少女、王会議
「皆、今回の王会議の議題はいつもの報告ではなく、ルセイン殿から何か話したいことがあるそうだ。ではルセイン殿、話してくれ」
ウィルデット国王の言葉にボスは頷き、貴族たちの視線を集めながらゆっくりと歩いてウィルデット国王のとなりに立った。ここからだとウィルデット国王と同じ視点で周りが良く見える。貴族達は何を言い出すのかと内心気が気ではない、と言わんばかりの表情をしているが、これから感じるに恐らくエルフ奴隷で儲かっている貴族達はボスの想像以上にいると言うことだろう。
「皆さん、まずは私の話に耳を傾けて頂けることに、心より感謝いたします。さて、本題を話しますと私は今、この場を借りて皆さんにエルフ奴隷について一つ提案があります」
ボスの言葉に、やはりか、と溜息を零す貴族が後を絶えない。想定の範囲内ではあるが、やはりボスの提案に賛同をするものはこの場にあまりいないらしい。だがボスとしても、自らの首がかかっていると言っても過言ではない。ボスはざわつく会場でありながら、気にすることなく話を進めた。
「皆さんが言いたいことはよくわかります。この中にはエルフ奴隷だけで切り盛りしている領主もいるでしょう。しかし、私のように軌道にさえ乗れば、エルフ奴隷の売買よりも多くの稼ぎが手に入ります、さらに………」
「ちょっと、よろしいかね」
落ち着いた様子の小太りな初老の男が、手を挙げてボスの話を遮った。ここで丁寧に手を挙げて質問する者が現れるとはいい流れだろう。ボスはどうぞ、と頷いた。
「君の噂は聞いているよ、エルフ奴隷を解放して市民権を与え、一部の地域では自治権や商業すら許したようだね。それにより君は結果的に多額の税収を得ることに成功した。だが、それは今だけではないのかね?
金を手に入れた卑しいエルフ達がいつか我が国を手に入れんと反乱を起こそうと企てるのでは?
もし、そんなことが起きてしまったら、我らが王への弊害が生じるだろう。それについて何か考えはあるのかね?」
初老の男は腕を組み、ボスを試すような目で見つめ、返答待ちのようだ。反乱の心配をするのは貴方が反乱が起きるような扱いをしたからでは?
とボスは口に出しそうになったが、ここは静める。この世界には恐らく共和制なんて制度はおろか、概念すらない。故にエルフ奴隷、解放なんてもっての外であるのだろう。偉い立場になるということは、心労が増えることを指すのだ。
「なるほど、確かに反乱が起きたら王の顔に泥を塗るような物。しかし、それは簡単に解決する問題だと思いますよ?」
「ほお、言うではないか。では如何にして解決するのかな?」
相変わらず挑戦口調な初老の男に、ボスは優しくニンマリと微笑んだ。もしここに元いた世界の部下が見たとしたら、気色悪がり、今日は槍が降ると言い出すに違いない。それだけボスには似合わない笑みを浮かべながら、ゆっくり、しかし力強い声で言った。
「謝罪です。それも誠意を込めた謝罪です」
貴様、本気で言っているのか!
奴隷共に我々が頭を下げるだと?そんなことが許されるものか!我々は王より位を授かり、政を司りし者だ!奴隷共に下げる頭などないわ!
会場は先程までの静けさから一変、市場の商人のような大きな非難の声が上がった。貴族としてのプライドが邪魔するのか、ただ頭を下げる簡単な仕事が出来ない。これは貴族として以前に、為政者としてあるまじき事態といっても過言ではない。ボスは眉間に手を添えてただただ呆れるしかなかった。
「皆さん! 静かに!!!」
初老の男の一言で、罵声を浴びせる貴族達を一蹴した。初老の男は周りが静まり返ったのを見計らうと、ボスにどうぞ話の続きを、とでも言うように手を差し出した。ボスは頷き、気を取直して話を続ける。
「皆さん、貴族として確かにエルフ奴隷に頭を下げるのは少々癪に障るかもしれません。しかし、エルフから恩恵を貰うには、エルフにも我々と同等の舞台に立ってもらわないといけません。そこまでの間に、エルフと我々の間に多少の摩擦が生まれてしまうのは避けれられないでしょう。事実、私は今のエルフとの良好な関係に発展するまでに、一度エルフに切られています。しかしその甲斐あって今のような恩恵を受けることが出来たのです。そして、この恩恵は行く行くは王の恩恵ともなります。王の下僕たる貴族ならば、王の為に一時の恥に躊躇うとは言語道断です。それになにより……我々はこれ以上敵を増やしてはならない危機的状況である事をお忘れではありませんか?」
ボスの問に、初老の男を含めた帰属一同、一瞬首を傾げ、ボスの言うことの意図を汲み取ろうと考え、一瞬で気付いた。当然だ、今までずっとその国とのいざこざに悩まされてきたのだ。もし気付くことが出来ないのであれば、自分は本当にどうしようもない無能貴族と言っているようなものである。
「そう、コージュラ皇国です。今現在、私の領土の一部はコージュラ皇国に実効支配されています。今はその程度に収まっていますが、いつ再度侵攻してくるかわかりません。しかも、今現在我々に味方してくれるような盟友とも呼べる国すらないのです。そんな現状でやるべきことは、味方を増やすことにあります。そこにエルフ奴隷解放です。私のようにエルフとの間に和平を結ぶのです。もし、この場にいるウィルデット王国貴族がエルフ奴隷の解放をしたのならば、世界で最初のエルフ族を国民として初めて認めた国家となるでしょう。そうなればコージュラ皇国にもいるであろうエルフ奴隷や息を潜めているエルフ族が協力者になってくれるはずです。そうなれば、我々はこのコージュラ皇国との間で起きているいざこざに終止符を打つ決定打を手に入れることに繋がるかもしれないのです。その一つがこれです」
そう言ってボスはこの会場まで大切に持ち運んだ【ある物】を、テーブルに並べられた料理をどかし、ゴトリと音を立てておいて見せた。机の上に置かれた【ある物】を、貴族達はゆっくりと近づき、まじまじと見つめる。【ある物】は布に包まれており、どんな物かはわからないが、形状はまるで杖のように細長く、ロングソードよりも太く厚みがあった。初老の男はボスに一度【ある物】に指をさし、布を解いていいか問い、ボスは頷いた。
初老の男は、意を決し、丁寧に包まれている【ある物】を、ゆっくり、ゆっくりと布を取った。
「………これは、なんだ?」
初老の男が、眉にしわを寄せて訝しげにボスに尋ねると、ボスは微笑を浮かべ、質問に答えた。
「それはドライゼ銃という兵器です。仕組みは簡単、紙薬莢を薬室に詰め込み、引き金を引くことにより撃針が紙薬莢を貫き、紙薬莢に内装された雷管が起爆剤となって爆発、その圧力でドングリ状の弾丸を撃ち出すことができます。重さは約4.3キロと弓矢よりは重いですが、代わりにこの紙薬莢はコンパクトなので、矢のようにかさばる事はありません。その上最大射程距離は600m、一分間に最大12発と従来の兵器とは一線を超えます。どうです?解っていただけますか?」
ボスはわかり易く説明したつもりではあるが、貴族達はチンプンカンプンだったようで、まるで言葉が通じない外国に単身赴任してきたサラリーマンのようだ。だが、当然の反応であろう。それだけこの世界から見て、ドライゼ銃は先進的過ぎるのだ。
「………机上の空論より実績です。では、今からドライゼ銃の威力を見せましょう」
そう言うとボスはドライゼ銃を手に取り、ポケットから紙薬莢を取り出し、薬室に詰め込んでボルトハンドルを起こし、何かいい的になる物はないかと辺りをキョロキョロする。するとおあつらえ向きに果物の盛り合わせを発見し、天辺にそびえ立つ林檎に向けて照準を定め、息を整える。
バァァァァァァン!!!
会場に爆音が響き、貴族達は同時に耳に響く耳鳴りに苦痛の表情を浮かべた。最初に耳鳴りから解放されたのは初老の男であった。初老の男は口をパクパクして耳の調子を取り戻すと、ボスの狙った林檎を見てギョッとした。
「こ、木っ端微塵だと………?」
「弓矢では有り得ない威力でしょう?
これがエルフ族からの恩恵です。幸いにも私の領土のエルフ族はこれだけの武器を作る技術はあっても、武器にしようという発想はたった一人のエルフしか持っておりませんでした。つまり、あなた方貴族の皆さんに豊かな発想があるのなら、これ以上の兵器を作れるでしょう」




