少女、漂流者
「…………また、増えたわね」
腕を組んでデュランダルが眉を顰め、ため息混じりに言った、デュランダルの目の前に映る光景、それは酔い潰れたマリーとアリサをボスが両肩に担いで馬車からでてくる光景だった、あの後マリーとアリサは屋敷まで待てずに酒を開けてしまい、結果馬車に積んだ酒を全て飲み干してしまったのだ、この後馬車に転がる酒瓶を片付ける女中さんのことを考えると胸が痛む限りである。
「デュランダル、見ているだけじゃなくて手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「いやぁよ、酒臭い」
ふふ、とボスの不幸を嘲笑うかのようにデュランダルはほくそ笑み、そのまま踵を返して屋敷に入ってしまった、なんと嫌味な奴だ、とボスは青筋を頭に浮ばせるが、怒った所でどうにもならない、取り敢えずマリーとアリサを屋敷に入れることを優先しなければならない。
玄関の扉を体を押し付けて開け、中に入る、するとすぐ女中が出迎えにボスに近寄り、一礼をする。
「お帰りなさいませ、領主様」
「ああ、ただ今帰った、研究室はもう完成してるか?」
「はい、完成しております」
「よし、ならこいつを運んでやってくれ、大切な錬金術師様だから丁重に看病してくれ」
「承りました」
そういうと女中はボスの肩に乗せているアリサをそうっと下ろし、肩にマリーの腕を通し、そのまま数歩歩くと、振り返った。
「ああ、領主様、少しお伝えしたいことが……」
「なんだ?」
ボスが返事すると、なぜか女中は少し呆れたような表情になり、少しボスの後ろに視線を向けながら言った。
「あまり妾を増やしますと、奥様が嫉妬なさいますよ? お戯れも程々に」
それだけいうと、女中はスタスタと研究室に真っ直ぐ向かった、何を言っているんだ?
と思いおもむろに振り返って見ると、デュランダルがいつも着ている紫色のドレスのスカートの端が、一瞬ちらっと廊下の角に見えた。
「………奥様? 俺は結婚してないぞ、デュランダル」
ボスが廊下に響くように言うと、スカートがまた揺れ、そのまま足音と共に消えてしまった、デュランダルの顔が真っ赤に染まっていることなど、ボスは知る由もないまま…………。
「…………? まあいいか」
ボスは消えたデュランダルのことは放っておいて、今は肩を貸しているマリーをいち早く部屋まで運ぶことを優先したボスは、そのままずるずると部屋まで引きずる様に先導した。
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「どっこいしょっと!」
ボスッ
マリーを来客用の部屋にあるベッドにゆっくりと寝かせたボスは、腰をさすりながら唸り声を上げ、マリーの寝顔に視線を向けた、顔を紅くして頬を緩ませたなんとも気の抜けたその寝顔は、さっきまで馬車で男顔負けな豪快な飲みっぷりからは考えられない、穏やかで子供のような寝顔である。
「全く誰がここまで運んでやったと思っているんだ、反省しやがれウワバミめ」
意味が無いと解っていても止められない悪態に、自分でも呆れてしまう、そんな哀しさを覚え、少し溜息を漏らしたボスは、部屋にある備え付けの酒瓶に目を向けた、机の上に置いてあるその酒瓶に手を伸ばし、ラベルに書かれている文を読み、ボソッと呟いた。
「………マンハッタンか、もう忘れかけてたよ」
マンハッタン、言わずともしれたアメリカの都市だ、その響きにボスは母国アメリカに思いを馳せていた、なんとも懐かしい響きだ、今アメリカはどうなっているんだろうか、俺の跡継ぎは決まっているのだろうか、大統領の痔は直ったのだろうか、一度考え出せば思いは止まらない、この世界の暮らしにもだいぶ慣れてきた、しかしそれはそれだけ長い間アメリカに帰っていない証拠なのである。そろそろ知人の顔だけでも見に行きたい。
「……どうしたの?」
突如後ろから声が聞こえ、振り向いてみると魔女がこちらを心配そうに見ていた、ボスは軽く苦笑いをしてワインを元の位置に戻し、軽く魔女の頭を撫でながら言った。
「ちょっと故郷のことを考えていたのさ」
「使い魔さんの故郷ってどこなの?」
魔女の質問に、言ったってわかりゃしないと思いつつも、間を置いて故郷の名を言った。
「アメリカって国さ……」
「………それって、アメリカ合衆国?」
魔女が首をかしげてサラッと国名を言い切る、その数秒後ボスが顔を真っ青にして魔女の肩を掴み、今まで見たこともない焦りっぷりで魔女を問い詰めた。
「おい! なんでその国の名前をお前がしっているんだ!? どこでしったんだ!!」
ボスが更に力を込め、魔女の肩を揺さぶる、今や冷静ではないボスの様子に、魔女は恐怖に顔を歪ませ、悲鳴を上げる。
「た、助けてえええ! 」
その声でボスは我に帰り、魔女から手を離す、魔女はその場にしゃがみ込み、自らの両腕を掴んで震えて泣き出した。
「す、すまん、だが教えてくれ、なんでその国の名前を知っているんだ?」
「………聞いても取り乱さない?」
魔女の言葉に、ボスは力強く答え、拳を固くする。
「もちろんだ」
「……アメリカ合衆国って、今から数千年前の国名だよ?」




