回せば剣だって壊れちゃうよ。それより、ルーくんに乱暴したのはいけないねぇ。ルーくん、ただでさえ体が弱いんだから、皆でいたわってあげないとダメだよね?

なのに乱暴しちゃうなんて、お仕置きが必要だねぇ。ね? ルーくん」


メーチェルの言葉と共に、ルドルフは匍匐した状態でボスの足を掴み、絶対に逃がさんと力を込めている。どうやらボスは剣戟をしている間に移動し、気づけばルドルフの近くまで近づいてしまったらしい。不覚もいいところだ。


「抵抗しなければ……こんなことにはならなかったんです………覚悟してください」


ルドルフが苦笑して見せると、メーチェルは剣をボスに向け、串刺しにしようと猪のようにけたたましく走り出した。メーチェルはまだクス、クスクスと笑っている。そんなに人を殺すのが愉快なのか、はたから見れば不気味そのものである。いま近づいてくる確実な死に、ボスはルドルフに視線を落とし、ただ一言いった。


「手加減してやったのになぁ………」


ザクッ! ブジュルジュルジュル………。


むせ返るほどの鉄臭さと、真紅の血液が地面を染め上げた。たった今、ひとりの人間を刺した。それは間違いない事実だ。メーチェルの手元にも、何度も経験した感触は確かにあった。しかし、何故か剣が震えている。剣だけが震えているわけではない、メーチェルの手が震えているのだ。


「………ル、ルーくん……なんで……」


先程まで嘲笑っていた口角は下がり、表情は絶望に満ちている。メーチェルの目の前に映るもの、それは、自らの手で串刺しになったルドルフであった。


「ごふ…………ぁ……」


「んん? 刺さり具合が甘いな」


ボスがそう言うと、ドン! という音ともにルドルフは剣を伝って更にメーチェルの前へと突き出された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ