部屋の掃除から始めよう
平行世界に来てから三日目になりました。僕は色々あって部屋の片づけを業者の方と行っています。数年に及ぶ部屋のゴミは凄まじく、一人では片付かないし、ゴミを近所に出しては迷惑になるようなPCソフトが大量に出てきて……僕じゃないのに物凄く恥ずかしい思いをしました。
エロい物を片付ける時の、両親と弟の目は忘れられそうにありません。プロの方は凄いですね、表情があまり出ていません。それだけが救いでした。
「まぁ、気にしないで、もっと凄い部屋もありますから」
慰める言葉が最後に心に刺さりましたけど、三日目にして部屋の片づけは終了しました。プロは凄いの一言ですね。掃除までやって貰い、お値段は相当かかりましたけど……両親には頭が下がります。
あぁ、結局僕の平行世界の話は通じませんでした。母さんだけは必死に信じようとしましたけど、理解はしていない感じです。父さんには殴り飛ばされ、弟には罵声を浴びせられました。「現実を見ろ馬鹿野郎」これですべて終了ですよ。
本当に魔法があるのだろうか? 気になって調べたら、確かに魔法は存在していました。ただ、平行世界に渡る魔法というのは、理論だけの実験段階にも来ていない妄想。そういう事になっていた。本当にこの世界の僕は駄目過ぎる気がした。
実験も行っていないのに、「チート」という異能の事を知っていたから、極秘裏に実験はしていたのかも知れないけどさ。
◇
「それで、優はこれからの事を考えているんだろうな? いないならこの家から放り出す」
「お父さん!」
三日目の夜は、日曜の夜でした。業者に掃除をして貰った後に、家族で話す事はこの三日間変わらずに僕の事だ。混乱した状態からだいぶ落ち着くと、そのまま話は僕の今後についてである。
「いいか優、お前は気に入らないみたいだが、この世界には産まれながらに『職業』を持って産まれる人間がいるんだ。それはお前が一番よく知っているだろう? お前が戦士として産まれたのには意味がある、そう神様がいっていると教えたのに……お前ときたら!」
最近、顔が赤くなるばかりの父さん。そんな父さんを母さんが抑えながら話は進む。
「今の日本には、ダンジョンに潜る戦闘系が不足している。技術者だって人材は欲しいが、お前はもう二十一歳だろう? 今からだと本当に苦労するぞ」
どうやら技術職は二十一歳では相当に厳しいらしい。どこかの会社に勤めるにも、大学を出てないから話にも出ないみたいだ。考えていると、母さんが叫んだ。
「あなたは! 優が戦いたくないっていってるのに、そうやって危険な仕事を進めるから優が苦しんだんでしょうが!!! 何で死ぬかも知れない職業を進めるのよ!」
急に泣き出した母さんを、弟が慰める。父さんも少し勢いがなくなるが、それでも僕の目を見て話しを再開した。
「母さんのいう事も一理ある。だがな、お前がいつまでも引きこもっている内に、世界はどんどん変わってきてるんだぞ。今じゃ、ダンジョンから発掘される資源では需要があっても供給が間に合わない。小さなダンジョンまで探査を進めている状況だ。そのせいで世界ではその供給を巡って外交やら、戦争で大変なんだぞ」
ざっと話を聞くが、いまいち理解できない。元の世界にはダンジョン何て無かったし、世界の情勢など興味も無かった。ただ、お金を稼ぐのに忙しかったから……
「兄貴は恵まれてるんだ。それなのに引きこもったりするから……」
会話に割り込んだ弟が、下を向きながら呟いた一言。そこには、悔しさという感情が隠れているように感じた。
「お前も覚悟を決めろ。まだ若いからやり直しは利くが、いつまでもそのままだったら問答無用でダンジョンに放り込むからな」
そのまま寝室へと向かう父さん。疲れているのか、少しだけ溜息を吐いた姿が小さく見えた。昔はもっと大きな背中だったのに……弟もそうだ。髪型に気を使っているが、昔のままのやんちゃな感じが残っている。ただ、少しだけ成長しているようにも感じた。
「気にしなくていいからね。優は今のままでも十分頑張ってるから」
母さんの笑顔も、昔よりもしわが増えて疲れが見える。弟が愚痴をいっていたのだが、僕が金を使うのを、母さんが許していたらしい。部屋にあった高価なゲーム機やソフト、理解できない高価な品々は家計を苦しめていたらしい。母さん……だから引きこもるんだよ。
聞けば、親戚からもお金を借りた事があるようだ。平行世界の自分の事とはいえ、親戚に迷惑をかけるという事に後ろめたさを感じる。
◇
次の日からはこの世界の事や、ダンジョンについての情報を集めた。この世界の自分が残したデータは、偏り過ぎた考えであまりに見れた物では無かった。父親を社畜? 弟は色ボケ猿? 母さんは財布? そんな事を考えているなら、僕でも殴り飛ばしている。
痛かったが、弟と父さんに殴られた事は我慢する事にした。事実を知ったら、本人ではなくとも殴り返す事が出来ない。
「にしても……この魔法の『ルーン文字』とかいうの理解できないぞ? こんなの理解しないと魔法が使えないなら、確かに魔法使いは少ないわな」
そして問題は魔法だ。ルーン文字とかいう、理解しがたい言語が出来ないと魔法が使えないらしい。頭で理解し、発音も間違ってはいけない。これでは使える人間が少ない筈だ。ダンジョンで最も高火力な職業である魔法使いが、少ない理由がよく分かる。
英語よりも難易度が高い。高いというか、高過ぎて英語でいいといわれたら、英語を学ぶ事を選ぶくらいに難しい。
「それに戦士といっても戦い方だよ。近接戦は当たり前で、銃器の扱いも長けている事が条件の所が多いな」
会社というか、『ギルド』と名乗るダンジョン専門の会社に入社する条件が結構シビアなのだ。銃器の扱いとか、確かに安全だった日本では先ず条件に入る事は無いだろう。ただ、単独でダンジョンへ向かうのは、政府も難色を示している。
最も死亡率が高いのが、ギルドに加盟していない冒険者たちなのだ。知識が無いままダンジョンに潜って、そのまま低階層と呼ばれる階層で死ぬ事が多いらしい。ダンジョン専門の学校まであり、そこでは基本的な事を教えるとか。
「そんな学校まであるとなると、流石に厳しいか……やっぱり、どこかで資格を取らないと厳しい訳だが、魔法も銃器も、今の僕にはハードルが高いな」
頭をかいて、今は自分のPCを操作する。なれない手つきでマウスを操作すると、ダンジョンへの体験探査という旅行に目が行く。何でも、ギルドが主催するダンジョンを知って貰おうという企画らしい。参加費は交通費のみ。
少し調べると、最近はダンジョンに挑む若者が減っている事を危惧したギルドの企画らしい。ユルキャラだろうか? 変な魔物に剣が刺さったぬいぐるみがPCの画面で踊りながら企画を説明している。正直、少し怖い。この世界の感覚はおかしいのか? そう思えてきた。
「……一月? いや、二ヶ月あれば稼げる金額ではあるな」
こうして僕のニート脱出一歩目は、アルバイトとなった。何もしないよりも、先ずは経験してみる事もいいだろう、そう思っての参加希望だ。
◇
そうして数週間後には、アルバイトを始めた訳だが……どうしてコンビニに、武器の手入れ用品が置いているのだろう? そして、防犯対策にショットガンがカウンターの下に設置してたるのだろう? 本当にここは日本か!?
コンビニの店長は、優しそうな顔をしていうのだ。
「大谷さんは銃使えないの? だったら、もしもの時は発砲しないで威嚇で向けるだけでいいよ。まぁ、ほとんど二人で店にいるのが決まりだから、もう一人に任せたら安心だから心配しないで」
心配だよ! そんなもしも、なんか経験したくないよ! 心の中で叫びながら、コンビニで夜勤のアルバイトを始めた僕だが、これは以外にも良かった。
時々来るお客さんや、同じアルバイトの仲間と話す事で情報が得られるからだ。こっちが色々と知らなくても、今まで引きこもりをしていたと話すと、呆れた顔をして納得してくれた。地味に傷つくが、恥をかくなら早い内がいいに決まっている。
そうして今日も色々と話を聞けている。少し年配の方で、元々はダンジョンで冒険者をしていたらしい。ただ、他の仲間に聞いた話だと、大した事が無いまま歳だけとって、ギルドに捨てられたらしいのだ。そんな今日のバイトの相方は、昔の話を自慢してくる。
「俺も昔は悪くってさ、職業が『闘士』っていう前衛な訳よ。もう毎日暴れてたね」
「へぇ、凄いんですね」
「ギルドでも知らない奴はいなかったんじゃないかな? 前衛といえば俺! くらいな勢いだったし、ギルドの受付の子なんか、毎日俺の時だけ話長かったよ。それだけ期待してるんだろうけど、もう俺も毎日だからさ、急いでくれっていうのも心苦しいし……」
おぉぉぉ、暴れ回っている割に女性には優しいのか? まぁ、それでも今の僕には貴重な情報だ。お客さんを知らせるかのように自動ドアが開いた。だから僕たちはいらっしゃいませと……言えない。
「黙って金を出せ!」
黒のヘルメットに、リボルバー式の銃を握りしめた男。あぁ、どうしてこんな事に巻き込まれるのか、そう思ったけど今はダンジョンで戦闘経験のある経験者が相方だ。少し安心してその相方を見ると、相方のおじさんは青い顔をしてカウンターの下に伏せていた。
……え! えっ!? えぇぇぇ!!!
「速くしろよ! これは本物だからな!」
僕は店長の言葉を思い出して、カウンターの下のショットガンを取ろうと……おい! おじさんにはショットガンは必要ないだろう! 持っているなら伏せてないでカウンターから顔を出せ!
「何してやがる!」
その時だ。弾けるような音と共に、肩に激しい痛みが走った。店内には変な臭いが充満する。少量の煙がゆらゆらと動く中で、僕は自分の左肩を右手で触った。触ったが……痛いだけで血は出ていない。服には穴が開いていたが、それもすぐに元通りになる。
よく考えると、痛みも正直大した物ではなかった。ただ、雰囲気的によろめいたのは、僕は悪くないと信じたい。だってこんな状況だったら、誰でも恐怖するだろう!?
「……」
「……」
交互に銃口と僕の左肩を見る僕と強盗……そのまましばらく無言でいると、急に強盗が震えだした。そのまま銃を手放すと、両手を挙げて降参の意志を示す。そしてブツブツと独り言をいうのだ。
「ちくしょう、なんでこんな化け物みたいな奴が、コンビニなんかでアルバイトしてるんだよ……」
僕もその呟きで落ち着きを取戻し、防犯ブザーを押してそのまま強盗の銃を取り上げて拘束した。ただ、未だにおじさんはカウンターの下で震えている。いい加減に怖いからショットガンを手放して欲しい。
◇
数日後、警察署で表彰された後は、父さんに家まで送られた。何でも母さんに泣かれたから、罪悪感で僕の送り迎えをしてくれたらしい。車の中は終始無言だった。僕も何を話せばいいのか分からないし、父さんも僕に何をいっていいのか分からなかったのだろう。
ただ、母さんが心配したので事件後は病院で検査を受けた。その結果は、特異体質に目覚めたという何とも病院で聞くにはおかし過ぎる単語をだった。真剣に説明する医師には悪いが、こいつ大丈夫か? みたいな顔を本気でしてしまったのだ。
だって、医師がいうには……
『息子さんは産まれながらに戦士という職業でしょう? それが今回の事件を切っ掛けに、能力に目覚めたのかも知れません。こんな事は今までに報告されていませんが、産まれながらに職業を持った方に【異能】ともいえる能力が発生するのは多々あります。息子さんは命の危機にそれが発生したのでしょう』
理解できるかい? そんな説明で異能です! と医師が診断するんだよ。そしてご丁寧に、病院から僕のステータスに異能を表示する申請を出してくれたんだ。おかげで今の僕のステータスには、能力ランクと異能が表示されている。
『調べた結果、これは今までにない【異能】です。勝手ながら病院の方でその異能の名前を決定しました。いやぁ、私も調べてみて驚きました。なにせ今までに聞いた事も無い異能ですからね』
喜ぶ医師が命名した異能。それは……
【大谷 優】【21】【ランクC】【異能・自動全回復】【もう少し頑張ればBランクです】
もう少し頑張れば? まだコンビニでアルバイトしかしてませんよ。それよりも医師よ……もう少し格好いい名前にしてくれてもいいよね。