旅行もしてみた
頑張る前から詰んでいる状態である事を家族に相談すると、父さんは唖然として、母さんは少し嬉しそうな顔をしていた。僕が危険なダンジョンで仕事をしない事が嬉しいらしい。弟は、流石に予想していなかったのか驚いている。
「それで、これからどうするんだ」
父さんが僕に聞いて来るが、基本的にダンジョンで稼ぐ事を考えていたから今更違う仕事など思いつかない。稼ぎのいい仕事をする事を望んでいたし、少しだけダンジョンに憧れもあったのだ。ゲームでは主人公が英雄になれる。それを期待していたのも事実だ。
「資格はあるんだしさ、他のギルドでも探せないの」
弟が当然の事を聞いて来るが、あの後も履歴書は送ったし、異能の説明もした。なのに、ギルドではその手の嘘つきが多いのか相手にされないのだ。自分を強く見せるために嘘をついている、と判断されたのだ。医師の診断書的な物を送付する事も考えたが……悪質な手口に似たような物があって諦めた。
「いいじゃない! このまま普通の仕事を探せばいいのよ。優は頑張り屋さんだから、きっと就職できるわよ」
ダンジョンに行く事を反対する母さんだが、僕がギルドに入れないと知ると嬉しそうにする。弟が高校を出た後か、大学でダンジョンに行く事も反対しているくらいだ。相当心配しているのだろう。
「はぁ、流石に今回の事は予想できなかったな。仕方がないから、お前もしばらく今後の事を考えておけよ」
家族会議が終了すると、僕は部屋に戻ってPCを起動する。調べたギルドのほとんどは、優良ギルドである。それなのに、僕は異能が邪魔をしてギルドに入れない! このまま無理をしたら、底辺のブラックなギルドに入るしかなくなってしまう。それは避けたいな。
◇
「ギルドに護衛依頼?」
「そう、高校出とか大学生が、そうやってダンジョンで経験積むんだけどさ、兄貴の場合はそれを逆手にとって売り込めばいいんだよ。実際に優秀な奴には声がかかるっていうし」
数日後、自分でも色々と調べていたが、弟の方が先に解決方法を見つけてくれた。経験を積むためにギルドで護衛を依頼すると、低階層で安全に経験が積めるのだ。弟がいうには、安全でもある上に経験を積めば声をかけられなくても損はしないという。
「いいなソレ! でもなぁ、魔法教室とジムでバイト代がほとんどなくなってるし、依頼する金が無いぞ」
高校生や大学生は、学校が生徒をまとめて護衛の依頼をする事がある。そのために格安で引き受けて貰えるが、僕のような個人で依頼となると高くつくのだ。
「今は旅行代理店でもダンジョンツアーやってるよ。兄貴も去年参加してただろ?」
「あれはギルドが企画した奴で、あんまりよくなかったな。実際にギルドに勧誘されたけど、あそこは嫌だ」
去年参加したギルドの企画は、フリーランスというのは危ないギルドだと全国に知られる事になった。格安のツアーは危険だと実感した。ニュースでも取り扱われたが、参加者も危機管理がなっていないと専門家気取りのコメンテーターがいっていた。
「母さんは反対してたけど、今時ダンジョンに関わらない仕事の方が少ないよ。俺は冒険者として働いて行くつもりはないけど、兄貴はそれ一本でいくんだろう」
弟の発言を聞いて思うのは、僕がダンジョンで冒険者となる事を無意識で受け入れていたという事だ。確かに大金が手に入る危険な仕事だが、僕はどうして冒険者を目指したのだろうか? 格好いいというのは思ったけどさ。
でも、他の道というのも想像できない。周りがそんな風潮だから、僕も気にしなくなってきているのだろうか?
「まぁ、考えときなよ。流石にこのままだと笑い話にしかならないぜ」
「笑えるだけマシだろ。僕は笑えないな」
こうして僕は、旅行代理店のページを調べる事にした。
◇
中途半端な時期になったが、僕はダンジョンツアーに参加する事にした。一週間の日程で、最初の二日は講習を受けてからベテランの冒険者と班ごとにダンジョンを探検するという流れだ。実質ダンジョンで探査をするのは四日間だ。
集合場所からバスに乗って目的地に向かうのは同じだが、目的地というのが日本でも二番目に大きなレベル6のダンジョンである【長野ダンジョン】である。現地では長野大迷宮として、ダンジョンを中心に街を開発している今では大都市だ。
「うぅ、少し寒いな」
バスから降りた時の最初の感想は、思っていたよりも寒いという事だ。肌を刺すような痛みを感じながら、ガイドさんの指示に従って建物に入る。そこは一流と言われるギルドの本部ビルであり、このツアーでは護衛を請け負っている。
ギルド【オクトパス】……何と言っていいか分からない。ここまで来ると、タコに対して何かしらのこだわりを感じてしまうから不思議だ。一流と聞くと、そこに意味があるかのように聞こえるから不思議だ。……本当に不思議だよ。
「ようこそオクトパスへ、みなさんを歓迎します。今日は移動で疲れていると思いますが、簡単な注意事項などを会議室で説明しますね」
一見すると普通のサラリーマン風の男性が、そのままツアーの参加者を会議室まで案内してそのまま一時間ほどのビデオを見た後に、改めて注意事項の説明をして来る。
ほとんどの参加者は、学生が中心で社会人が数人混じった感じだ。大学生が一番多いのではないだろうか?
「私たちが皆さんに理解して貰いたいのは、ダンジョンが危険であるという事です。低階層で命を落とす事は珍しくありません。時には、一流と言われる冒険者も命を落とします。それは、ダンジョンから出ようとして、低階層まで来ると気を抜いてしまう事が主な原因ですね」
資料を配られているので、その説明をしているページを見るとグラフや簡単な絵で説明してある。どんなに優秀な人間でも、油断すると危ないという事が書かれているのだ。
「安全だと思うのが一番危険です。車の運転と同じですかね? だろう運転は絶対にいけないのと同じですよ。大丈夫だろう、そう思うのが一番危険です。ですから、皆さんには案内役の冒険者の指示にしっかり従って貰う事を約束して貰いたいのです」
そうして配られた資料に、参加するために提出する書類があった。簡単にいうと、ガイドである冒険者が危険である、安全を確保できないと思ったら予定があっても引き返す。そういう内容が書かれていた。
その書類に名前書いていたら、一人の高校生くらいの男の子が手を挙げる。それに男性が、笑顔のまま対応した。
「どうされました?」
「これって、途中で帰ったら料金は戻るんですか? こっちは金を払っているのに、そっちが途中で切り上げたら詐欺でしょう」
「確かにそうですね。ですが、私たちギルドも信用が大事ですから、おかしいと思ったら代理店の方に言って貰って構いませんよ。まぁ、ほとんど払い戻した事はありませんけどね。多いんですよね、難癖をつけて払い戻しを要求するお客さんは」
笑顔で高校生を挑発するような事を言う男性。高校生もお金を払っているからか、その態度に腹を立てる。
「なんだその態度! こっちは金を払ってるって言ってるだろう!」
周りはそんな高校生にいい加減にして欲しいと思うが、周りの雰囲気を気にしない男の子はそのまま怒鳴り散らし始めた。同席していた代理店の人は、そんな態度を取る客である高校生に対して青い顔をして見ている。あんまりにも酷いので、途中で代理店の人が高校生を会議室から引っ張り出した。
その時、男性は呟いたのだ。最前列で説明を聞いていた僕にだけ聞こえるように……
「アレは駄目だな」
◇
初日の説明会を終えると、ギルドの本部ビルから移動してホテルへと向かった。一週間の予定であるためか、ホテルといってもビジネスホテルのような感じだ。古びた感じで、部屋にはシミが所々ある。荷物を降ろして楽な格好になると、夕食の時間だから部屋から出てホテルの一階にある食堂へと向かった。
食堂はツアーの参加者以外にも、ダンジョンへ来た大学生や高校生で溢れている。社会人や個人で参加している面子には、少し食事し難い状況だ。食券を買ってそれと交換で定食を受け取ると、座る場所を探す。周りを見れば、友人同士で参加している面子が多い。
「困ったな」
「あの、あなたもツアーの参加者ですよね? 良かったら同席しませんか、一人で食べるのも味気ないですし……」
そう言われて声をかけてきた男性を見ると、社会人の参加者の人だった。進められたテーブルを見れば、そこには個人で参加していた面子が二人座っていた。
「いいんですか? 僕はお願いしたいくらいですけど」
「あぁ、全然いいですよ。こんなに学生が多いと、僕も気後れして食べ難いですからね」
そのまま男性と共に席に座ると、お互いに簡単に自己紹介をした。三人は社会人で、今回は入社した後にダンジョンへ挑戦しているとの事だ。そんな三人は、最近企業で流行している能力開発という物の一環で参加していると説明してくれた。
「最近は個人に求める能力が高くなってきて、資格も取らないと昇給しない所まであるくらいだよ」
誘ってくれた男性が笑いながら教えてくれる最近の状況に、僕以外の二人も頷いて愚痴をいってくる。
「参加費は自分持ちで、参加期間は有給扱い。給料は良くてもうちは扱いが悪いのよね」
四人用のテーブルで、一人だけが女性である。その人も自分の勤めている会社の愚痴をいう。能力開発と共に、女性の間では美容効果も期待しているのだとか……命あっての事だと僕は思うのだが、女性にとっては命懸けの問題らしい。
「明日も講習だろう? 班決めや、案内役の冒険者と顔合わせもあるみたいだけど、出来れば優しい人がいいよな。こんな所まで来て、上司と同じように怒鳴られたくないよな」
「大谷君だっけ? 君は大学生?」
三人で盛り上がっていたので、口を出せなかった。それに気付いた女性が、僕に声をかけて僕の話を聞こうとする。
「いや、まぁ無職です。冒険者になろうと思ったら書類審査で落ちちゃって、このツアーで売り込むか経験でも積もうかと思って参加したんです」
「へぇ、大学卒業して無職も今時珍しいわね」
「あぁ、何というか今まで引きこもりをしてまして、高校を途中で……」
「おい」
「ご、ごめんね大谷君!」
女性が不味そうな顔をすると、他二人の男性が慰めてくれた。慰められても、僕が引きこもった訳じゃないから本当に微妙だ。
「ま、まぁ、今は就職活動で頑張っているからいいんじゃない! 何もしないよりは全然いいよ、うん!」
無理やり話をまとめた女性に、周りも納得する。あぁ、気を使われている感じが何とも言えない。
◇
そうして次の日には、再びギルドの本部ビルにて講習が行われている。道具の説明や、これから向かうダンジョンの構造や罠の位置を丁寧に説明してくれた。流石一流、三流のフリーランスとは大違いだ。
服は厚手の物で、手袋に最低限の道具を確認して、それを実際に装備してのダンジョンでの歩き方を学ぶ。簡単な手信号や、危険な行動やマナーもその場で説明を受けた。
「ここで説明しましたが、基本的にダンジョンでも一度確認して貰います。皆さんは現地で、案内役の冒険者の指示に従って行動すれば問題ないと思って下さい。では、これから班分けと案内役を紹介しますね」
ついに本物のベテラン冒険者と出会うのか、そう思って期待していた僕。きっと渋い感じのおじさんで、プロ意識の高い人なんだと勝ってに想像した。想像して後悔した。冒険者の人たちが会議室に入ると、想像していた冒険者もいたのに、僕を担当する冒険者が……
「ハハハ! 君たち、この冒険者【浅野 武】がしっかり面倒を見てやるぞ!」
見た目は二十台の格好いいお兄さん。だが、最初の挨拶とその雰囲気は、確実に変人だった。ナルシスト気味で、手鏡を持ちながら自分の髪型を時々気にしているし、僕たちの自己紹介を全く聞いていない。バランスを考えて男女も年齢も関係なく班分けされたので、自己紹介から始めたら全く聞いていない案内役。
不安になってきて、周りをすがるような目で見渡した。そうすると、初日から講習をしていた男性と目が合う。男性は僕の気持ちを察したのか、笑顔でいうのだ。
「安心して下さい。彼は実力はギルドでも指折りです」
そのまま目を逸らした男性は、目を逸らして違う班の所に向かった。実力は問題ない。これはつまり、実力以外は問題あり、という事では無いだろうか?
「自己紹介は終わったかい? なら解散して、明日の朝はギルドの受付前に集合してくれ。まぁ、僕は君たちの事は忘れているだろうが、君たちは僕の事を忘れない筈だから問題ないな」
あぁ、確かにお前は目立つだろうよ。