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ヤケ酒してみた

 右手に持ったメイスを、敵に向けて振り下ろすと弾けるように敵が肉の塊になる。そのまま次の敵に狙いを定めれば、2メートルは超えるだろう魚の頭をした魚人が槍を持って襲い掛かってくる。浅野がスピード活かして敵をどんどん倒してはいるが、うじゃうじゃと湧いて出てくる敵には限りが無い。


「準備できました!」


 一之瀬さんの声で、僕たちは一斉に後ろへと下がる。そのままジメジメとする洞窟の、壁や床から生えるように現れた棘に串刺しとなる魚人たち。魔法の効果が切れて棘が無くなると、そこには魚人の死体だけが転がっていた。


 きつい……想像以上にきついぞ中層は。


「ほら、さっさと回収しなさい!」


 木崎さんの声で、連れてきた荷物持ちのバイトたちが魚人に群がった。死体から魔石や素材を剥ぎ取る彼らは、今回のダンジョン探査で連れてきた日雇いのバイトたちだ。年齢も性別もバラバラだが、全員が怯えた目をして周りを気にしている。


 現在は中層と言われる地下四十二階に来ている。これは、僕の切り札である巨人を見た木崎さんが、どこまでの門番なら倒す事が出来るのかを調べるために計画された探査だった。いつも以上に金をかけた今回の探査は、投資した資金を回収する目途は立っていた。


 四十階の門番との戦闘では、余裕とはいかないが十分に戦えた。


「もう戻りませんか? 今日で三日目ですよ」


 僕が木崎さんに言うと、他のメンバーも同意する。浅野は風呂に入りたいと文句をいい、一之瀬さんは全員が疲れている事を理由に上に戻ろうと言った。一之瀬さんの本当の理由は、木崎さんのためなのだが……本人は叫ぶように反論する。


「五日の予定で計画を立てたわよね? それに帰りは、高いお金を払って道具を人数分揃えたんだから文句を言わないでちょうだい!」


 支援魔法の付与された札を、アルバイトや臨時で雇った冒険者の分を確保している。大分お金はかかったが、安全を考えれば確かに安い買い物ではある。しかしだ……当初は余裕を見つつ、三日で切り上げる事も考えられていた。


 イライラする木崎さんに、チームの雰囲気は悪い。連れてきたアルバイトたちも、日に日に不満をため込んでいる感じだ。木崎さんが荒れ出した原因。それは……



 帰る事を諦め、今日の寝床を確保しようと場所を探す僕たち。歩きながら浅野が僕に声をかけてくる。


「友よ。眼鏡女の見張りは何とかならないか? 五月蝿くて寝付けんのだ」


「いや、僕に言われても困るよねそれ。本人にいいなよ」


「初日の見張りから電話で騒がれては、こちらとしても限界なのだ! 僕が睡眠時間を大事にするタイプだと知っているだろう」


「いや、はじめて聞いたからそれ」


 そう、交代で見張りをするのだが、木崎さんは見張り中に電話をしているのだ。普段はそんな事はしない人なのに、電話では激しく言い争っている。内容も聞こえるし、大体の事は僕たちも理解していた。一之瀬さんが、そんな僕たちの会話に加わってきた。


「恋人との別れ話ですよね? 流石に私はお付き合いをした事が無いので、慰める事も解決する事もできません。でも、このままだと不味いんですよね?」


 そう、別れ話を持ち出された木崎さん。彼氏から急に別れよう、と言われてその事で揉めているのだ。木崎さんの話し声から察するに、彼氏さんが木崎さんの浮気を疑っているらしい。そこまでなら、木崎さんも冷静でいられたのだ。


 ただ、電話越しに新しい彼女の声がしたようで……もう泥沼である。木崎さんのスマートフォンの待ち受け画面は、その彼氏さんだ。大人しそうな顔をした、幼い……実際に年下の彼氏は、とても浮気をするようには見えなかった。


『絶対に許さないから』


 電話を終える木崎さんの最後の言葉は、色々な感情が籠っているのか聞いていて本当に恐ろしかった。実際に、知り合いの探偵に電話で調査を依頼していた。女って怖い。


「まぁ、五日の予定だし、ここは我慢しよう。木崎さんも、もう少ししたら落ち着くと思うしさ」


 そんな希望的観測など、誰も信じはしない。日に日に荒れてくる木崎さんは、探偵の簡単な調査報告を聞いて怒っている。二日で相手を特定したその探偵すげぇ。


「ふん! いい歳をして何が清く正しい関係だ。手を出さないから、向こうが違う女に手を出したのだろう? キスもしていないとかいつの時代の女だ! それよりも相手の歳の方が問題だろう……十七歳の彼氏だと言うではないか」


 うん、性別が逆だったら通報されていたかもね。木崎さんの意外な一面を見てしまったよ。


「少しだけ羨ましいですけど、結果がこれだと何といっていいのか……」


 彼氏という言葉に期待をしている一之瀬さん。まぁ、僕も付き合うとか経験ないけど、あそこまでドロドロしている木崎さんを見ると、夢が崩れる感じだよね。


「兎に角、五日までは頑張ろう。木崎さんも、流石に限界に来たら帰る決断をしてくれるよ」



 四日目……四十七階まで進んだ僕たちは、ジメジメとした洞窟が続く中層ダンジョンで苦戦する。戦えば勝てるのだが、連れてきたアルバイトを守りつつ、今回の探査で雇った冒険者との連携が上手く行かない。進む距離も段々と少なくなり、全員が疲れていた。


 野営の準備を終え、食事を済ませると見張り以外の全員が寝てしまう。元から中層の入り口辺りを想定していたのに、すでに中層の中盤だ。疲れもする。


 なのに、木崎さんは更に不機嫌になっている。元冒険者が店を開いた興信所は、腕がいいのかどんどんと情報を木崎さんに届けるのだ。向こうは仕事かもしれないが、届いた情報で更に木崎さんが怒っているのが腹が立つ。


 それはそうと、流石に全員が限界に近付いている。僕たちは、木崎さんの説得に乗り出した。


 最初は、浅野が木崎さんの所へ怒鳴り込んだ。普段は自分が正論を無視するのに、ここに来て木崎さんに正論を叩きつける。……が、論破されて自信喪失で戻ってきた。


「くっ……眼鏡女が!」


 悔しそうにする浅野は、そのまま体育座りをしてダンジョンの壁を眺めていた。


 そうして次は、切り札ともいえる一之瀬さんが意を決して木崎さんの説得に向かう。一之瀬パパがバックについている事もあり、安心していた。が、涙目で自分のテントに戻ってしまった。


「わ、私……私だって……」


 テントからはすすり泣く声が聞こえる。場所が場所だけに、恐ろしいから止めて欲しい。


 そうして次は僕の番だ。意を決して木崎さんの所に向かうと、いきなり木崎さんの先制パンチが飛んできた。


「リーダーなのに最後に来るとか常識を疑うわ。普通は、君が最初に来るものよね? それともリーダーなんか向いていないとか、仲間を信じたとかいう訳? 最低ね」


「ぐっ……」


 想像以上にご立腹らしい。目つきは普段も鋭いのだが、今は冷たい目をしている。僕はそのまま僕たちの現状について話をする。皆が限界である事と、すでに投資した分の回収は出来ている事を説明した。木崎さんなら、これくらい理解しているだろう事もいう。


「そう、それは大変ね」


 タブレットの画面を見ながら、木崎さんは僕の顔すら見ない。暗いダンジョンで、光を放つタブレットの画面の光を受けて、不気味に見える木崎さんの後ろ姿。そのまま気の無い返事を繰り返し、僕も諦めようとした時だ。


 木崎さんが泣きだした。泣き出して、タブレットを投げつけると、そのままダンジョンの壁にぶつかって跳ね返る。そんな衝撃を受けても、タブレットは正常に起動していた。技術の凄さを感じつつ、僕はそのタブレットを拾い上げて……見てしまった。


「あ、こいつ……」


 前に見た優しそうな少年が、少しというか、かなりイメチェンをしてそこに映っていた。髪を染めて逆立てて、隣にはこれまた派手な女と腕を組んでいる。まぁ、少年の方は僕としては思う所もあるが置いておくとして、問題は隣の女だ。


「寝取り男の女じゃないか」


 ぽつりと呟いた僕の言葉を、泣いていた木崎さんは聞き逃さなかった。


「……知り合いなの」


「え!? い、いや~、何というか、知り合いではないけども、知っているといいますか……すいません。知り合いです」


 立ち上がって睨んできた木崎さんに、僕は恐ろしくなって全てを話した。高校時代に寝取られた彼女である事、元はエイトギルドの幹部の息子と付き合っていた事を洗いざらい説明した。正直、僕としては他人事に近いので説明してても不思議な気分だ。


 彼女がいないのに、昔は彼女がいました。そんな嘘をついている、どうしようもない感覚……何で僕がこんな事をしないといけないのか。久しぶりに、向こう側の僕に文句をいいたくなった。


「そう、仕返しをしに来たって訳よね。本当に戦争がしたいみたい……いいわよ。買ってやるわよ、その喧嘩! 私のこれまでの幸せを奪った連中に、地獄を見せてやるんだから!!!」


「き、木崎さん!? 落ち着きましょうよ! 相手はギルド、組織なんですよ。ここはお互いに話し合いと言う手段もある訳で……」

「そんなぬるい手段なんかで、私の気持が収まる訳が無いでしょう!!! 戦争よ、そうよ全面戦争よ! 絶対に私を捨てた事や、私から奪った事を後悔させてやるんだから!!! ……じゃあ、すぐに帰るから準備して」


「身勝手にも程があるだろう! みんな寝た所だから、明日にでも帰ればいいじゃないですか」


 その場は何とか治めて、次の日の一番でドームに戻った。



 無事にドームに帰還すると、すぐに魔石などを換金し、五日分の賃金を渡して臨時のチームは解散した。全員が帰還できたが、疲労度が凄い。疲れた顔をして、全員がそこそこの挨拶で帰って行った。


 僕たちはその後が大変だ。黙って武器を準備する木崎さんを取り押さえ、そのまま反省会と称して居酒屋に連れて行った。そこで、酒を飲ませて嫌な事は忘れよう! そんな感じで、木崎さんのストレスを発散させようとしたのだ。


「小学生の時に告白してきたから、それを信じて私は待ってたの! 周りに言えば馬鹿にするから、二人で黙って秘密にしてきたのに……彼の両親はいないから、学費だって私が必死に稼いだんだから! そのためにダンジョンまで来て、一流ギルドに入ったのに」


 泣きながらビールを飲み、そのまま出された料理を食べまくる木崎さん。僕たち三人は、ただ黙って聞くか、時々木崎さんのいう事を肯定するしかない。浅野の馬鹿も、今回は空気を読んだのか、木崎さんに文句は言わない。


 一之瀬さんは、話を聞いている途中で完全に木崎さんの言い分に賛成していた。一之瀬さんも、その彼氏が悪いと一緒に怒るくらいだ。


 確かにここまで頑張った木崎さんを捨てた理由が、新しい女と言うのは酷い。僕からしたら、十七歳で親がいないと言う境遇には同情も出来るのだが……それ以上に不可解だ。愛とか情を抜きにして語れば、木崎さんはお金の面倒を見てくれている人だ。捨てると言うのはあり得るのだろうか?


 それとも、それくらいの金銭感覚しかない彼氏なのかな?


「学費だって、家賃だって払ってたのよ。毎月のお小遣いだって、二十万も渡してたのに……女なんか作って浮気どころか、本気だとか言うのよ!」


「木崎さんは悪くありません! その彼氏さんが酷いです!」


 うん、訂正しよう。きっと木崎さんのせいで金銭感覚が狂ったに違いない。学生が毎月それだけのお金を受け取ったら、バイトもしないで遊び回るのが普通だ。金銭感覚も一般人とは絶対に違うだろうね。一之瀬さんも気付かない辺り、一之瀬パパに相当可愛がられて来たのかな。


 この世界がぶっ飛んでいるのか、それとも冒険者がぶっ飛んでいるのか……両方だな。


「絶対にいい男を見つけて、あいつを見返してやるんだから!」


「そうですよね、木崎さんならもっといい人を見つけられますよ! 私も応援します」


 そんな意気投合した二人を見ていると、浅野が僕に話しかけてきた。


「友よ、手を出さないで、大事にしてきた少年が盗られた気持も分からんのだが、それ以上にこの眼鏡女もズレていないか? 見返すにしても、相手は子供だろう?」


「え! お前にズレているとか言われるって、木崎さんは相当酷い事になるぞ!」


「……僕の事を馬鹿にしてないか友よ?」


「いや、無免許で銃を所持していたお前は、限りなく馬鹿だろう? どうやって銃を購入したんだよ」


「そんな物、ダンジョンでは沢山落ちているではないか」


 木崎さんが前向き? に、なった所で、僕と浅野はそのまま二人で話をする事にした。女二人のテンションについて行けなかったのだ。

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