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少女、三者会談

「………妙だな」


夕食の食材を買いに市場に来ていたマリーが眉をひそめ、警戒心を強めて周りを見回す。普段では考えられないほどのエルフ近衛兵の姿が見受けられる上、ルセイン領の警備隊まで巡回しているのである。エルフの里とルセイン領との関係が改善されてから、領主の許可さえあればエルフの里に人が入ることが出来たが、それでも入れるのは特使や豪商くらいで、兵士が入ってくることは一度もなかったのだ。


「おかしい、もしかしてエルフの里にも奴隷の捜索が始まったか? いや、でも女王様がそんなことを許可するとは思えないし……」


一人悶々と考え出し、どんどん胸の中で不安を掻き立てられるマリーではあるが、考えるよりも動くべし、家に残したアビゲイルの安否を確かめる為にも帰路を急ぐ。


「あ、マリーさん、探しましたよ」


聞いたことのある、何だか弱気な声色を後ろから声をかけられ、反射的にマリーは振り向いた、すると今ここにいては一番まずい人物、アビゲイルがいるではないか。マリーの額に冷たい汗が吹き出し、頭の中が掻き回されていく、まずい、なんでこんな所に……。


「ア、アビゲイル! なんでここにいるんだ!? 家にいろっていっただろ!」


「ご、ごめんなさい……でも、マリーさんの家に、人間の兵隊が訪ねてきたので、危ない所だったので逃げてきたんです」


人間の兵隊………恐らくは警備隊なのだろう、エルフ近衛兵が何もしてないということは、やはりアーシャ女王から何かしらのお達しが出ているのだろう。だが、今はそんなことを考えている場合ではない、直ぐにでも安全なところに――――――。


「おうおう、感動の再会じゃねえか」


またしても聞いたことのある、そして聞きたくない声が、目の前に現れたのである。あの無愛想で、傲慢で、今もっとも近づきたくないその人物…………いつぞやの警備隊隊長様である。


「おいおい、そんな睨むことはねえだろ、そんなに俺が嫌いなのかぁ? 俺はエルフ族なんか大ッ嫌いだがね」


憎たらしい口調で隊長はマリーに近すぎ、あるものを突き付けた。もしマリーの予想があっているとすれば、それは今見せられたら一番困るもの…………戸籍謄本を書き記した記帳だ。


「いつぞやに言ってたよなぁ?

木っ端軍人如きがエルフの戸籍をすべて知っている訳が無いってなぁ、でも残念だ、知らなくてもこうしててめえらの女王様が記した記帳を確認すれば済む話なんだよぉ」


ピラビラと記帳を見せびらかすように揺らし、以前にマリーから受けた仕打ちを憂さ晴らさんばかりにニヤニヤといやらしい顔で舌なめずりをして見せた。心底気色悪い男である。


「さてさて、お前の名前はなんだ? 言わないと逃亡奴隷扱いになってしまうのだが?」


「………マリーだ」


「マリー、マリー……………おお! あったぞマリー、親兄弟はなし、配偶者もなしか、寂しい奴だなおい」


「………」


「つまり、何が言いたいのか解るなぁ?」


ついにバレた、マリーの言った嘘がバレた瞬間である。隊長はしてやったり、とでも言わんばかりに口角を上げ、勝ち誇ったようにぺしぺしと記帳をマリーの顔を軽く叩き、勝利の演説を続ける。


「馬鹿なやつだ、逃亡奴隷を庇うなんてな、ウィルデット王国の法律だと逃亡奴隷を庇う、もしくは匿うと罰金、もしくは禁固刑らしいが、俺はそんなもんじゃ済まさないぞ、お前を俺んとこの駐屯所に連れて行って糞溜めの中で生活させ、なおかつ便所として使ってやる、どうだ?

エルフにしちゃ少し上品過ぎたか?」


「………よほどエルフ族が嫌いなようだな?」


マリーがぽつりと、呟くように尋ねる。マリーにとっては何気ない問のつもりではあったが、この隊長にとっては違うようだ。なにかを思い、噴き出すかのように隊長の口が開いた。


「当たり前だ、お前らエルフ族は傲慢で、誰よりも残酷なやつだからな、魔法が生まれつき使える分俺達人間よりもな」


「…………そうかよ」


そう言うとマリーは、手から炎を吹き出させ、斧を出現させて振りかざした。隊長は待ってましたと言わんばかりに剣を抜き、マリーの斧に備える。


「とうとう本性を出しやがったな

、このクソエルフめが」


「お前が私をどう思おうと構わない、だけど私は私の正義のためにこの子を守る!」


一触即発、今ここでまたエルフと人間による亀裂が生まれようとしている。マリーも隊長も今自分がしようとしていることがどれだけお互いに不利益な事か理解はしている。しかし引けない。お互いに信じる信念のためにも。


「バカ! くだらない事はやめろ!!」


大きな罵声に隊長もマリーも声のする方に目を向ける、そこには顔に青筋を浮かし、明らかに激怒しているボスの姿だ。隊長は急な上司の出現に急いで剣を収め、跪き、マリーも斧を消して激怒しているボスの表情をみて、おどおどしだした。


「り、領主様………これには正当な理由がありまして……」


「正当な理由? その正当な理由ってのは俺が怪我してエルフと結んだ和平を壊してでも優先されるほどか?」


ボスの問に隊長は黙り込み、ただ跪くだけ、隊長にこれ以上話しても無駄だと判断したボスは、次に問い詰める相手をマリーに写す。喧嘩の仲裁に入った時以来の剣幕に、マリーは子犬のように大人しい。


「ル、ルセイン………」


「ふん!」


ゴン!と石を叩いているのかと勘違いさせる程の打撃音がマリーの頭の上で発生し、瞬間マリーはうずくまる。うう〜、とマリーは唸り、両手を頭の上を抑えて痛みに耐える。


「お前はバカだから言葉じゃ理解出来んだろ、だからこれで手打ちにしてやる」


ボスは手を払い、ふとマリーの後ろにポツンと立っているエルフに目を向ける。よく視察にエルフの里を見たが、このエルフは見たことのない。恐らくこいつが逃亡奴隷だと判断し、マリーがなぜ隊長と揉めていたのかボスはなんとなく察す。


「………隊長、この逃亡奴隷を連れていけ」


ボスの命令に隊長は素早く立ち上がり、抵抗の隙も与えずアビゲイルを拘束し、引き摺るように連行する。


「ル、ルセイン!待って、そいつを連れていかないで! そいつも私達と同じエルフ族なんだ、同胞なんだ! だから………」


「マリー、俺が維持できる平和には限界がある、その逃亡奴隷は救えないんだ」


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