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チートも使ってみた

「見よ! この華麗なる戦いぶりを!!!」


 叫びながら、イグアナのような爬虫類を斬り捨てる浅野さん。飛び掛かってくるイグアナのような魔物を、次々に斬り伏せるのはいいとして、この人は案内役としては最悪だ。先ず、自分が目立とうとして僕たちが戦闘を経験できない。


 そして、ダンジョンの罠などは黙って無視する。本人は簡単に避けているが、何も知らない僕たちは罠に引っかかってしまうのだ。それを見た浅野さんは、溜息を吐きながらいう。


「おいおい、君たちは僕の足を引っ張るつもりかい? まぁ、それは無意味だ……何故なら、その行動自体が僕を更に引き立てるからだ!」


 決めポーズを取りながら発言に、参加者はイライラが最高潮まで来ていた。来ていたが、ここがダンジョンである事を思い出して我慢したのだ。ここは人が死んでもおかしくない場所だ。不慮の事故というのは毎年起きている。それを思うと、案内役を怒らせるのは得策ではないと誰もが気付く。


「さぁ、きびきび僕の後ろを歩くんだ君たち!」


 動きは流石プロ。僕たち素人を引き連れて、怪我をさせないのは流石だろう……でも、内面は最悪だ。そもそも、今回の目的を忘れている。僕たちは、経験を積むためにツアーに参加しているんだぞ!



 三日目が終了すると、ギルド本部の受付で即解散。反省点や明日の予定など考えていない事がこれで理解できる。流石にこれは酷いと思い、罠に引っかかって汚れた服のまま代理店の人に苦情を言った。


「いや、流石にあれは酷いでしょう? 我慢できる範囲というか、そもそも目的を忘れてますよね」


 今回のツアーの、ギルド側の責任者である男性と、代理店の人に浅野さんの下でチームを組んだ面子で抗議した。幸いな事に、二人して話をしている所を捕まえる事が出来た。


「申し訳ありません。本人にはギルドから厳重に注意しておきます。はぁ、性格さえまともなら、彼もうちのギルドで看板になるような人なんですけどね」


 男性が溜息を吐いて疲れた顔をしている。普段からあんな感じであれば、それは苦労するだろう。僕に関係なければ笑い話にもなるが、今のままでは笑えない。今日も三回ほど罠にかかったし……


 ギルド本部で着替えると、そのままホテルへと戻った。夕食前という事もあり、部屋でシャワーを浴びてからしばらくはのんびりと過ごす事にした。テレビをつけてベッドに横になると、意外な人物がテレビに映っていた。


『【佐竹サタケ 真奈マナ】さんは、高校卒業後にダンジョンでスカウトを受けられたんですよね? その時の心境はどうでした?』


 テレビに映るのは、黒いノートに記入されていた人物の一人である。テロップには【冒険者アイドル・マナの素顔に迫る】といった文字が表示され、高校時代よりも髪型が派手になり化粧をしていて気付かなかった。憎い奴が最初のページから順に並んでいた黒いノート、その中でも最初の方にいた人物だ。


 名前が一緒であるから気付いた。これが芸名でも使っていたら分からなかっただろう。


『そうですね……高校を出てすぐにダンジョンに行ったんですけど、私は大学も決まっていて正直困りましたね。両親とも相談して、その後に決断したんです。最初は後悔する事も多かったけど、今は充実した日々を過ごせて幸せです』


 可愛い感じでインタビューに答える佐竹さん。でも、確か黒いノートには成績も低いくせに! とか書かれていたよな? それからタバコやお酒を嗜んでいたとか……う~ん、女って怖い。


『有名な進学校に通っていらしたんですよね。決断した時に両親の反対は無かったんですか?』


『大反対でしたよ! それでも折角の機会ですから、逃したら次が無いとも思って説得したんです。高校の同級生で引きこもっている男子がいたんですけど、未だに両親に迷惑をかけてるんです。私はそんな人間になりたくない! って思って生きてきましたから、絶対に譲りませんでしたね』


 ……あ、あれ? これって僕の事! 何を公共の電波で全国に発信してんのこの女! ほんと怖いのはこの女。その後も気になってテレビを見ていたが、元の世界のテレビよりも発言内容は全てにおいて過激だった。無能は死ね! そんな風潮である。


 多少、そんな空気は感じていたが、まさか世間がこんなに過激だとは思わなかった。世界が違うという事を、改めて確認して夕食に向かう。



 ツアー四日目、今日も浅野さんは自由に動いている。本当にギルドから厳重に注意を受けているのだろうか? 初日が酷過ぎて、班のメンバーは自分たちで地図を確認して罠に気を付けている状態だ。それをこの男ときたら……


「遅いぞ君たち! 僕とチームを組むからには、僕の後ろについて来る気持ちでないと困る!」


 いや、お前が困るのは仕事だろう? 僕たちの方がお前の仕事ぶりに困っているよ。支給されたマシンガンと、警棒を持っていても使い所が無い。使用を浅野さんが許可しないと、武器は使用できない決まりだ。本当にダンジョンを、罠を気にしながら歩いているだけだ。


「ふむ、流石僕だな。苦手な武器を使っても、ここまで美しいとはな」


 そんな事を呟きながら、本人は両手にナイフを持って魔物と戦っていた。昨日は細い剣を持っていたから、今日は得意な得物を持っていないのだろうか?


「ギルドの馬鹿どもめ……僕の愛剣を奪うとは卑劣な」


 なんかギルドとの間で揉めた事は理解できた。きっと武器を奪われたのだろう。それでもここまで戦えるのは、流石プロという事だろう。


「テメェ、いい加減にしろよこらぁ! こっちはお前の事なんかどうでもいいだよ!」


 浅野さんに呆れていると、班の中で一番若い高校生の男の子が急に怒鳴り始めた。手に持ったハンドガンを浅野さんに向けると、周りに緊張が走る。初日に騒いだ男子とは別の子だが、どうしてこうも怒るのか……いや、僕も中学時代は酷いから人の事は言えないな。


「ほう、なんの真似だモブ」


「も、モブ!? お前本当に舐めてるだろ! ここからは俺たちだけでも帰れるんだよ! ここでお前が死んでも、誰も困らないって理解できないのか!」


 誰も困らない事は無いと思うのだが、最近のこの世界の風潮なら、死んでも自業自得と言われかねないな。だが、浅野さんは慌てる事も無く、左手に持ったナイフを男の子に向けた。


「ふっ、君はこの二日間で僕の事が理解できていないようだね。君のようなモブが、そんな武器で攻撃しても恐ろしくも無いんだよ」


 余裕の表情が更に気に入らないのか、男の子はハンドガンの安全装置を外して発砲した。だが、弾は浅野さんをかすりもしない。数発続けて発砲すると、浅野さんは当たる弾だけ避けて歩いて男の子に近付いてくる。その両手に握るナイフが妖しく鈍い光を放つと……何らかの罠が発動した。


「なんと!」


 後ろを振り向いた浅野さんが、ここに来て初めて驚いた。その場にいた全員がこの状況について行けない……男の子も、浅野さんの雰囲気に気圧されて座り込んでいた。誰も何もいわないので、僕が代表して浅野さんに確認を取る。


「何があったんですか?」


「ふむ、どうやら先程のハンドガンの弾が罠に当たったようだ。この場にいる全員がある部屋に飛ばされる」


「ある部屋?」


「簡単にいうとだな。こんな低階層ではお目にかかれない、強敵が待つ部屋に飛ばされるんだよ。そのままそいつに勝たないと脱出も出来ない。このダンジョンで最も初心者冒険者を殺した罠になる」


 変な汗が出てきた。つまりは、この場にいる全員が危険だという事だろうか? しかし、ここには浅野さんがいるから大丈夫だろう。彼も一応は一流のプロだからな。


「せめて愛剣があれば……まぁ、美しい花は散る時も美しく、だな」


「諦めるなぁぁぁ!!!」


 僕が叫んだと同時にその場の全員が瞬間移動という物を経験した。一瞬にして周りの景色が変わるのは、本当に新鮮な驚きであった。しかし、そうした驚きは違う驚きへと代わる。目の前には、大きな斧を持った人型のトカゲがこちらを見て雄たけびを上げていたから……


「さぁ、行くぞリザードマン!」


 何かいい顔をした浅野さんが、そのまま両手にナイフを持ってリザードマンに突撃した。大きさにして浅野さんの二倍はあるリザードマン。勝てる気がしない。



「誰か助けてよ!」

「死にたくない、死にたくないよぉ!」

「ママァァァ!!!」


 腰を抜かして叫んでいるのは、全員が男である。残りの女性二人は、そんな男共からハンドガンやマシンガンを奪い取ると、浅野さんが距離を取る時に一斉に発砲して注意を逸らしていた。


 僕はというと、同じようにマシンガンを発砲している。デカブツとのタイマンなんか、浅野さんだけで十分だろう。


「男が泣いてんじゃないわよ!」

「あぁ、もう! 五月蝿いわね!」


 頼りになる女性陣に比べて、男性陣は何と酷い事か……最初に騒いだ男の子も、腰を抜かしたままで役に立たない。


「フハハハ! 強いじゃないかリザードマン。だが、僕が得意な武器でない事を忘れるなよ!」


 リザードマンが、浅野さんのいう事を理解しているかは分からない。だが、言葉を理解しても、浅野さんの事は理解できないだろうな。きっと混乱するだろう。いっそ混乱してくれよ。そう思いながら、マシンガンの弾倉を交換しようとした時だ。


「ちょ、危ないわよ君!」


 マシンガンを持った女傑の一人が叫んだ時には、リザードマンが僕の方へ身体を向けていた。倒し難い浅野さんを避けて、僕に狙いを定めたらしい。急いで弾倉を交換して引き金を引くが、リザードマンは関係なしに突撃してきた。


 弾は固い皮膚を傷つけるだけに留まり、致命傷を与えられていない。低階層での使用を考えられた武器は、強力なリザードマンという魔物には効果が薄かった。


 大きく振りかぶった大斧を、横なぎに振るリザードマンに対して、僕は警棒で無いよりはマシと思い防ぐ。だが、想像通り警棒は切り裂かれて僕自身も胸に大きな傷を負いながら吹き飛ばされた。後ろに跳んだのもあるが、傷は想像以上に深い。


「い、嫌だぁぁぁ!!!」


 男性陣の声がその場に響くのを聞くと、僕は意識が無くなりかけた。自動全回復という異能は、一撃で死んだ場合はその効果を発揮できないだろう、そう言った医師の言葉が思い出される。薄れていく意識と、大量に流れ出る血……


(ふざけるな! こんな所で寝てられるかよ。折角、家族にも会えたんだ。またあの時の生活が戻ってきたのに、僕が死んだら)


 意識が薄れていく中で、左手を握りしめた。身体から体温が急速に奪われるのに、左手だけが暖かい。いや、暖かいから段々と熱いといった感じに変わってきた。


 左手の甲を見ると、前は薄かった人型の痣が一部だけ濃くなっている。人型の頭部と右腕部分が、他の部分よりも濃い色になっていた。


(そう言えば、この世界に来るときに何かを掴んだのは左手だったよな……『チート』でも、何でもいいから……この状況を乗り越えるためになら使ってやるよ!!!)


 歯を食いしばって、暴れ回るリザードマンを睨みつける。身体がどんどんと回復している事を実感し、左腕をリザードマンに突き出した。そうすれば助かる……そんな無意識の行動に、左手が光り出す。


「いい気になってんじゃねえぞぉぉぉ!!!」


 無理やり身体中から力を絞り出して叫んだ。その声にリザードマンを含めて全員が反応する。振り向く者、視線だけで確認する者、気付いても構えを解かない者……様々な反応をする。


 そして僕の身体から、いや周辺の空間から不気味に光る二つの目と、巨大な右腕らしき物が這い出るように現れた。まるで巨人が小さな穴から、頭部と右腕だけを出した感じである。黒い霧に包まれて、細部は確認する事が出来ない。


 それでもその巨人は、僕の意志を感じ取ったのかその目でリザードマンを確認すると、右腕をリザードマンに突き出した。突然の出来事に唖然としていたリザードマンも、危険を感じたのか回避する。しかし、人の倍はあるリザードマンを、巨大な右腕は転がるボールを掴むような感じで握りしめた。


「これはいったい……」


 浅野さんもその巨大な腕を見つめて呟いた。驚くのは無理もない。僕ですらその巨大さを、人の倍はあるリザードマンで確認したのだから。巨人の右手は、リザードマンを完全に覆っていたのだ。


 そのままリザードマンを持ち上げると、右手は力を込めた。潰れるような音が不気味にその場に聞こえると、握られた拳が緩む。右手からはみ出していた大斧が、使い物にならない程に潰されて床に落ちる。その後に、液体が大斧に滴り落ちてきた。

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