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少女、非道

敵兵は真剣に降伏を嘆願するが、だからといってこちらもほいほい降伏するわけにはいかない。敵兵の話は聞くが、決して武器を手放すことがない銃兵達は、指示を伺うようにボスに顔を向けた。少しボスは思案し、思い立ったように銃兵からドライゼ銃を取ると、敵兵に向けて銃口を向けた。


「お前の身に何があったのか知らんが、そんな理由でこちらも降伏するわけにはいかない。降伏させたかったら武力で答えたらどうだ?」


引き金に指をかけ、いつでも発砲できる状態でボスは敵兵を睨みつける。対する敵兵も持っている鎌を握り締め、覚悟を決めようとしている。敵兵との距離は200m、ドライゼ銃の有効射程距離に充分入っている。木の板の防具なら簡単に貫通するだろう。もしここの銃兵全員が発砲したら虐殺もいいところだ。だが、ここで発砲すればコージュラ皇国と再び戦火を交えることになる。もしかしたらその口実にこの敵兵達は送られてきたのかもしれない。ボスも解っているが、一度向けた銃口を下げることはできない。そんな危機的状況に、周りの兵も息を飲み、見守るのみだ。


「父さん!」


突然の声に思わずボスも兵も後ろを振り向くと、ノエがいつの間にか防壁を登って後ろに立っていた。すぐに近くの銃兵が退去させようとノエを抱きかかえようとするが、するりとノエは銃兵を躱し、土塁に身を乗り出す勢いで境界線にいる敵兵を除き込んだ。父さんと言う言葉に、ボスは注意深く敵兵を観察すると、確かにエルフ族の特徴とも言える長い耳があるではないか。ボスが一人驚いていると敵兵もノエに気づき、カタタと板切れの鎧を揺らした。


「ノ、ノエ! 逃げ切ることが出来たのか!」


「父さん! 母さんは無事なの?カーミラは?」


ノエの問に、敵兵は少し口篭る。先程敵兵が言っていたことを考えると、少なくとも自由に動ける環境にいないはずだ。ボスも一度銃口を下げ、ほかの銃兵にも銃口を下げるように命令を下した。


「………母さんとカーミラは、今コージュラ皇国軍に捕まっているよ。父さん達は、一度コージュラ皇国軍に捕まった後、すぐに奴隷商人に売却される所だったんだ。なんとかそれだけは避けてもらうように交渉したら、コージュラ皇国軍の士官が条件をだしてね。国境沿いの王国軍基地を潰すことが出来たら、目をつぶってやるってね。そんなことは出来ないって言ったが、それなら奴隷商人に売り飛ばすだけだって言うから、どうにもならなくなってね。この鎧ともいえない木の板を繋げた鎧に、錆びた農具を渡されて突撃さ…………」


敵兵は力なくぶらりと腕を下げ、諦めたように笑って見せ、ほかの敵兵も肩を落としている。どうやらほかの敵兵も似たような状況に追い込まれているようだ。コージュラ皇国軍とてエルフを兵士にしなければならないほど困窮している様には思えない。となると、遊び感覚でそんな条件を出したに違いないだろう。同情するつもりはないが、酒の一杯ぐらいは恵んでやりたい所だ。


「なあ、だから降伏してくれないか? 私の妻と娘を助けると思って…頼む」


視線をノエからボスに移し、再び降伏を促した。だが、ボスの考えは一切変わらない。ボスは再び銃口を敵兵に向けた。


「断る。何度も言わせるな、こっちだって多くの領民の生活を預かっているんだ。お前達の妻子の命を救うために多数の犠牲を出すわけにはいかない。むしろ、お前達が降伏すればいい。そうすればお前達の命は助けることができる」


「それじゃダメなんだ!

今もコージュラ皇国軍が私達を監視している、もし私達が裏切ったら私の妻と娘は奴隷商人に売られてしまう。もう、私達には後ろがないんだよ!」


どうやら、これ以上話し合っても平行線になってしまうらしい。コージュラ皇国軍が監視していると言うことは、ボスの読み通り再び戦火を交える口実として使う腹の可能性も非常に高い。しかし、だからと言っても相手も引く気は毛頭もないと言うのだ、もう、行くところに行くしかないのだろう。


ボスは再びドライゼ銃を握り直し、的を敵兵に向けて絞り、王会議で貴族達に見せつけたあの時のように、呼吸を整え、躊躇うことなく引き金に指をかけ、引き切ろうとしたその時、銃口は思わぬ方向を向いた。


「父さん、逃げて!」


ノエは本能で本来知るはずのないドライゼ銃の脅威を察したのか、ボスのドライゼ銃の銃身を掴み、狙わせないように妨害をしたのだ。ボスは足を使ってノエを引き剥がそうとするが、いくら振り切ろうとしてもノエは手を銃身から離すことなく、しぶとくつかみ続ける。もしなにかの拍子で爆発してしまったら、この場にいる兵士にも被害が及んでしまう。急いで剥がそうとノエを踏みつけ、ドライゼ銃を引っ張った時、カチッと音が鳴った。


バァァァァン!


ドライゼ銃の銃口から噴煙が吹き出し、なんとも言えない火薬臭が辺りに広がった。噴煙が目に染みて、つい目をつぶってしまったボスは、目をこすり、ゆっくりと目を開いていくと、胸部に弾痕を残し、ぐったりとしたノエがそこに横たわっていた。


「…………ノエ?」


一連の騒ぎを、位置関係上確認することが出来なかった敵兵は、呆然と息子の名前を呟き、どうなったのか解らず、ただ立ち尽くすしていたが、ボスが抱き抱えて見えた、腕を力なくダラリとぶら下げている息子の姿に、敵兵は全てを理解した。息子が自分をかばったばっかりに、息子は死んでしまった。その事実が、敵兵の胸を締め付けると同時に、殺意を呼び起こすには充分であった。


「貴様…………………貴様ぁぁぁぁぁぁ!」


狂ったように敵兵はただ一人走り、防壁にむけて突撃を敢行した。敵兵から防壁までの距離はたった200mしかないのだ、全力失踪すれば24秒で防壁に到着するだろう。だが、それは銃兵が一斉射撃するには充分すぎる時間だ。ボスは右腕をゆっくり上げると、ただ一言命令を下した。


「撃て」


ズガァァァァァァァン!


指示と同時に、けたたましい轟音と硝煙が、防壁一体を支配した。オーバーキルも甚だしい。硝煙が晴れるころには、先程まで立っていた敵兵、40人の屍が散乱していたのだ。銃声の余韻が過ぎ去ると、境界線のさらに奥の方から待ってましたと言わんばかりに、コージュラ皇国軍が、大軍を率いて現れたのである。


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