病院に行ってみた
「え? お前がカメラの記憶媒体を抜き取ってたの!」
身体も本調子を取戻し、数日振りに四人で集まってみた。夜という事もあり、居酒屋で僕と一之瀬さんがジュースを飲みながら頼んだ料理を食べている。その時に浅野が衝撃の事実を告白。
「あぁ、僕の勇姿を見たくて、折角抜き取ったというのに……この眼鏡女が奪ったんだ」
睨みつける浅野の視線の先には、木崎さんの姿がある。普段とは違い、ビールのジョッキを持って一気に飲み干している豪快な姿だ。
「ぷはぁ~、何よ? アンタがその記録媒体で見れるデッキを私に聞いて来たから、私がそれを利用して事実を公表したんじゃない。これでも忙しかったんだから、少しは労いなさいよ」
「知るかそんな事!」
浅野もそう言うと、手に持ったカクテルだか、酎ハイを飲みだした。そう、話を聞くと、最初はエイトギルドが僕たちに罪をなすりつけようとしたそうだ。あの佐竹が、事情聴取で僕たちの事を散々に説明したらしい。最初はそれで良かったようだが、木崎さんが浅野の抜きだした動画データを公表すると一変する。
新聞や週刊誌でも、すぐに僕たちの事を責め立てる記事が書かれた。書かれた直後に、木崎さんの伝手を使って真実が報じられたらしい。絶対に裏で一之瀬パパが動いたに違いない。
「大変だったのよ……罠を起動して、自分たちを売り込もうとした私たちのせいでテレビ関係者は全滅。エイトギルドが犠牲者を出しながらも、何とか敵を倒した事になってたんだから。あいつら、自分たちが活躍した事にするために、初心者殺しにはワイヴァーンが出てきたとか嘘ついてたし。まぁ、その方が現実味があるけどね」
現実味……ワイヴァーンに現実味があるのだろうか? そう考えていると、隣に座る一之瀬さんが木崎さんに質問する。
「でも、テレビだと今回の事よりも、隠していた不祥事が問題だって言っていましたよ。関係者が死んだのに、それってどうなんですかね?」
「あぁ、もみ消すためにエイトギルドが大金を払った物。でも、流石にテレビ局も腹が立ったみたいでね。その他の不祥事に関しては、徹底的に追及している訳よ。怖いわよね、世の中って」
確かに恐ろしいが、木崎さんがそれ以上に恐ろしいと思う僕は間違っていない筈だ。それよりも、一歩間違えれば、関係者の恨みというのが僕たちに向けられたかもしれないのも問題だ。黙らせるほどの大金を持っていない僕たちは、きっと世間からバッシングを……だから一之瀬パパは動いたのかな?
「それはそうと、私たちの事も噂になりだしたわよ。探偵が私たちの事を洗い出したし、この人工島でも冒険者やギルドが声をかけて来るかも知れないわね」
「おぉ……ついに仲間が増えるんですね!」
僕が木崎さんの言葉に喜ぶと、木崎さんは溜息を吐く。そのまま木崎さんは、ジュースを飲んでいる一之瀬さんを一度見てから僕に視線を戻した。
「君、何か忘れてない?」
「そうでしたね」
僕が仲間に関しては妥協できない事と、他のギルドには入れない事を思い出し、そのまま料理に箸を伸ばす。浅野はどんどん酒を注文していた。完全に話に加わる気が無いみたい。そして、一之瀬さんは、何故か僕を見て時々俯いている。
「ギルドには入れない。けど、仲間は欲しい。この条件を満たすには、私たちの実力を示すのが大事だったわ。でも、今はその条件がクリアされた。そこまでは良いんだけど、今度は実力を示し過ぎたわね。口では調子の良い事をいう、寄生する連中まで私たちを狙いだすわよ」
寄生……力のある冒険者にすり寄る力の無い連中の事だ。おだててご機嫌を取る連中ばかりでなく、身体を売ってチームに所属する女の冒険者もいるくらいだ。それだけ力のあるチームとは、魅力的だった。そのメンバーにいるだけで、周りは不用意に手を出さない。
あまり役にも立たないが、リーダーにでも気にいられれば仲間でも中々口に出せない。そんな厄介な寄生する連中。自分を強く見せ、威張る事には長けているから引っかかる連中も多い。一番最悪なのは、チームの情報を盾に居座る奴だ。
俺が死んだら、チームの情報は拡散する事になっている! そう言って強いチームに居座る猛者もいる。
「そう言えば、エイトの幹部が私に頭を下げに来たわ。どうしてもうちのギルドに加入してくれ! そういってたけど、流石にできないから断ったの。そしたら今度は、形でもいいから繋がりがあるように言うだけでいいって……それも断ったけど、問題ないわよね」
木崎さんが思い出したように言うので、僕はそれに頷いた。元々、エイトというギルドにはいい思い出が無い。無能アイドルに、詐欺集団、そして寝取り男の父親が幹部……あれ? エイトギルドって最悪じゃね?
◇
次の日は、久しぶりのダンジョンという事もあって張り切ってドームに向かった。そこで合流する事になっていたのだが、いつまで待っても一之瀬さんが来ない。不安を感じた僕たち三人が、一之瀬さんを迎えに行くと凄い人だかりができていた。
「何これ?」
「……護衛の連中は何してるのよ」
木崎さんが愚痴をこぼす先には、一之瀬さんに詰め寄る冒険者が凄い数になっていた。自分たちのチームに入らないか? とか、自分を君のチームに入れてくれ! とか……元々美人だし、高等魔法が使える一之瀬さんは凄い人気である。
「妬ましい……」
浅野の馬鹿は放って置くとして、一之瀬さんは大事な仲間だから助けないといけない。僕がそんな冒険者の中に向かうと、一之瀬さんも僕たちの事に気付いたようだ。
「あ! 大谷さん!」
困り果てた顔から一変して、明るい笑顔になる一之瀬さん。美人の笑顔っていいよね。周りの男たちの視線は厳しいが、それでも一之瀬さんをそんな連中から引き離す。
「す、すいません。断ってもついてきて、最後には囲まれてしまい……遅刻ですよね?」
「うん。でもまぁ、これは仕方ないしね」
見渡せば、未だに諦めきれない冒険者たちが僕を睨んでいる。睨んではいるが、それ以上の事はしてこなかった。漫画やアニメなら、ここで一之瀬さんを賭けて決闘や勝負をする所だろうに。
◇
そうしてダンジョンに挑めば、後ろに気配を常に感じた。振り切ろうとすれば追いかけてきて、立ち止まれば向こうも止まる。完全につけられていた。
「やり難いですね」
「なれなさい。というか、その内に向こうが飽きるわよ。こっちは寄生する連中を仲間にはしないし、向こうは駄目だと分かればすぐに引くわ。いつまでも引きずる連中は、ダンジョンで欲に目がくらんで死んでいるもの」
木崎さんの言葉を聞いて、そういう物か? と思っていた。
それよりも、今日のダンジョンでは敵が特に弱く感じる。体力にも余裕があり、いつもより疲れを感じないのだ。浅野がいっていた成長とは違うが、ダンジョンで生き残った冒険者は皆が強くなる。それを利用しに高校生や大学生がダンジョンに来るのだから、効果はあるのだろう。
僕や一之瀬さんの動きを見た木崎さんは、今日は切り上げる事を提案する。後ろを歩かれては落ち着かないのと、自分たちの調子を見れれば今日は十分だと言っていた。
「今日はこの後、全員でドームで健康診断と身体測定を行います」
「ふむ、僕には必要ないな」
「駄目よ。全員が受けるの。この前とでは身体の動きが違うわ。この辺りで自分たちの事を把握するのも大事よ」
そう言われると拒否も出来ないので、僕は浅野を引きずりながらドームの医療施設へと向かう事にした。
◇
【大谷 優】【22】【ランクA+】【異能・自動全回復】【支援魔法・中】【銃器資格】【職業・戦士】【異能・巨人使い】【狂化】【あんまり暴れちゃ駄目だぞ!】
【一之瀬 鏡花】【19】【ランクA+】【職業・大魔法使い】【薙刀二段】【全攻撃魔法・高】【魔法威力+】【恋する魔法使い】
【木崎 香】【27】【ランクA】【職業・騎士】【剣術五段】【攻撃魔法 火 上】【銃器資格】【対アンデット】【聖なる力で敵を討て!】
【浅野 武】【26】【ランクAA】【職業・軽剣士】【我流剣術】【危険察知】【速度上昇】【ナルシストもいいけど、もっと周りを大事に】
……浅野のダブルAという見た事も無いランクと、銃器に関して無免許という事実に驚いた以外は、自分たちの成長に素直に驚いた。木崎さんは、浅野が自分よりも年下というのが信じられない! そう言った顔をしている。
よし、すぐに浅野に銃器の資格を取らせよう。それはそうと、僕の狂化というのは何だろう? 誰かに聞こうと思って周りを見ると、一之瀬さんの顔がとても赤い。
「ど、どうしてこんなコメントが!」
「……問診の時に色々と私生活の事も聞かれたでしょう? 精神的な物を見てるけど、それもコメントに影響が出るのよ。まぁ、このコメントは、ステータスを管理している所の物だから、医者を責めたらダメよ」
木崎さんが一之瀬さんを慰めると、すぐに僕は浅野の銃器資格取得に向け行動する。
◇
「え、このメイスは使えないの!」
帰りに一人で武器屋に顔を出すと、武器を見た店員が僕のメイスを見て告げてくる。木崎さんに言われて、職人気質の親方がいる武器屋を訪れるようにしたら最初は馬鹿扱いされるし、散々怒られた。今日も武器の事で怒られている。
僕よりも太い腕をした、白髪交じりの坊主頭の親父さん。店に来る冒険者は、店長を親父さんと言って慕っていた。腕もよく、店には数多くのメーカーの武器が並んでいる。どれもこれも、親父さんが気に入って店に並べている商品だ。
「使えねぇ事もねぇが、軸が歪んでるって言えばお前にも分かるだろう? 見てくれはいいが、こんな壊し方は初めて見るぜ。どうしても威力が落ちるし、振った時の感触も違うだろうが」
「え……イッダ!」
違いに気付かなかった僕に、親父さんが拳骨を喰らわせてくる。本当に厳しい人だ。自動全回復も万能ではないらしい……僕の身体は大丈夫だったが、武器までは完全に回復させた訳ではないようだ。
「違いも分からずに、ダンジョンなんか行くんじゃねーよ馬鹿野郎! それにな、今のお前にはこのメイスじゃ軽いだろう? もっと重量のある物を選んでもいいぜ」
「なら壁にある大剣とか格好いいから、それがいいな」
店の壁にかかっているのは、トリガーのついた大剣だ。親父さんの説明では、振動する事で切れ味が増す優れものらしい。
「お前は剣なんか使えねーだろ。鈍器にしとけ、いいぞ鈍器は。振り回すだけでも効果がある上に、上達したら破壊力は抜群だ! まぁ、剣術でも学ぶなら剣を使ってもいいが、それ以外はメイスやスピアがお勧めだな」
親父さんがカタログを取り出すと、僕にお勧めの武器を説明してくる。その中に、気になる武器が掲載されていた。
「あれ? こいつは何?」
僕が指差したのは、剣の形をした何かだった。握る部分が少し長く、何かの装置が付いた柄。そして、刃物の部分が円柱になっていた。見た限りでは、円柱にはギザギザがついている。
「こいつか……表面がドリルみたいに回転する武器だったな。ここのメーカーは面白い物を作るので有名なんだが、こいつは流石の俺も扱った事がないな。整備は出来るが、進める事は出来ねぇよ」
親父さんが困った顔をする武器に、僕は興味が出てきた。分類上は鈍器になっており、コメントには鬼に金棒とか書いてある。確かに金棒に見えなくもない。雑誌の記者が書いたコメントには、無駄に技術を詰め込んだ傑作。そう書かれていた。
「親父さん、こいつをくれ!」
何だか惹かれて購入を希望したが、親父さんは首を振る。どうしても欲しいと説明すると、お前には無理だと言ってきた。
「何でさ! いいだろう、自分の命を懸ける武器は自分で選べって、親父さんも言ってたよね?」
「あぁ、確かに言ったな。けどな、お前には無理なんだ。……こいつは希少金属を使って、動力にも相当な技術が詰め込まれている。振り回す事は出来ても、お前には買えないって事だよ。購入価格十億越えの武器だ。ここまで突き抜けると、俺もこのメーカーの狂気を感じるぜ」
じゅ、十億!!! はぁ、何でそんな物を作るんだよこのメーカーは! もっと他に劣化版とか無いのかな?
◇
新しいメイスの購入と、その他の武器のメンテナンスを依頼して僕は店を出た。その後は、使用しているホテルに帰るだけだが、お腹もすいたので適当な店に入る事にする。チェーン店だが、外れではない事が分かっているのでその辺りは安心だ。
「いらっしゃいませ~」
間延びした店員の挨拶を聞いて、そのまま空いている席に通される。運良くテーブル席が空いていた。そのまま座って、液晶画面を操作して注文を決定する。便利な世の中だと思いながら、店員が持ってきた水を飲みながらスマートフォンでニュースなどの記事を見る事にした。
人工島は、世間から隔離されたような場所だという事もあり、世間の事に疎くなっていけない。最近はテレビを見る事も少なくなってきている。
『佐竹 真奈 年齢詐称疑惑! 実年齢二十二歳は本当か!?』
(本当だろうね。こっちの僕は二十二歳だし)
『エイトギルドの2ランクダウンで、加速するトップギルド争い! 有力候補はトライデントか!』
(あぁ、勢いのある所か……まだ残ってたんだ)
『崖っぷちのエイトギルド。ライトファングが圧力をかけていると抗議するも、一之瀬 光牙氏は無言のまま……』
(一之瀬パパ怖ぇ)
「お待たせしました。ステーキセットになります」
「あ、どうも」
僕はスマートフォンをしまうと、運ばれてきた料理を食べる事にした。




