家からも出てみよう
コンビニでの事件を経て、僕は現在ギルドが企画したダンジョン体験が目的のバスに乗っている。コンビニでのアルバイトを二ヶ月経て、今回の参加に至ったのだ。集合場所に着くと、そこからはギルドが用意してくれたバスに乗っての移動である。とっても田舎の駅に集合すると、そのまま三十分程バスに揺られたら目的地に到着予定だ。
そんなバスの中では、きわどい恰好をしたギルドのバスガイドがダンジョンについて説明している。きわどい……本当に全身を体のラインが出るスーツを着てのバスガイドに、目のやり場が困ってしまう。だが、そのスーツは強化スーツと言い、体の動きをサポートしつつ、防御にも特化しているらしいのだ。
ギルドも力を入れているのか、バスガイドさんは美人で身体のラインも美しかった。マイクを持ちながら説明する姿も、様になっている。
『今回のみなさんが向かうダンジョンは、レベル3に分類される危険度の少ないダンジョンです。数多くのギルドが参加している訳ではありませんが、それでも十分に重要なダンジョンといえる場所の一つです。私たち【フリーランス】ギルドでも、ここを重点的に……』
説明はそのままギルドの説明会へとシフトする。若者のダンジョン離れを危惧しての今回の企画は、有望株を発見する事も目的らしい。
そんな参加者は、旅行気分の家族と、学生がほとんどだった。学生の男共は、バスガイドさんに声をかけて鼻の下を伸ばしている。まるで綺麗な花に集まる虫だが、その綺麗な花には毒がありそうな気がするのは僕だけだろうか? ネットではフリーランスというギルドの評判はあまりよくない。
支給されたお茶を飲みながら、僕はバスの外に流れる風景を見ていた。僕がいた世界と変わらないのに、バスの中には全く別の世界の住人が会社の説明会に頑張っていた。何といっていいか分からないが、これが平行世界という物なのだろうか?
『今お尻に触れた学生! ペナルティーは、ギルドへの加入ですから気を付けなさい!』
なれない仕事なのか、半泣きのバスガイドさんの叫びがバスの中に響いた。
◇
バスが到着すると、そこは一気に近代的な設備が並ぶ街だった。ビルが建てられ、色々な店が並んではそこには冒険者が品物を見て店主と話していた。
『ここが日本で最も規模の小さいダンジョンになります。他にも小さなダンジョンは有りますが、基本的に採算が合わないのでレベル3が最小の規模となる訳ですね。それではフリーランスの支社が入っているビルに向かいますから、はぐれないように! 特にさっきの学生たちはちゃんとついてきなさいよ!』
拡声器で声を張り上げるバスガイドさんに連れられて、僕たちは十階建てのビルに入った。その中の一階から三階までを使っているフリーランスギルド。一階では、支社のマスター……要するに支社長が出迎えてくれた。
「ようこそフリーランスギルドへ、みなさんを歓迎しますよ。私はここのギルドマスターで、ここが我々ギルドの支社です。今日、明日と忙しくなりますが、ガイドのいう事をよく聞いてはぐれないようにしてください。じゃないと、いくらレベル3でも死人が出ますからね」
お茶目にいっているが、基本的に危険である事を告げているのだ。なのに参加者はギルドマスターの言葉に笑いながら話を聞いている。あれ? ここも元の世界と違う所のようだ。
「皆さんにはこん棒、といってもこれで人間を殴ると本当に怪我をしますが、それを支給します。銃火器に関しては流石に遠慮して貰う事にして、休憩の後にこのダンジョンの低階層を回りましょう。バスガイドをした彼女が、このままダンジョンも案内します」
……そういわれて渡されたこん棒は、ずっしりと重かった。確かにこれで殴られたらきついだろうなぁ……
◇
家族連れの後を歩くような形で、僕はダンジョンの入り口まで来ていた。お昼に食べたお弁当は、少しというかかなり味が濃かったので口の中が変な感じだ。ガイドさんの話では、身体を動かす冒険者という職業にはあれくらいでないといけないとかなんとか……
お弁当の事を思い出していたら、拡声器を持ったガイドさんが入り口付近で説明を始める。
『ここがダンジョンへの入り口になります。ここから毎日、多くの冒険者と呼ばれる作業者が入っては資源を持ち帰る訳ですね。その中でも代表的なのは貴金属と共に、地上では生息できない植物、そしてみなさんご存知の【魔石】があります。稀に道具も発掘されますが、基本的には電力に変換できる魔石が多いとギルドは凄く助かりますね。企業からは、貴金属や植物なんかも喜ばれますけど』
ネットで調べた情報とこの辺りは一緒だな。でも、実際にこうしてダンジョンの中に入る事が出来るのは、良い経験だと思う。調べてもダンジョンに潜った事のある人間と、専門家を名乗るダンジョンに潜った事も無い人間の感想は食い違いが大きいからな。
そう考えながらガイドさんについて行くと、そのまま入り口からダンジョンへと入っていく。思っていたほどの緊張感は、前を歩く家族連れのおかげか感じる事は無かった。暗いダンジョン内を歩くために、支給された懐中電灯のスイッチを入れる。
『それからダンジョンでは、変動期と呼ばれれるダンジョン内の大きな衣替えというか、中身が大きく変わる事があります。レベル3は大して変わりませんけど、このダンジョンも先週に変動期がきましたから不用意に壁や床のトラップを踏まないようにお願いします。まぁ、凄く分かりやすいスイッチを押さなければ大丈夫……』
最後尾を歩く僕だが、そんなガイドさんの言葉を聞いて青ざめる。だって、前を歩く子供二人が思いっきり壁にあるスイッチを押しているからだ。やるな、絶対にやるなよ! みたいな感じで押したのだろうか? ……いや、いやいや!! これってどうなるんだよ!
「す、すいません子供がスイッチを押しました」
ガイドさんに聞こえるように叫んだ瞬間、最後尾付近にいた僕を含めた家族連れと三名の学生は、そのまま床が抜けて落ちてしまう。
『押すなって、言ったでしょうがぁぁぁ!!!』
遠くなるガイドさんの声を聞きながら、ドップラー効果という言葉が頭に浮かんだ。そのまま二階建ての建物位の高さから落ちると、下は雑草や木が生える先程の洞窟といった雰囲気から一気に変わっていた。
◇
「あぁ、本当にこの世界は狂っているね。確かにあいつの言った通りかもしれないな」
そんな事を言いながら、僕は周りを見渡す。落ちた所、天井を見るとふさがっているし、家族連れは両親と男の子が二人、学生は男子二人に女子一人といった感じだ。問題は、女子と家族連れの両親が落ちた時に怪我をしたという事だろう。
怪我をしていない男子と僕が肩を貸すか、背負うかすれば問題なかった。移動できた筈なんだ。それなのに……今は背中に家族連れを背にこん棒と懐中電灯を持って構えている。構えている先には、当然のように構えるべき相手がこちらを見ていた。
涎を垂らした犬だが爬虫類だか分かりにくい化け物が、僕たちを見ている。人の形に近いからか、手にはナイフらしき光る物が見えている。そして学生たちは……
「大丈夫かい? 僕が肩を貸すから安心してよ」
「お前だけいい恰好をするな! 俺も肩を貸すよ」
「あ、ありがとう二人とも……」
少し可愛い女子に肩を貸して、そのままその場から逃げ出した。あぁ、確かに狂っているね。
ただ、幸いな事にこん棒はナイフよりもリーチがあった。化け物も、僕よりも背が低い事もあり数も少ない。こいつさえどうにかすれば……そう思っていると、懐中電灯を向けた先には、数匹の動く化け物……【魔物】の姿が見える。
コンビニの時といい、今回の事といい、そして平行世界の僕と、最近はどうしてこんな事ばかり連続で起こるのだろう。
腰を少し落としてこん棒を握りなおす。魔物はそのまま歩くように近づくと、段々と速度を上げてきた。そして勢いをそのままに飛び掛かってくる。ナイフと牙が、懐中電灯が頼りの暗いダンジョンで妖しく光る。
「馬鹿にするな!」
こん棒をそんな魔物に飛び掛かりに合わせて、僕は頭を潰すような感じで上から振り下ろす。全力の一撃は効果があったようで、魔物はそのまま動かなくなる。しかし、殴り倒した時の何とも言えない感触が気持ち悪いし、昼に食べた味の濃いお弁当が逆流するのを堪えるのに必死だ。
だが、そんな僕に休憩を与えてくれる訳もなく、次の魔物が飛び掛かってくる。この辺りが広かったら、囲まれてなぶり殺しにされたかも知れない。木々や草木は生えているが、洞窟のように両脇に壁があるのが救いだ。
僕はこん棒を横に払うと、飛び掛かってきた魔物を吹き飛ばす。荒い息を整え、またこん棒を握りなおした。そうすると、後ろにいる家族連れが声をかけてくる。
「あ、あの! もう私たちは構わないんで、このまま逃げて下さい」
「お願いです! 子供たちだけ連れって行って下さい!」
「お母さん! 嫌だよ。一緒に逃げようよ」
「誰か助けてよぉぉぉ!」
泣き出した子供二人が、小さい時の僕と弟を思い出させた。父親も母親も、運が悪い事に怪我しているのは足なのだ。これではこいつらから逃げられそうにない。せめて男手があれば楽だったのに……心の中で愚痴を呟きながらこん棒を振り回す。
最初のような一撃で倒す事は無いが、それでも振り回していれば魔物も傷つきだして近付いてこない。後ろでは子供が泣いているし、そんな泣いている子供が家族を亡くした時の自分と重なる。悪い親戚に騙されてから、しばらくは荒れていた時期が僕にはある。
学校では喧嘩をし、中学生で高校生とも喧嘩をしてボコボコにされていた。それでも毎日、毎日喧嘩をしては暴れ回った。警察に補導されては親戚に迷惑をかける日々だ。心配してくれた親戚まで疑って、散々罵声を浴びせていた屑野郎。それが僕だ。
「この化け物がぁぁぁ!!!」
横に振り抜いたこん棒が、魔物の頭を吹き飛ばした。野球のスイングを片手で行ったような形だが、片手でもなんとかなる。そう思った時には頭部の吹き飛んだ魔物の後ろから、違う奴が飛び込んでくる。とっさに懐中電灯を持った左腕で防ぐと、左腕に痛みが走った。
「舐めるなぁ!」
ナイフを刺してきた魔物を蹴飛ばして転ばせると、そのままそいつにこん棒を振り下ろして止めを刺す。先程から魔物の数が増えてきているようだった。そして左手の痛みが引いて行くと、深々と刺さったナイフが地面に落ちる。刺さった辺りはすでに傷も無くなり、服まで元通りになっている。
「これがチートかよ。異常過ぎるだろうが……次来い、次!」
……その後の事はあまり覚えていない。というか、家族連れに懐中電灯で敵を照らして貰い、自分はこん棒を二つ持って雑魚のような魔物に無双をしていたらしい。怪我をして、感覚が麻痺しだしたのかも知れない。助けに来たのは自衛軍の人が、僕を取り押さえるまで暴れていたらしい。
自衛軍……元の世界の自衛隊に位置する日本の軍隊である。ダンジョンという特殊な状況に対応するためには、消防や警察では火力が足りないとかで、救助活動はすべて自衛軍の管轄になっている。そんな強者揃いの人に取り押さえられてダンジョンを出ると、昼過ぎに入ったのに夜明けになっていた。
担架で運ばれている時に、散々自衛軍の人に怒られたのは覚えている。危険だったら他人は見捨てて逃げろとか、こんなインチキみたいな企画に参加するなとか……まぁ、最後は家族連れを見捨てなかった事を褒めてはくれたが、それでも厳重に注意された。
外に出た時は、そんな自衛軍の隊長さんとフリーランスの支社長が口論をしているのを見た。安全面や、準備がお粗末だという自衛軍の人の報告に、支社長が自分たちに非はないといって反論している。その間には、警察や色んな関係者が話を聞いてる感じだった。
今更だが、逃げ出した学生たちは何のお咎めも無い。だって、安全のために逃げ出すのは、ダンジョンでは当然だから、だそうだ。厳しい世界だよ本当に……
ここに来る時はバスだったのに、帰りはヘリに乗って近くの病院に運ばれた。自動全回復と名付けられた僕のチートが、身体を治しているので問題は無い。それでも検査をすると言って、その場から強引に連れ出された。後から聞いた本当の理由は、フリーランスというギルドが僕の事を何とかして手に入れようと行動したから、その場の責任者が無理にヘリで運ばせたらしい。
いくつかの書類を用意して、その中にギルドに有利な条件で加盟する内容の書類が紛れ込んでいたようだ。……本当に狂ってるよこの世界。