少女、卑劣
「ぐぁぁぁぁッ!…ううう…」
寝具の上で胸元を抑え、苦しむボスに、ボスの 寝室に、マリーとデュランダルが二人交代で看 病をしている。部屋の外には、魔女とアルシー
が二人でボスがどのようにしたら回復するか、 また、なぜボスが倒れてしまったのかを話し合 い、今現在、光の騎士教団から貰ったワインに
何かしらの毒が入っていたのではないか、まで 話は進んでいる。
「………魔女さん、魔法とかで解毒することは出 来ないんですか?」
「うん。やろうとは思ったんだけど、毒一つに 解毒魔法一つだがらね。ある程度の解毒魔法は 覚えたつもりなんだけど、私の覚えた解毒魔法
はどれも効かなかったから、もしかしたら光の 騎士教団で作った秘伝の毒なのかも…………」
二人で頭を悩ませるも、答えは一切見つから ず、頭を抱え、悩み続けるばかり。しかしそれは魔女とアルシーだけではない。マリーとデュ
ランダルもまた、看病をしながら二人で頭を悩 ませているのだ。
「エルフ族に伝わる薬草は全部試した。それら全て効かないとなると、これは只ならない毒を 盛られたんだな、ルセイン」
「………ごめんなさい。私がワインを欲しがらなければ、こんなことに……」
「………普段なら、あんたを責める所だが、今回はあんたに落ち度はない。仕方なかったんだ」
マリーはそう告げると、再びボスの方に顔を向 けた。先程よりも様態は良くなっているが、胸
を抑えている所をみると、肺が痛いのだろうか、それとも心臓が痛いのだろうか。マリーは 医者ではない故、ボスの症状から、どんな毒を
盛られたか、一切わからない。それが不安をど んどん煽り、心は削られる一方だ。
「ん〜?領主様、どうしたの?」
扉を開け、呑気な声で入ってきたのはアリサ だった。場違いな雰囲気を醸し出すアリサに、
マリーもデュランダルも一言言おうと思ったが、ここで大声を張り上げればボスの体に障る。ここはぐっと飲み込んでマリーがボスの様 態を説明した。
「ルセインは光の騎士教団に毒を盛られてな。 見ての通り、何が起きてもおかしくない現状 だ」
「そっかぁ…………だから、外に教団の服装をし た人達が屋敷を囲んでいるんだね」
アリサの言葉に、青ざめたマリーとデュランダ ルは恐る恐る窓から覗くと、マナのような派手 な服ではなく、真っ黒なロープを羽織り、大鎌
を持って領主の館の鉄柵のすぐ外でぐるりと包 囲をし、こちらの出方を見ているようだ。この館にいる兵力は精々30人、対して光の騎士教団
の兵力は70人程。こちらはドライゼ銃を標準装 備しているが、運用、及び戦術はボスと一部将
官しか知らない。つまり、この館にまともに戦える兵力はいないという絶体絶命の危機に貧し ているわけである。
ドン!と乱暴に扉がまた開き、何事かと一同振り向くと、門番が血相をかいて報告をした。
「領主様!外の光の騎士教団が、人質1人と、ド ライゼ銃を全て寄越せ、さすれば解毒薬を渡す と言っています!」
門番の報告に、病床に伏しているボスが一番の
反応を見せた。ドライゼ銃は言うなれば、ルセイン領の最高機密であり生命線。このドライゼ銃を渡すということは、光の騎士教団に多大な
発言力を与え、他の貴族を隷属させる力を与え てしまう。ワインに毒を盛るような教団のする ことだ、己の私利私欲の赴くままに行動するに
違いない。それだけはなんとしても阻止せねば ならない。
「だ…………だめだ。交渉には応じるな………」
先程からずっとうめき声を上げていたボスが、 体を起こし、決死の覚悟で交渉拒否を指示し た。突然のことに、マリーとデュランダルは口
が動かず、代わりに門番が口を開いた。
「し、しかし、それでは領主様が死んでしまいます!」
「ま、まだ、死ぬかわからん……。最悪の場合、 この場を切り抜け、軍を編成して光の騎士教団 を叩き潰すのみだ」
威勢のいい言葉でボスは気丈に振舞うが、そん な余裕はだれが見てもあるようには見えない。 ボスの言うこともあまり現実的ではない点か
ら、思考回路もあまりまともじゃないことがわかる。
「………ルセイン、命には変えられないわよ。ここは相手の要求を飲むしかないわ」
「ゴホッ………バカを言うなデュランダル。ここで要求を飲んだら、相手の思う壺だ。ここで踏
ん張りさえすれば、我々は大義名分を得て、光の騎士教団を公式で裁くことができる………。俺
の発言力なら、他の貴族も味方するだろう。そうなれば、光の騎士教団を解体し、更なる地位 向上も見込めるはずッ」
バシン!
デュランダルの平手打ちが、部屋全体に響き渡った。病床のボスになにをするかと、番兵はデュランダルを拘束しようとしたが、マリーに静止され、その場に踏みとどまった。
「何よそれ…………。貴方、今死ぬか生きるかな のよ!そんなに名誉が大事なの!?」
「っ………………そもそも、ワインを飲んだのは俺 個人の責任だ。いつもどおり味が解ったら、毒 だって区別できた。だが、無用心にも俺は飲ん
じまった。どこかで俺はけじめをつけなきゃならないんだ。それが今だ!ここで屈してしまう わけにはいかない!」
「それで死んじゃったら元も子もないじゃない!生きてさえいればチャンスだって降ってくるし、負けることは恥ずかしいことじゃない わ!」
「チャンスは降ってこねえし、負けたらそれまでなんだよ…………。デュランダル、解ってくれ、お前にはくだらない意地にしか思えないか
もしれないが、これは今後に関わる重大な分岐 点なんだ。一度回ったルーレットは止まらな い、後は座して天啓を待つのみ、だろ?今は、
先に動いた奴が負けるんだよ」
「それは動く勇気がないだけでしょ!貴方が動 くつもりないのなら、私が動く!」
そう言うと、デュランダルは番兵からドライゼ 銃をもぎ取るように奪うと、そのまま部屋の外 に出ていってしまった。ボスはデュランダルの
後を追いかけようとしたが、体に自由が効か ず、寝具から落ち、無様に床を這う虫のよう に、のたうち回ることしか出来なかった。
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「フハハハハハ! 見たか諸君、これでルセインは私の、ひいては光の騎士教団の下僕となるのは明確であろう! 」
高笑いの止まらないアルダーナー枢機卿に、幹部達は正気かと言わんばかりに白い目を向けている。これでは光の騎士教団の経歴の為ならばいかなる手段もとらない、と他の貴族に言っているようなものであるが、もしこのままアルダーナー枢機卿の思惑通りにいってしまえば、力をつけた光の騎士教団を自らの所有物のように扱い、最悪の場合は国王の声すら届かない暴れ牛になってしまう。幹部達やメルルはそれを一番懸念し、恐れている。
「アルダーナー枢機卿、他の貴族にはなんと説明するつもりなのか! 今回のことは、どこのだれが見ても光の騎士教団の計画した事件だとバレてしまうぞ!
そのことを理解しているのか!」
メルルが青筋を浮かべ、アルダーナー枢機卿に非難の声を浴びせるが、アルダーナー枢機卿は聞く耳を持たずといった様子で、笑いながら答えた。
「ククククク、メルルよ。貴様焦っておるな、私にあんな啖呵をきった手前、処罰されるのを恐れておるのだな?
安心するがいいメルルよ、貴様の発言の全てを許してやろう。ただし、その時には光の騎士教団から消えてもらうがなぁ!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
もうダメだ。この場にいる幹部達やメルルはそう脳裏に思い浮かべた。器の小さな人間が、器以上の物を手に入れてしまうとからなず狂ってしまう。この男は、ウィルデット王国を滅亡に追い込むだろうと、誰もが思ったとき、一人の伝令がアルダーナー枢機卿に、悪魔の報告を告げた。
「アルダーナー様! ルセイン領から人質とドライゼ銃が来ました!」




