少女、獲得
「ベタベタするな、こんな所に保管しているのか?」
壁にこびり付いた苔に手をつき、ボスは眉をひそめる、天井からポチョン、ポチョン、と水滴が滴り落ち、地下室に立ち込めるジメジメとした空気が、ボスの肌に張り付ち、気持ちが悪い。
「水脈が近いんだ、仕方ないだろ?」
マリーが肌に張り付いた髪を剥がしながら言った、水脈が近いのか、なら仕方ない、などというわけにもいかない、ボスが求めている【ある物】は湿気に弱い、ちゃんとした管理下に置いてあればいいが…………。
そう考えながらボスは部屋の中を一通り見渡す、木製の戸棚が並列に並べられており、ガラス製の瓶が所狭しと詰められている、ボスは試しに瓶を一つ手に取り、蓋を開けて手で仰ぎ、瓶の中の液体の匂いを嗅いだ、まるで卵が腐った匂い、アンモニアである。
「なるほど、大抵の物は作り出しちまったってわけか」
満足そうにボスは頷くと瓶を棚に戻し、他の瓶を見て周る、液体の物、危険と書かれた瓶に入っている物、様々な液体や粉末状の物が瓶の中に入っているが、ボスの求める物はなかなか見つからない………。
「硫酸、黄水、アンモニア、硝酸カリウム、硫黄まであるのに何故あれがない? もっと探さないとダメか………」
顎に手を当て、壁に凭れようと後ろに下がったとき、モフっとした何かを踏んずけた、何かと足元を見ると、山盛りの黒い粉が雑に置かれている、ボスはその黒い粉に手を伸ばし、粉を手の中で転がし、ニヤリと笑った。
「まさか、こんな扱いを受けているとはなぁ……」
ボスが熱心に触っている様子に、マリーは少し気色悪く思いつつ、ボスの肩を叩く。
「な、なあ、その粉が一体なんの役に立つんだよ?」
マリーの問にボスは振り向き、ああ、と言ってニタニタ笑いながら説明をした。
「こいつはな、ガンパウダーって俺達は呼んでいる薬品だ、だが薬品と言っても薬になるわけじゃねえがな…」
「ガ、ガンパウダー?」
「そうだ、アーシャ女王にとっては無用の長物らしいが、こんなん人間ぐらいしか使い道思いつかねえよな」
さて、とボスは立ち上がると、真っ直ぐに地下室から早足で出て行った。
「ち、ちょっと、どこ行くんだよ!」
マリーも慌ててボスの後を追いかけ、ボスの隣へと移動する、このガンパウダー、後にこの世界の戦争を大きく変えることは言うまでもないが、それにはまず開発者が必要なわけである、ボスは開発者を探すため、再びアーシャ女王の元へと、戻ることにしたのである。
―――――――――――――――
「アーシャ女王、入るぞ」
ガチャ、と扉を勢い良く開け、ボスはアーシャ女王の自室に進入する、規模は小さいと言えど王族、アンティーク調の家具に金の装飾が施されており、それらが自らをアピールするかのように光り輝いている、まるでイギリス王室でも見ている気分だ。
アーシャ女王は部屋の中央に置いてある高価そうな椅子に座り、ひとりうたた寝していたようだ、ボスが扉を開けた時の音で目が覚めたようで、眠気漂う目を擦りながらボスに視線を向ける。
「んにゅ………淑女の部屋にノックもなしに入るなんて、失礼じゃないかい?」
「急ぎなのでな、地下室の床に放置してある黒い粉を作ったのは誰なんだ?」
ボスの質問にアーシャ女王はこめかみに人差し指を当て、思い出そうと唸る。
「………確か、王家直属の錬金術師じゃなかったかな?」
「そいつはどこにいる?」
「この神殿の研究室で実験でもしてるんじゃないかなぁ?」
「そうか、わかった、後はマリーに案内してもらう」
そうとだけ言うと、ボスはつかつかとアーシャ女王の自室を出ていこうとドアノブに手を掛ける、アーシャ女王は去り際に一言、ボスに忠告した。
「彼女はちょっと変わった子だから、気をつけてねー………ぐぅ」
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入りたくない、ボスはマリーに案内された研究室の前で、一番最初にそう思った、その理由は、ボスの想像していた研究室像とはかなりかけ離れた研究室だからである、研究室の入り口の扉は開放され、そこから大量のガラクタが嫌でも目に入る、ガラクタだけならまだ辛抱できるが、ガラクタの他に食べ残しの生ゴミ、こぼしてそのままと思わしき酒瓶、そして極めつけは度々見え隠れするゴキブリの姿である、これは研究室ではない、ただのゴミ屋敷だ!
「よし、研究室なんてなかったんや」
ボスは帰路につこうと回れ右をしたが、すぐさまマリーに襟を掴まれ、逃げることができない。
「気持ちはわかるけど、これが研究室なんだ」
「いやいや、こんな研究室見たことねーから、お宅の錬金術師は研究に没頭する気あるの?」
「没頭してるから研究室から出られないらしい、結果ゴミ部屋だ、女王様も目をつぶって知らん顔だよ」
はぁぁぁ、とボスはでかい溜め息を吐いた、よくもまあこんな汚い部屋に住めるものだ、とボスは思うが、そんな汚い部屋に住んでいる錬金術師の技術が今のボスには必要であり、また屋敷に連れて行かなければならないのだ。
「……奴に専属の女中さんを2人ほど用意しなければな」
意を決し、ボスはゴミ部屋に足を踏み入れる、ぐしゃ、と足元から聞きたくもないゴミを踏む音が鳴り響く、この足元でゴキブリが這い回っていると思うとぞっとして一歩も進みたくはないが、そうも言ってられない、ボスはゴミをかき分け、道を切り開いていく、マリーはその切り開かれた道からついて行き、ボスから離れまいとボスの服を掴んだ。
ゴミの中進んでいくと、足に今までのゴミとは違うなにかにぶつかった、ぶつかった瞬間に「きゃ!」と声が聞こえ、何かと足元を見ると、まるで小動物のように丸まり、跳ねまくった頭に、丸メガネと白衣を身にまとったエルフがゴミの中で寝っ転がっていた。
「ちょっとー! 研究室には入っちゃダメって言ってるじゃん、て、あなた誰?」
むく、と半身を起こし、目をパチクリしながらエルフは首を傾げ、ボスに質問をした。
「俺はアーシャ女王の盟友、とでも言っとこうか、あんたが錬金術師か?」
「そうだよー、アーシャ女王の盟友ってことは偉い人なんだね、よろしくー」
そう言ってエルフは手を伸ばし、握手を求める、ボスはその握手を受け、エルフの手を握った。
「私の名前はアリサ・クリスタリアだよ、お近づきの印にこれどーぞ」
アリサは手に細長く草を紙で筒状に巻かれた物をボスに手渡した、何かとボスが見てみると、それは間違いなくフィルターのない紙巻タバコであった。
「これ、お前が作ったのか?」
「うん、ゴバールの葉を詰めてあるの、片方に火をつけて、もう片方から煙を吸い込むとね、すっごく幸せになれるんだー、女王様はあまり喜んでくれなかったけど、あなたはどう?」
アリサの話を聞いて、大麻じゃないだろうな?
と少々不安に陥ったが、匂いを嗅いでみると、なんてことない、バージニア葉である、ここでボスは優秀なタバコ農家も手に入れた算段である。
「ありがたくもらおう、所で一つ、頼みがあるんだが…」
「なにー?」
「アーシャ女王との間でな、技術提供の約束を結んでいるんだ、そこでお前にはついて来て欲しいんだが……」




