少女、瓦解
最初に発砲したのは何時だろうか、気付けば空は赤く焼け、太陽は地平線に沈もうとしている 。やがて夜が到来するのは時間の問題なのは言
うまでもないが、未だに戦闘は続いていた。コ ージュラ皇国軍を防壁付近まで近づけるのを許してしまったが、防壁の上から銃弾と矢の雨を
降らし、なんとか防壁を突破させんと必死の攻防戦を繰り広げている。最初は指揮所で全体に命令を発令していたボスだが、敵が壁に張り付
いた時点で指揮権を各軍司令に委任し、ボス自ら防壁の上から、銃兵100人を引き抜いて、陣頭指揮を執っていた。
「敵も疲れている! 姿勢を低くして間髪入れずに発砲し続ければ、こちらの被害を少なくしつつ効率的に敵を狙撃出来る、ここが勝負どころだ!」
銃兵を鼓舞しながら、ボス自身もドライゼ銃を握り、壁に手を掛ける敵兵に精密射撃を食らわせているが、もうコージュラ皇国軍も混乱は起
こさないようだ。恐らく朝から銃声を聞き続け 、慣れてしまい、更に厄介なのは死んだ軽装歩兵の盾を拾い、二重にして防御する兵士だ。盾
を二重にされると、10発撃ち込んだとして、2 発防がれてしまう事案が発生してしまい、これがなかなかてこずらせてくれるのだ。
「領主様! 敵の攻城櫓が西側の壁に張り付き、 そこから防壁に敵が流れ込んでいます! 今は食い止めていますが、量が多いです!」
飛んでくる敵の矢をもろともぜす、伝令兵がボスのそばによって報告をしに来た。攻城櫓は確かに恐れてはいたが、もう来たのかとボスは舌
打ちすると、何時か使うだろうとここに来る時に持ってきたある物資を使うことにした。
「よし、なら樽を使え! 大量に持ってきた筈だ!」
「た、樽ですか?」
「そうだ、あの樽はタールが染み込んでいる。 樽を攻城櫓に投げ込み、火を放て!」
「了解しました!」
そう言うと、伝令兵は西側の防壁へ向け、突っ走っていった。数分後、西側城壁から真っ黒な 煙がモクモクと立ち上るのを確認することが出
来た。どうやら火をつけることに成功したらしい。西側防壁はしばらく大丈夫だろう。
ぼぉ〜ぼぉ〜
どこからともなく、角笛の重低音が鳴り響き、 戦場のけたたましい怒号をかき消していく。ボスは何事かと思い、一旦ドライゼ銃を下げて周
りの様子を見ると、コージュラ皇国軍が後方へ と退却しているのを目にした。ボスの周りのコージュラ皇国軍だけでなく、どうやらコージュ
ラ皇国軍全体が退却しているようだ。恐らくあの角笛の音は退却の合図らしく、ぞろぞろとコ ージュラ皇国軍が引いて行く。
「て、敵が引いていくぞ! 我々の勝利だ!」
一人の銃兵が、引いていくコージュラ皇国軍に 、立ち上がって興奮気味に叫んだ。すると、他の兵士も徐々に立ち上がり、自らが手にした勝
利に、皆歓喜の渦に巻き込まれていった。考えられるだろうか、自軍の倍以上の軍勢をたった 一日ではあるが、退けることが出来たのだ。ド
ライゼ銃の存在は確かに大きいが、それを考えても、この勝利は偉大な勝利だ。まるでこれか らもウィルデット王国の勝利を暗示しているよ
うに兵士達は感じているだろう。
「いつでもかかってこいコージュラ皇国! 例え 神の巨神兵を連れてきたとしても、必ず討ち取って見せよう!」 ――――――――――――――――――――――
「………惨敗、ですね」
ルドルフは、退却して帰ってきた部隊を見て呟 いた。日が沈みこれ以上の戦闘は無意味と判断 したメーチェルによる指示ではあるが、ルドル
フからしてみれば、遅すぎる判断だ。こうなる ことは解っていたにも関わらず、なぜもっと早 く退却の指示を出さなかったのか、メーチェル
に対する不信感は募るばかりだ。対するメーチ ェルは、手負いの兵士を当然の犠牲と見ている のか、なんとでもなさそうな表情で退却する兵
士をただじっと見ているだけであった。
「メーチェル様、どのくらい犠牲が出たのです か?」
「ん〜? 多分4千くらいじゃない? 殆どはあの 兵器にやられたみたいだよ。まあ、最初はこん なもんかな」
「…………ッ! だから言ったじゃないですか! あ の時私の忠告を聞いておけば、ここまで犠牲が 出ることはなかったんですよ!
この責任どのように負うつもりですか!」
ルドルフはメーチェルの能天気な様子に、つい 怒鳴りつけるように抗議した。初戦で4千もの 犠牲、これはとんでもない大損害だ。この調子
で行くと明日には犠牲者が1万人を超えてしま うかもしれない。そんなことは素人だってわか ることにも関わらず、メーチェルは決して今の
今まで撤退をさせなかった。それがルドルフに は許せないことだったのだ。しかし、メーチェ ルは悪びれる様子すら見せず、うるさそうに耳
を塞ぎ、逆にルドルフを一喝した。
「う〜、ルーくんうるさい! 4千ぐらいの犠牲でビビってちゃ大勢は為せな いぞ。大体いつ撤退させたって結果はかわらな
いよ、結局いつかは出撃しなきゃいけなかった んだからさ。たまたま今日幾日分の犠牲者が出 ただけ、それだけあの兵器は強力なんだよ。む
しろ、あの兵器に勝つにはあれだけの犠牲を覚 悟しなきゃ、勝てないってことだよ。それに、 私だって今日だけであの砦を落とすつもりなん
てないよ。今日は強行偵察だよ」
「きょ、強行偵察ですか?」
強行偵察、それは戦闘部隊を敵地に送り、戦闘 しながら敵の士気、武装、そして規模等を詳し く調べることを目的とした偵察だ。だが、強行
偵察なら尚のこと4千もの犠牲を出す必要はな いはずだ。
「強行偵察で部隊が全滅したらわけないじゃな いですか! 強行偵察なら、もっと少数で挑発程 度の攻撃で十分でしょ!」
「ルーくん文句多い! 私だってそうするつもり だったよ! その為に道中拉致ったエルフを使っ て王国軍誘き出そうとしたでしょ!
でも、あれだけじゃ得られる情報が少なかった の!」
はぁ、はぁ、とお互い息せきを切り、埒の明か ない言い合いに疲れ始めていた。少し落ち着い てきたルドルフは、自身の今までの発言に、メ
ーチェルからなにか罰則を与えられるのではな いかと漠然とした恐怖を感じ、少し後悔する。
「………生意気なことをいってすみませんでした 。少し、頭を冷やしてきます」
「……どこ行くの?」
「へ、兵舎です」
そう言って歩いていくルドルフの背中を、メー チェルはなぜ言葉をつまらせたのか疑問に思い ながら見ていると、ピキーンと脳裏に過ぎり、
慌ててルドルフを引き止めた。
「だ、だだだだめー! ルーくんエルフ共のテント行くつもりでしょ! ルーくん不潔!」
「べ、別にそんないやらしいことしませんよ! 」
「嘘! 他の兵士はやってるもん! ルーくん病気貰っちゃうよ!」
「貰いませんよ! 余計なお世話です!」
そう言うと、ルドルフはメーチェルの忠告を無視し、ずかずかと捕まえたエルフのテントに向けて歩き出した。行軍中にあのエルフの一行を捕まえたのは実に運がいい。兵の士気と英気を養うには従軍慰安婦が必要不可欠だ。だが、メーチェルはこの従軍慰安婦を快く思っておらず、従軍慰安婦を雇っていなかったのだ。これではコージュラ皇国内の村を襲いかねないという危機的状況に現れたのがエルフ一行だ。エルフの男は強行偵察に、エルフの女は慰安婦にと、いろいろ使い道がある。実に幸運だ。
だが、あまりやり過ぎるとメーチェルの言っていた通り、病気が蔓延する。そのケアをする為に、ルドルフはエルフのテントに向かうのだ。
「お疲れ様でした。さあ、このお薬を飲んでください。食事も用意していますよ」
テントで、事後の様子のエルフ達に粉薬とパンを1人一つずつ置いていく。どのエルフも目が死んでおり、まるで水槽の魚のようだ。こんなことをしているとメーチェルになにか言われそうだが、このケアが大切なのだ。




