少女、烈火の新商品
アリサが今にも小踊りしそうなほど喜んでいるのを尻目に、ボスは眉にしわを寄せた。異臭騒ぎの抗議をしようと乗り込んだら丁度何かが完成したらしい。作るのは勝手ではあるが、女中すら入れないわゴミは片付けないわと問題ばかり起こすの如何か、と言おうとアリサに背後から近づくと、机の上にゴロリと転がっている【ある物】に、ボスは息を呑んだ。
「……………お前、こんなもんどうやって開発した?」
ボスはアリサの開発した【ある物】を訝しげに見つめ、質問する。ボスの予定ではその【ある物】はルセイン領内で独自開発をして、その手伝いをアリサに手伝ってもらう予定だった。しかしアリサが先に開発してしまったのでその予定は大きく先に進んでしまった。そんなことは知らず、アリサは達成感と満足感に満ちた表情で自慢たらしくボスに語り始めた。
「ふふん、これを一目見て価値がわかるなんて、貴方も人が悪いね〜。でも、一目見てわかるってことは、貴方はこれが欲しかったってことだよね?」
「質問を答えていないぞ、お前は何からこれを作ろうと思ったんだ?」
ボスの問いに、アリサは口を噤み、変わりにボスに笑みを浮かべた。そんな様子のアリサに、ボスは【ある物】を開発すると言うことがどういうことかわかっているのか、とボスは若干の苛立ちと焦りを覚える。別にアリサが【ある物】をボスの予定より早く作ったことは問題ではない。問題なのは、ボスが考えていたよりも【ある物】はこの世界には不釣り合いなくらいに先進的なのだ。こんな物を作るとは、天才なのか、それとも異常か…………。
「……アポライト神殿の地下室は見たよね?」
「………ああ、見たとも。あそこにある物は全部お前が作ったらしいな」
「なら分かるはずだよ、あそこにある物の幾つかを使えば、これくらい簡単に作れるさ。そう、こんないい物がね………」
いい物か…………ボスは呟きながら机の上に転がっている【ある物】に目を向けた。確かにボスから見ればいい物である。しかしあのアーシャ女王から見れば必要ない物に分類されてしまうのだろう。アリサはどこか悔しそうな表情で話を続けた。
「硝酸カリウムがあれば、この包みを作ることが出来るし、設計図を書いて鉄火場の職人に見せれば、鋳造して試作品をこうして渡してくれたんだよ。でも、アーシャ女王はいらないといったんだよ?惜しいよね、これがあれば奴隷解放なんて簡単なのにね」
「………あの女王様はあまり戦争が好きそうじゃないからな。 これの価値を見いだせないのも無理はないだろ」
「………そうかもね。でも、貴方はどうかな?」
アリサは顔を除き込むようにボスに目を向けた。まるでボスに対して何かを期待しているような眼差しだ。何かを試されていることをボスは察すると、ボスは【ある物】を手に取り、マジマジと見つめ、ニヤリ、とボスは笑った。
「俺なら、間違っても没にすることはないな。アリサ、こいつは1日にどのくらい生産出来るんだ?」
「そうだね、ここの職人は腕がいいから、1日50はいけると思うよ」
「ほう、よろしい。これは月末の会議にでも使わせてもらおう……………ところでアリサよ」
「ん?」
「この部屋を片付けろ、女中に頼らず自力でやるんだ」
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時は早く過ぎ去り、遂に月末の王会議が訪れ、ボスは国同士の外交に挑むような心境で馬車に揺られていた。なぜならボスは他の貴族と接する機会というのは武闘会以来はなかったからである。ここでいかにほかの貴族共の心を掴むことができるか、それにかかっていると言っても過言ではない。
「ルセイン領主、王城入り〜!」
王城の重量感のある大きな門を馬車が通過すると、礼服を着た門兵が形式的に声を発した。王会議の度に声を張り上げる門兵のことを考えると、不憫と言わざるを得ない。せめてもの労いになればとボスは門兵に軽く手を振って挨拶をした。しかしエルフの近衛兵しかり王城の兵士しかり、よく訓練されている。アメリカの式典の時に活躍した儀仗兵を彷彿とさせる働きぶりだ。
そんな兵士達の厳重な警護の元、ボスは馬車を降りて王城の扉を開いて貴族の間と呼ばれる今回の王会議の会場まで王城の女中が案内してもらうことになっているらしく、長い廊下をただ女中と歩いた。今までまじまじと王城の中を見たことはなかったが、エルフのアポライト神殿と内装を比べると金の装飾などが申し訳程度にしかなく、代わりに彫刻や絵画などの芸術作品が所狭しと並んでいた。これは王の趣味なのだろう。
やがて賑やかな声が溢れている扉に女中は止まり、くるりとボスに体を向けた。
「ここから貴族の間となっており、我々は入ることはできません。それと、その杖の様な物はお預かりしますか?」
「いや、いい。ご苦労だったな」
女中は一礼すると、足音を立てず静かに帰っていった。ボスは女中を見送ると、ドアノブに手を掛け、賑やかな声の中に吸い込まれるように部屋に入った。
「………ほう」
ボスの目に写った光景、それは会議というよりパーティーという言葉がお似合いだ。食欲をそそる匂いを漂わせる料理、上等な絨毯、グラス片手に談笑する貴族の淑女紳士達、そしてその全てを玉座からウィルデット国王が眺めており、ボスと目が合った。
「………おお軍師よ、久しいな。いや、たしかルセインというんだったな。よく来てくれた」
ウィルデット国王の遠くまで通る声に、先程まで談笑していた貴族達は静まり返り、皆ボスに視線を向けた。フランドルが言っていた通り、どうやらボスは有名人らしい。コソコソと耳打ちし合う貴族がいい証拠だ。そんな貴族にウィルデット国王は気にも止めず、立ち上がりその場にいる全員に聞こえる声で宣言した。
「では諸君、王会議を始めようではないか」




