少女、雷撃
深夜の国境は、恐ろしいほどの静けさが支配し、先程の戦闘が嘘のようだ。今回の戦闘でウィルデット王国軍の犠牲者は約900人、多くの犠牲が出てしまったが、この調子なら砦を守りきることが出来るだろう。ボスは明日の作戦を立てるため、軍司令を招集して指揮所にて作戦会議を開いた。
「まず、今日の防衛戦は大変ご苦労だった。今回の戦闘で、敵には大打撃を与えることが出来たに違いない。だが、敵はまだ余力を残していることも事実だ。その上敵は今日の戦闘で何かしらドライゼ銃の防御策を考え出すかもしれない。故に、諸君にはこの先軍をどの様に動かすべきか、意見を聞きたい。だれか、意見はあるか?」
ボスの言葉に、一番早く提案したのは銃兵軍司令だ。なかなか早い反応に、ボスは期待を込め、銃兵軍司令を指名した。
「よし、では言ってみろ」
「はい。私の意見を述べますと、このまま砦に篭っているべきだと思います。領主様が懸念しているコージュラ皇国軍がなにか策を講じる可能性ですが、確かに否定することは出来ません。しかし、下手に砦の外に出るよりは安全策だと思います。ドライゼ銃も野原より砦から発砲するほうが実力が出ます」
銃兵軍司令の言葉に、ボスはうーむと唸った。確かに現状は銃兵軍司令の言う通り、砦に篭っていたほうが、ドライゼ銃を有効に運用できる上に、野原に出るよりも遮蔽物が多く、有利に戦うことが出来るだろう。しかし、その反面この砦から出られないと言っているような物だ。いざと言う時、この砦を脱出しなければならない時が訪れたとして、退路を敵に塞がれた場合は、悲惨な結果が待っているに違いない。可能性で話を進めるときりが無いのは事実ではあるが、考慮するに越したことはない。
「私も同じ意見です。ただでさえコージュラ皇国軍は我が軍の倍以上です。いたずらに外に繰り出して犠牲を出すよりも賢明な判断だと思います」
頷きながら賛同したのは、重装歩兵軍司令だ。元々重装甲歩兵は防衛に適した兵科だ。ドライゼ銃をもっと量産する事ができた暁には、取り潰しにする予定ではあるが現段階ではまだまだ重要な兵科に違いない。その軍司令まで賛同するのであれば、無下にするわけには行かないだろう。ボスは今まで通り、防衛に徹することで、今日の作戦会議を閉じようとした時、軽装歩兵軍司令と弓兵歩兵軍司令は、異を唱えた。
「いや、奇襲するべきでしょう」
「同意見です」
二人の発言に、銃兵軍司令と重装甲歩兵軍司令は眉をひそめた。ここで意見が二分してしまったので、とりあえずボスは軽装歩兵軍司令と弓兵軍司令の意見を聞くことにした。
「なぜ奇襲なんだ?」
「は!
今回の戦闘で、敵は少なくとも何らかのドライゼ銃対策をしてくる可能性が十分高いです。そうなれば我々は砦の防衛をする分、先の戦闘よりも困難な戦いになることは間違いありません。なので、敵がドライゼ銃対策の準備が整う前に、小規模でもいいのでゲリラ攻撃をするべきです。そうなれば、敵は懐疑心を常に働かせ、機動力は落ちることでしょう」
「ほう…………そう言えば、弓兵師団は奇襲が得意らしいな。索敵はどうなんだ?」
「はい! 我が弓兵師団は優秀な斥候がおり、敵の指揮官の正確な位置を炙り出すことが出来ます!」
弓兵軍司令の言葉に、ボスはまたうーむ、と唸った。司令官は大体が自らの部隊を褒めるものだが、もし弓兵軍司令の言うことは本当なら、これは砦を防衛する上で有効な一打を打つことが出来るだろう。敵の指揮官を討つことが出来たとしたら、敵の士気はただ下がり、軍自体が崩壊する可能性も出てくる。更に小規模な奇襲程度なら、防衛から割く人員も小規模で済むので、奇襲に賭けることは悪くないだろう。
「よし、ではその案に賭けよう。銃兵師団から20人、弓兵師団からも20人を連れていく。異論はあるか?」
ボスは軍司令達、特に重装歩兵軍司令と銃兵軍司令の顔を見渡し、異論があるか確認する。領主様がよろしいのならば、と二人とも渋い顔はするものの、そこまで兵を割くわけではないので、異論はないようだ。
「ではこれで作戦会議は終了だ。兵を門前に集合させた後、諸君らは休息を取るように。ああ、あと弓兵師団は今の内に斥候に索敵に行かせてくれ。以上」
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「ルーくん、まだ起きていたの?」
メーチェルが目を擦りながら、指揮官テントにて地図を見てコージュラ皇国に送る報告書を書いているルドルフに声をかけた。ルドルフは一瞬顔をあげ、メーチェルの顔を確認すると、なにか言うわけでもなくまた視線を書類に落とし、無視の方向に出たようだ。素っ気ない態度のルドルフに、メーチェルはムッと顔を顰め、ルドルフの顔をつねった。
「いたッ、何するんですか!」
「ルーくん無視することないじゃん! こんばんはも言えないのはこの口かー!」
ルドルフはメーチェルの手を振り解き、めんどくさそうにメーチェルと顔を合わせた。ルドルフの顔には濃い隈が目の下にのっぺりと浮き上がり、これまでの疲労が見て取れる。ルドルフは軍人ではあるが体は貧弱である。副官になる前はよく倒れ、共に戦った仲間に助けてもらったものである。そんな貧弱なルドルフが、メーチェルは心配なのである。
「ルーくん、こんな夜更けまでお仕事していたら、また倒れちゃうよ? ルーくんはびっくりするほど体が弱いんだから、そんなの部下に任しちゃえばいいじゃん」
「余計なお世話です。自分の仕事位できます」
「うー。なんか最近ルーくん生意気。なんでそんなツンケンしているの?」




