少女、会談
「それで、敵はどういった動きをとっているんだい?」
アポライト神殿の会議室で玉座に座り、ビジをついて顎を手にのっけ、完全武装を果たしたアーシャ女王以下4人の側近は、敵状視察をしてきた斥候の報告に耳を傾けた。
「はい! 敵は一度アポライト神殿まで後わすがの所で後退、以後本陣まで撤退してからは何の動きも見えません」
「…………妙ですね」
側近の一人、ナージルは斥候の報告に疑問を抱いた、他の側近達も同様に不思議がり、進行してきた敵軍がなぜ今になって撤退したのか、もしかしたら攻城兵器でも持って来るのか、などと側近達の不安は募るばかりであった。
「…なにか、投石機でも敵は所持していたかい?」
ガヤガヤと側近達が話し合っている最中、アーシャ女王はその場を静ませ、斥候に更なる質問をした。
「いえ、投石機はおろか、破綻槌や攻城塔も見つかりません、歩兵のみです、強いていうなら、馬車が本陣中央に一つ」
その報告に側近達は更に混乱し、アーシャ女王も同時に思慮深く敵の真意を思考する。
そもそもこのアポライト神殿、攻城対策など一切してはいないのだ、故に城壁は存在せず、見張り櫓もエルフの里と人間の領域、つまりルセイン領との境界にたっている程度、これから考えるに攻城兵器を投入せずとも物量さえあれば攻め込むことは容易いのだ、しかし、そんな容易く攻め込めるはずのアポライト神殿に攻め込まず撤退し、攻城兵器を持って戻ってくるのかと思えばただじっとこちらの様子を伺うだけ、なんとも薄気味悪い話である。
「敵は何を恐れているんでしょうか、女王様」
「………さあ、恐れているかどうかすら解らないよ、少なくとも敵は僕達が防御陣形を作る様子を紅茶片手に観察するぐらい余力を持っているようだけどね」
はぁ、とため息混じりにアーシャ女王は今後の戦場を考察する、そもそも敵がなぜ撤退したかもわからない現状はさておき、敵が馬鹿正直に真正面きって攻撃してきた場合、こちらはどの位持ち堪えられるだろうか、こちらにだって精強な兵士は精鋭に相応しい部隊だって揃っている、だがそれは数が同等だった時に役に立つ手駒であり、数にはやはり押されてしまう、と、なると最後に残る言葉は敗戦…………。
「………もし、僕達が負けたら、やっぱり他の同胞のように奴隷なのかな」
アーシャ女王の何気ない一言、しかしこの一言はこの会議室を凍らせるのには充分な一言である。
側近達も、アーシャ女王も、斥候も、その言葉が頭から離れず、守備兵達の見回りや励ましの言葉をかけに東奔西走するべきではあるが、今は下を向き、ゆかをながめるばかりである。
「女王様! 敵です!」
ついに動いたか、さっきまで下を向いていた側近達とアーシャ女王は覚悟を決め、冷静に伝令兵の報告に耳を傾けた。
「規模は?」
「一人です!」
………一人? 斥候か? 他の側近達は信じられないという様子であるが、無理もない。
「一人ではあります、が、まっすぐこちらに突っ込んできます!」
「…………敵は馬鹿なのか、それとも勇敢なのか…」
何がしたいのかわからない敵の行動にアーシャ女王は動揺し、更に追い討ちを掛けるように新たな伝令兵が会議室に入ってきた。
「敵が防御陣形を突破しました! あと少しでアポライト神殿に到達します!」
―――――――――――――――
ガッシャァァァァァン……
馬に乗った白馬の王子のように、とは言えないがスーツを着たボスが、アポライト神殿の窓を突き破って突入することに成功した、アポライト神殿の駐在兵は目をパチくりし、神殿内で机を囲み、今後の作戦を練っている将兵、看護所らしき場所を設営している看護師達、重い鎧を脱いで水を飲んでいる兵士、そのすべてがボスに視線を向けた。
「騒ぐなよ、俺は交渉に来たんだ、戦争しに来たわけじゃない」
呆然としているエルフ兵達にボスは平然と延べ、馬から降りて、コツ、コツ、コツと足音を出しながら歩くと、我に帰った一人のエルフ兵士が抜刀してボスの前に立った。
「き、貴様! 何者だ!」
「ウィルデット王国ルセイン領領主、ルセイン・キルクだ」
憮然とした態度でボスが自分の名乗りを上げると、さっきまで呆然としていたエルフ兵達がざわめきだし、領主自ら敵陣に来たことに動揺を隠せなかった。
「俺は戦争しに来たわけじゃない、アーシャ女王と交渉をしたい、是非とも会談の席を」
「はっ! 今になって会談だと? 笑わせてくれる! 先に侵攻してきたお前の軍隊なのだぞ? その親玉を信用して女王様に会わせるとでも?」
「その件に関しては大変申し訳ないと思っている、しいてはこのエルフの里に対して望むのであれば、復興費用と賠償金を用意する予定だ、それでも足りないならこちらから医師団と復興支援団の編成をする、どうだ、悪くないだろ?」
ボスの提案にエルフ兵は一瞬揺れ、他のエルフ兵達にもヒソヒソとボスの提案に揺らぎ、むしろ信用してアーシャ女王に会わせてみては、との声も上がった、だが
「そんなあからさまな嘘に惑わされるか! 甘い言葉で我々を釣り、信用した所で簡単に裏切る、まさに人間らしい手口だ!」
剣を握る手を更に力を込めたエルフ兵は、血走った目でボスを睨みつけ、最早交渉の余地なし、寄らば斬ると言った様子だ。
恐らく、もう何も考えたくはないのだろう、この兵士に何があったかは知るよしもないが、平和にうつつを抜かし、何処にも保証なんてないのにこの平和が何時までも続き、兵士としての本領を発揮せずに余生を過ごす、とでも思っていたのだろう、それが今日になって急に戦争が始まり、見慣れた風景は今や血にまみれ、土の上にはバラバラ死体、誰もが正気を失う。
「………ああ、まて、とりあえず話を……」
考えるのを放棄したエルフ兵にまだ交渉の余地ありと思ったのか、ボスは近づき、なんとか剣を収める道を模索しようとした、だが、この頭に血が上ったエルフ兵には逆効果………。
「うがぁぁぁぁ!」
ザシュッ! ドロドロ……
「あ………」
正気を取り戻した所でもう遅い、エルフ兵の一撃は見事にボスの肩から下腹部まで、斜めに切りつけ、そこから真っ赤な血が床にたれて血だまりが出来ている、見る見るうちにボスの白いシャツは真紅に染まり、ボスが握っているデュランダルにも血が滴る。
「……反撃はしない、今すぐアーシャ女王に会わせてくれ、頼む……」
カラン、と音を立ててエルフ兵は剣を落とし、よろめく様に後ろに下がる、するとボスは傷にも切りつけたエルフ兵にも気にすることなく、コツ、コツ、と歩み始め、周りの兵士は固唾を呑んでボスを見つめるほか、出来たなかった。
「……大丈夫?」
デュランダルが心配そうにボスに尋ねると、ボスは笑い、
「そう見えるか?」
ガチャ………
ドアが独りでに開き、こちらから出迎えることなくアーシャ女王がドアの向こうからこちらを見ている、なるほど、交渉の席は用意しているようだ。




